#8 立場が逆転しました

「それで、陽向とは今どんな感じ?」

「順調だよ。今は同棲するための新居探してるんだ~結婚してからもそのまま住むとこ」

 陽向が仕事の土曜日、私は瑞希と完全予約制のケーキバイキングに来ていた。


 食べ歩きが趣味の私は、一人で入るのを躊躇われるお店に入る時などはよく友達を誘う。

 陽向は身体を鍛えるのが趣味で普段は糖質を控えている。

 つまり、ケーキバイキングなんてもっての外なのだ。


 女友達と行く事も多いけれど、瑞希は大体どんなお店でも着いてきてくれるし、美味しいお店を紹介してくれたりするので、よく二人で出かける。


 それだけ聞くと何かあるように聞えるかもしれないけれど、私に彼氏が出来て以降は本当に何もない。

 ただ一緒にごはんを食べて解散するだけだ。

 たまに一緒にお酒を飲むこともあるけれど、何か起こったことは一度も無い。


「そっか、なら引越しの片付けとか手伝おうか?」

「大丈夫だよ、私も陽向もそういうの慣れてるし」

「ああ、そういえば引っ越しのアルバイトで知り合ったんだっけ」


 ニコニコと笑顔で話す瑞希に、なんだか引っかかる。

 そもそも、瑞希は瑞希で私の彼氏が自分の弟だとずっと気づかなかったのだろうか。


「……ねえ、瑞希はいつから気づいてたの?」

「さっちゃんと陽向、両方から話を聞いてたから、二人が付き合い始めた辺りからもしかして、とは思ってたよ」

 ちょっと鎌をかけてみたら、あっさりと瑞希は暴露した。


「言ってよ」

「やだよ、そっちの方が面白いもん。まさかこの事実が明るみになるまで六年もかかるとは思わなかったけどね。だからこの前の顔合わせの時なんて感無量だよ」

 満面の笑みを浮かべながら瑞希は言う。


「うわ性格悪い」

 本当に性格悪い。


「さっちゃんには言われたくないな~」

「ぐっ……」

 それを言われるとぐうの音も出ない。


 とういうか、私は瑞希のお兄さんと弟を天秤にかけて尚且つそれを全ての事情を知っている瑞希本人にどっちがいいかと相談していた訳で……。


 色々とやってしまった感が酷い。

 今後、陽向と結婚して親戚になる事も考えれば、この事で一生ゆすられるレベルのネタである。


「そういう自分勝手な所は保育園の時から変わらないな。三つ子の魂百までって本当だね。僕好きだな」

「……瑞希は、最後にとってつけたように好きとか言ったらどんな罵詈雑言も許されると思ってる節あるよね」

「え~、最上級に褒めてるのになあ」


 ニコニコと瑞希が私を見る。

 瑞希は朗らかに笑っているが、既に瑞希はその気になれば私の婚約話を破談にさせるだけのネタを十分に持っている訳で……。


 今後は下手に逆らわない方が良さそうだ。

 私と瑞希の関係は、保育園の頃とはすっかり立場が逆転してしまった。




 保育園の頃、瑞希は大人しくていつも一人で遊んでいるような子だった。

 遊びに誘ってもびっくりして逃げてしまうような子だったので、その内誰も瑞希を誘わなくなる。

 そんな瑞希だったけど、私はとてもきれいな子だなと密かに思っていた。


 女の子みたいな大きな瞳ときめ細かい白い肌、さらさらの髪の毛。

 気がつくと私は瑞希を目で追うようになっていた。


 どうにかして仲良くなれないかな、と思っていたある日のお昼寝の時間、私は瑞希と布団が隣同士になった。

 今なら話しかけても逃げられない。

 そう思った私は、そっと布団に入っている瑞希の頭をつっついた。


「ね、眠れないからゲームしようよ」

 電気は消しているものの、カーテンを透過した外の光で薄ぼんやりと相手の顔が見える状態の中、私はこそっと瑞希に話しかけた。


「……ゲームって、なにやるの?」

 すると、私に習って瑞希も遠慮がちに小さな声で尋ねてくる。

 断られるかもしれないと思っていたけれど、意外に瑞希は私の提案に乗ってきた。


「じゃんけんしようよ。勝った方は負けた方をつねるの」

 それは、じゃんけんだけだと面白くないからとその場で私が付け加えたルールだった。

 けれど、今思えばそれがいけなかった。


 じゃんけんをして、最初に勝ったのは私で、一回目はぷっくりしたほっぺをつねった。

 二回目も私が勝って、ちょっと調子に乗った私は瑞希のお腹をつねった。

 つねる場所は勝った方が好きに決めていい事にした。


 三回目は瑞希が勝って、私の首筋を確かめるようにさわさわと撫でて、つねるというより、遠慮がちにつまんだ。

 けれど、瑞希が私の首をそっと撫でた瞬間、私の背筋にゾクゾクと何かが走るような感じがした。

 更につねられると思ったら優しくつままれて、なんだか妙に甘ったるい気分になった。


 初め、私は何が起こったのかはわからなかったけれど、なんだかその感覚は今まで感じた事の無いような心地良いものだったので、次に私が勝った時、瑞希にも同じ事をしてやった。


 それから私達はお昼寝の時間が終わるまで何度も互いの身体を撫でてはつまみ合った。

 あくまでゲームなので、どっちがどっちの身体をつまむかは毎回じゃんけんで決める。


 だけど、どの場所をつまむか決めるまでは勝った方は相手の身体をいくらだって撫で回せるし、つまむ場所はどこだっていい。

 なんだかいけない事のように思えたけれど、それ以上にとてもドキドキしたのを憶えている。


 お昼寝の時間が終って電気がつくと、目の前に顔を赤くしてとろんとした目の瑞希がいて、なんだか私も恥ずかしくなった。

 そして、その後ろめたさから、お昼寝の後はお互い何事も無かったかのようにいつも通り別々に遊んだ。


 私達が通っていた保育園では、日替わりで布団を敷く当番が決まっていて、その日以降、私は自分の当番になると必ず瑞希と布団を隣になるように敷くようになった。

 たまに私以外の当番の時も布団が隣になる事があったので、きっとそれは瑞希がやっていたんだと思う。


 最初はお昼寝の時間だけだった私達の交流は、その内、それ以外の時間でも一緒に遊ぶようになる。

 だけど、私が瑞希と遊ぶ時は、必ず二人だけで遊んで他の子が仲間に入れてとやってきても、瑞希が嫌がるからと断った。


 瑞希が他の子に取られるのが嫌だった私は、

「私以外の子とは遊ばないで!」

 と、言って今まで通り他の子に声をかけられても断るように瑞希に言った。


 一方で私は普通に他の子と遊んでいて、そういう時は大体、瑞希は仲間に入れて欲しそうに見ていたけれど、仲間には入れてあげたことはない。


 瑞希と二人で遊ぶ時、たまに大人や他の子達の目を盗んではお昼寝の時の遊びをしたり、こっそり互いの身体を見せ合ったりした。


 初めは自分とは違う男の子の身体が気になったというのもあったけれど、だんだんと先生や他の子の目を盗んでなにかいけない事をしているという状況を楽しんでいたように思う。


 大体そういう事を思いつくのも持ちかけるのもほとんどは私で、瑞希はいつもおろおろしたり照れたりしながらも必ず私の要望に応えてくれた。


 瑞希は私のどんなわがままも聞いてくれた。

 最初は嫌がった事でも、

「なら、もう一緒に遊んであげない!」

 と言ったら私の要求を聞いてくれる。


 結局、保育園では瑞希に私以外の友達は出来なかったし、いつも私のしたい遊びを好きな時に飽きるまで付き合わせたりした。


 我ながら、今思い出しても頭を抱えたくなる。


 性に対する知識が無かったにしても、これは酷い。

 私は生後五年も経たないうちに一生ものの黒歴史を作ってしまったのである。


 小学校に上がる頃、両親が家を建てた関係で私は学区が代わって瑞希とは別々の小学校に通うことになった。

 そうして保育園の頃の事なんてすっかり忘れた頃、瑞希と再会する。


 再会した瑞希は、私よりも背が高くなって、苗字は金井から望月になっていた。

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