#35 心がざわつきました
十二月、第一週の土曜日、私と陽向はとある料亭にやって来ていた。
母の要望で挨拶はお店で夕食を食べながらする事になったのだ。
ちなみに店も私の親側が手配したものである。
「なんだか緊張してきた……」
「だ、大丈夫、電話した感じだと私の両親も結婚の報告は楽しみにしてたみたいだし」
約束よりも少し早めの時間にやって来た私と陽向だったけれど、陽向は思ったよりも高そうな店で固くなっていた。
庭の池に錦鯉が泳いでいる料亭をセレクトする辺り、両親の浮かれっぷりがうかがえる。
第一、電話をかけた時点でもかなり浮かれていた。
「もしもし、お母さん? 今ちょっと話せる?」
「あら幸、大丈夫よ。どうしたの?」
「近々大事な話があるから、お父さんも一緒に直接会って話せないかな」
「なあに、急に改まって、彼氏と結婚の挨拶にでも来るの?」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
「…………」
「お母さん?」
「幸、それは本当なの?」
「冗談でこんな事言わないよ。それで二人の都合の良い日を教えて欲しいんだけど……」
「キャー! 幸おめでとー!!」
「え、どうしたのおかあさん! キャラ違くない!?」
普段クールなできるキャリアウーマンって感じの母の、突然の甲高い声に、私は動揺した。
「そんな事どうでも良いのよ! 相手は前に話してた年下の彼?」
「そうだけど……」
「へー! そうなんだー! 幸も結婚かー!!」
「お、落ち着いて……」
「今は家だから大丈夫よ~、さっきからお父さんもすごいソワソワしながらこっち見てるだけだから」
「そ、そう……」
それから仕事の都合で直近の土日か来月初めの土日なら大丈夫だという情報を母から引き出すまで更に二十分かかった。
父も母も結婚は義務ではないのだし、私の好きなようにすればいい、とはよく言ってくれていたけれど、この喜びようから、やっぱり結婚して欲しいとは思ってたんだなと感じた。
「初めまして、幸の父親の
「母の
約束の時間ちょうどに現れた私の両親は、父がチャコールグレーのスーツ、母がベージュのスカートスーツを着てきていたけれど、二人共入室してきた時からニッコニコの
「初めまして、幸さんとお付き合いさせていただいている望月陽向と言います。今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「まあまあ陽向くん、話は幸から伺ってましたけれど、本物は写真よりもかっこいいのねえ」
「ちょっとお母さん!」
陽向の挨拶にもニッコニコで母は応えるどころか、なんだかいらない情報まで出してくる。
父もずっと笑顔だし、両親の浮かれっぷりがハンパない。
「今日は幸さんとの結婚をお許しいただきたいと……」
「もちろん!」
「ええ、喜んで!」
挨拶や手土産も渡して、料理も届いた所で陽向が切り出せば、陽向の言葉を遮って、父と母が元気良く答える。
賛成してくれるのは嬉しいけれど、少し落ち着いてほしい。
……まあ、両親がこうなるのもわかる気はするのだ。
両親は私が高校の頃は瑞希との事をかなり応援してくれていたようだし、大翔と付き合っていた時も結婚だなんだと盛り上がっていたのだから。
ただ、大翔と別れた時に結婚とかそんなの知らない! なんでそんな事しなきゃいけないの!? と言ってしまって以来、両親はあんまり結婚関係について口を出してこなくなった。
当時は大翔も私との結婚について意識してくれていたようだったけれど、色々と猫を被り過ぎてがんじがらめになっていた私は、ある日全てが嫌になってしまったのだ。
結婚の挨拶における両親のテンションの上がりっぷりに私は始め首を傾げていたけれど、その事を思い出して以来、非常に居たたまれない。
「なんか、すごく良い人達だったな……」
帰り道、陽向がポツリと呟いた。
「うん、すごく良い人達だよ。実の子供じゃない私をちゃんと育ててくれて、結婚の報告をしたらあんなに喜んでくれる」
そう、私の両親はすごく良い人達なのだ。
「それ、養子とかなんとかって、前にも聞いたけど、それってそんなに大事な事か? 俺には普通の仲の良い家族にしか見えなかったぞ」
不思議そうに陽向が尋ねてくる。
「仲は良いよ。お父さんもお母さんも養子とか関係なく私の事をとても大切にしてくれてる。だけど、だからこそ、このありがたみを私は忘れちゃいけないと思ってる」
「まあ、俺も両親には感謝してるよ……兄貴達にも……二人が助けてくれなかったら俺は大学にすら行けてなかったと思うし、家の事とか心配せずに高校まで野球に打ち込む事だってできなかった」
「うん、そうだね」
ボソリという陽向に、私は頷く。
陽向も、本当に良い人だ。
大翔も、瑞希も。
今日、私達はお互いの両親への挨拶も済ませたし、後は結婚するだけだ。
なのに、なんで私の心はこんなにもざわついているのだろう。
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