#33 可愛いと思いました

「ただいま~」

「おー、おかえり~」

 大翔と瑞希との食事を終えて私が帰宅すれば、リビングの方から陽向の声が聞こえてきた。

 リビングに行けば、既に夕食を終えたらしい陽向がテレビを見ながらくつろいでいる。


「……陽向~!」

「へ? 急にどうした?」

 私はこたつで温まっている陽向に早速抱きつく。

 もうお風呂も入った後らしい陽向の身体からは、ほのかに石鹸のにおいがした。


 夜の九時をまわったばかりの現在、既にお風呂も夕食も終えているという事は、本当は今日、陽向はそんなに帰りも遅くなかったんじゃないかと思ってしまう。

 私としては陽向に全く引き止められなくて少し寂しかったのだけれど、もしかしたらアレは陽向なりの強がりだったのかもしれない。


 可愛い。


「……落ち着いたか?」

 しばらく陽向に抱きついてぐりぐりと頭をすりつけていたけれど、段々それにも飽きてきてやめた頃、陽向が私の頭をポンポンと撫でながら聞いてきた。


「うん……」

 気を取り直して、私は陽向の前にちゃんと向き合って座りなおす。


「今日、大翔と瑞希と食事に行ったんだけどね、そしたらなんか急に陽向を抱きしめたくなっちゃって」

「全く話が見えないんだが……」

 少し間があいてしまった、急にどうしたという陽向の問いに答えたのだけれど、陽向は不可解そうな顔で私を見た。


「私はね、今の陽向が好きだし、不満なんて無いからねっ」

「お、おう……そうか……」

 改めて私が伝えれば、陽向は少し照れたように頷く。


「そういえば今度の木曜日なんだけどさ、帰りに俺のスーツとか買いに行こう。もうタイミング的にもその日しか無いし」

 気恥ずかしそうにテレビの方へ視線を移しながら、陽向が言う。


「そうだね、私は陽向と出かけたいだけだから、そのままお買い物デートでもいいよ~」

「いや、それとは別にちゃんとどっか連れて行くから」

 どこかムッとしたように陽向が私を見る。


「そう? でも、スーツだけじゃなくて靴とかコートとかも買わなきゃだし、そんなに無理しなくてもいいよ?」

「コートや靴なら普段も着れるような物を買えばいいし、その辺は必要経費だから仕方ない。だとして、別に幸をどっか連れてくくらいはできる」


「大丈夫? お金足りる?」

「幸、俺が何のためにずっと長期休暇も取らずに毎日せっせと働いてると思ってんだよ、こういう時のためだろ」

 陽向は大きなため息をつきながら、それくらいの甲斐性はあると私に言う。


「というか、幸こそ新しい服買うとか言って買ってなかったけど、まさか俺に貸す為に我慢したとか言わないよな?」

「だって、陽向普段から貯金したいからってあんまりお金使いたがらないし……」

 思い出したように陽向は言うけれど、陽向は普段から倹約思考だから必要な物とはいえ、大きな出費は嫌がると思ったのだ。


「俺は無駄遣いしたくないだけだし、お互いの両親に結婚の挨拶に行くために身なりを整えるのは無駄遣いじゃないだろ」

「うん……」


「大体、俺が普段から無駄遣いしないように気をつけてるのは、こういう時に金が無いからって我慢したくないからなんだ。思いついた時に二人で出かけたりとか、旨い物食べたりとか、ちょっとした贅沢くらいならたまにはいいだろ」


「……陽向って、こんなにしっかりした子だったっけ?」

 思ったよりちゃんとした考えを持っていた陽向に感動しつつ、つい私は首を傾げてしまう。

「今、割と酷いこと言ったな。俺の家はそんなに金無かったし、貯金とかは学生時代からずっとしてたぞ?」

 当然、不服そうに陽向は私に言う。


 確かに同棲し始めてから陽向には倹約家のイメージができたりしたけれど……。

「うーん、でもなんで私陽向があんまりしっかりしてないようなイメージ……あ」

「なんだよ」

 私がある事に思い当たれば、陽向が不思議そうに尋ねてくる。


「あれだ、陽向が私を初めてデートに誘った時の印象が強すぎたんだ」

「初めてのって、もう何年前の話だよ……」

「だってあんまりにも陽向が余裕無くて、可愛かったから」


 そうあの頃の陽向はあんまりにも可愛かったのである。

 ……いまでも可愛いけれど。


「ずっと、そんな風に思ってたのか……」

 途端に陽向が不満そうな顔になる。


「だって、ちょっと目を離すとすぐ私の為に散財しようとしたりして、この子はちゃんと導いてあげなきゃとか思ったよ?」

「そりゃ、ずっと片思いしてた相手との正式なデートなんだぞ、気合いは入るだろ……」

 私が説明すれば、決まり悪そうに陽向はそっぽを向くけれど、耳まで真っ赤になっている。


「気合いというか、から回ってたよね」

「やめろ、だんだん恥ずかしくなってきた!」

 だんだんいたたまれなくなってきたのか、当時を思い出した陽向はこたつの上に腕を組んで頭を伏せる。


「でも、そんな可愛い所が付き合う決め手になったんだから、結果的には成功だよ」

 そう、結局私はそんな陽向の姿を見て、それまでは特になんとも思っていなかったのについキュンとしてしまったので、つまりは成功と言えよう。


「……なあ、幸は……今はどう思ってるんだ? 俺の事……」

 少し間をあけて、陽向はチラリと顔を少し上げて、こちらをうかがうように尋ねてきた。


「うーん、今はちゃんと生活能力もついてきたとか落ち着きが出てきたりとか、それでも昔に比べてかなりしっかりしてきたと思うし、かっこいいし、頼りがいがあるけど……」

「けど……?」

 期待と不安が混じったような顔で陽向は私を見上げる。


「けど、やっぱり可愛いは可愛いよ~」

「……俺を可愛いとか言うのは幸くらいだぞ」

 ここぞとばかりに陽向の頭を撫でてやれば、呆れたように陽向が言う。


「いいんです~陽向の可愛さは私だけが知ってればいいんです~」

「なんだよそれ……」

「よーしよしよし、陽向くん良い子でちゅね~」


「馬鹿にしてんだろ」

 痺れを切らしたように陽向は身体を起こして私に向き合い、両手で陽向の頭を撫で回していた私の両手を掴む。


「してませんー、この気持ちがわからないとは陽向くんもまだまだ子供でちゅね~」

 更にからかうように陽向の顔を覗き込むように言ってやれば、私の視界が反転する。

「なあ、あんまりこういう事ばかりしてると、こういう事になるんだけど……」

 押し倒された私の耳元で陽向の声が聞こえてくすぐったい。


「これは、あえてこういう事にさせてるんですー」

「またお前はそういう事っ……」

 言いながら陽向の身体に脚を絡めれば、悔しそうな嬉しそうな陽向の声が聞こえてくる。


 陽向が私をお前と呼ぶのは、ケンカでもなんでも精神的にたかぶって余裕が無い時だけなので、私は陽向にお前と呼ばれると優越感を感じる。

 こういう所が可愛くて、ついからかいたくなっちゃうんだよなー……なんて、私は思う。

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