#9 幸せになって欲しいとは思いました

 瑞希とは同じ高校の同じクラスだったけれど、初め私はクラスメートの瑞希と、保育園の時に仲の良かった瑞希が結びつかなかった。

 そもそも、保育園の頃に仲良かった瑞希という男の子のことなんて、再会するまでほとんど思い出した事も無い。


 気がついたら、私が仲の良かった女の子が瑞希や瑞希の男友達と仲良くなり、気がついたら、一緒にグループ行動をするようになっていた。

 ある日の昼休みに皆でお昼を食べていると、幼稚園や保育園の時の話になって、瑞希が私と同じ保育園だったと言い出したのだ。


 瑞希という名前の男の子は、保育園の頃、私のクラスには一人しかいなかった。

 最近両親が再婚して苗字が変わった、とも瑞希は言っていた。

 その瞬間、私はかつての瑞希との数々の出来事を思い出して、一気に血の気が引く。


 けれど瑞希は、

「たぶん同じクラスだったよね。あんまり憶えてないけど」

 と言い、私もその発言に習って保育園の時の事はよく憶えていない事にした。


 けれどその日の放課後、私は瑞希に呼び出される。

「憶えてるよね、保育園の時の事」

 呼び出された空き教室で、瑞希は単刀直入に聞いてきた。


「うん……まあ……」

 憶えてないと言ったら後が怖そうだった事もあり、私は頷く。


「そっか、良かった。また仲良くしてね、さっちゃん」

「う、うん……」

 私が頷けば、瑞希は晴れやかな笑顔でそう言って私の手を握る。


 まさかこれから保育園の時のような事を、瑞希主導でさせられるのかと私は内心ビクビクしていたけれど、そんな事も無く、その後しばらくは特に何も起こらなかった。

 せいぜい瑞希が私と二人だけの時だけ、保育園の時のように私をさっちゃんと呼ぶようになったくらいだった。


 私達の関係が本格的にただれ始めたのは三学期の初め頃である。


 その年の冬休み、私は自分が両親の実の子供ではなく養子である事を聞かされた。

 両親の事は大好きだったし、共働きで平日は家にいない事が多いけれど、その生活に特に不満を抱いた事は無い。


 だけど、当時の私は自分が両親の本当の子供でない事がかなりショックで、表面上はその事を受け入れるフリをしながら、内心では両親とどう思ってどう接していいのかわからなくなった。


 しばらくモヤモヤしながら過ごした私は、両親が再婚して最近新しいお母さんと血の繋がらない兄弟が二人できたらしい瑞希の事を思い出した。


 瑞希はいつもニコニコしてて、複雑な家庭環境でも堂々としていたので、きっと彼と話したら私のこんな悩みなんか吹き飛ばしてくれる。

 そう期待して、私は瑞希を家に招いた。


 両親は三が日を過ぎたら仕事が始まって昼の内は家にいなかったし、こんな話は万が一にも誰にも聞かれたくなかった。


 ところが、いざ瑞希を我が家に招いてみると、私のあては外れる事になる。


「どんなに良い子にしてても新しいお母さんとはやっぱり距離があるし、弟とは仲良くなれたけど兄さんは僕の事嫌ってるし、父さんは最初から僕の事なんてどうでもいいし、第一、僕からしても全員他人だし……」

 ポロポロと涙を流しながら瑞希は言った。


 あまり家にいたくなくて、友達との予定が無い日はいつも夕食の時間まで学校や近くの図書館で時間潰してる、という話を聞くと、自分はなんて恵まれているんだろうと思うと同時に、瑞希を助けてあげたいと思った。

 本当は、自分よりも明らかに辛い境遇の人間を見て安心すると共に、手を差し伸べて、自分が人格者であるような気分になりたかっただけなのだと思う。


「もし家に帰りたくないならさ、私の家に来たらいいよ。うち、共働きだから平日は夜まで親いないし」

 涙を流す瑞希を抱きしめて、私はそう言った。

 それから瑞希は毎日のように私の家に入り浸るようになる。


 子供の頃の出来事もあって、毎日のように密室ですごしていた私達が関係を持つのにそう時間はかからなかった。

 確か保育園の頃の話になって、ふざけて私がまたやってみる? とか言い出したのがきっかけだったような気がする。




「二人の新居が決まって落ち着いたら、遊びに行ってもいいかな」

 私がケーキを食べ比べていると、箸休めのスープを飲んでいた瑞希が聞いてきた。

「いいよ~、陽向も喜ぶだろうし」

 断る理由も無いので私は頷く。


「それにしても、大翔は家族計画とか学生の頃からガチガチに考えてたけど、結局陽向に先越されちゃったね」

「え、大翔そんなの立ててたの? でも、確かにしてそう」

 さらっと暴露された事実に驚きつつも、私は妙に納得した。

 大翔は几帳面だからなあ……。


「何歳までに結婚して、何歳の頃には家を建てて、子供は何人とか、結構細かく人生計画を立ててたよ」

「私、結構行き当たりばったりだなあ……結婚したいっていうのはあったけど。瑞希は結婚とかする気ある?」


「うーん、機会があれば?」

「もうそこから疑問形なんだ」

 あんまりにもふわっとした回答に思わず私はつっこむ。


「やっぱり相手は一番好きな人じゃないとね」

「意外にロマンチストな事言ってるけど、生活態度との不一致が酷すぎない?」

「僕は本命には結構一途なんだよ」


 拗ねたように瑞希が言う。

 まあ、いつか瑞希にもそんな風に思える相手が出来たらいいな、とは思う。


「ふーん、じゃあ、もしその本命の子が他の男に取られちゃったら?」

「じゃあ僕は間男でいいや」

「いきなり不純じゃない?」

 一途なのと欲望に正直なのは違うと思う。


「気長に落とす事にするよ。最近は離婚も再婚も珍しくないでしょ?」

「堂々と他所様よそさまの家庭を壊します発言とか怖いんですけど……」

「えー、むしろ純愛だと思うんだけど」


 瑞希はあんまり他人に執着しないタイプだと思っていたけれど、本気になったら相手に対して恐ろしく粘着質になりそうだ。

 今はいないようだけれど、もし将来、瑞希の本命になるような人が居たとしたなら、なんというかご愁傷様という感じである。

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