#10 兄弟が遊びに来るようになりました
十月の半ば、私と陽向はお互いの職場に通いやすい場所に部屋を借りて一緒に住み始めた。
一緒に住み始めてみると、今まで六年も付き合ってきたのに新たな発見がいくつもあった。
例えば、陽向は洗面所のタオルやバスタオルは毎日自分で代えるけど台所のタオル交換は忘れがちとか、洗濯の仕方も意外と丁寧とか。
費用対効果を何事にも重視しているのは知っていたけれど、思った以上に倹約家で、大雑把そうな見た目だけど、実はきっちり家計簿を付けるタイプだったとか。
あと、陽向は私がいない時はいつも同じ内容の食事を取っているらしい事もわかった。
朝は野菜スープかお麩とフリーズドライの味噌汁の具を入れた味噌汁に納豆ごはんとゆで卵。
お昼はコンビニのサラダチキンとおにぎりもしくは鶏肉の温野菜のスープにごはん。
間食にプロテインバー、夕食は鶏肉の温野菜のスープにごはん。
ちなみにごはんは雑穀で、休みの日は大体こんなメニューだ。
これらのメニューを、サラダチキンの味やおにぎりの具、スープの味付けなどを変えながら毎日食べている。
お酒を飲むときもちくわやチーズ、スモークチキンにコンビニの味つき半熟卵辺りがメインのおつまみになる。
身体を動かす仕事なので仕事のある日の日中は一応大まかな摂取量は気にするものの、カロリーや糖質の制限はしていないらしい。
夜のメニューは仕事のある日も共通らしいけれど。
「そんなに毎回同じ物食べてて飽きないの?」
と、ある日私が尋ねてみたら、
「飽きてはくるけど、俺にとって食事は楽しむものというよりは、筋肉の糧だから」
という答えが返ってきた。
どうりで私が低カロリー高たんぱくのメニューを考えて色々作ってあげたら大喜びしていた訳だ。
せめて夕食はバリエーションに富んだ低カロリー高たんぱくの美味しい物にしてあげようと思った。
私は食べる事が好きなので、よく高カロリーな間食やデザートを食べるけれど、女の子はむちむちしてる方が好きらしいので、今のところそれで陽向に文句を言われた事はない。
でも、たまに私がアイスやプリンを食べてると、何も言わずじっと見てくるので、今度低カロリーなデザートでも作ってあげようと思う。
陽向と同棲しだして、変わった事や新たな発見はいっぱいあったけれど、一番変わった事は、大翔と瑞希が頻繁に私達の家に遊びに来るようになった事だ。
「待て陽向、そっちはまだ火が通ってない、そっちの端のを取れ。そろそろ新しい肉を入れるぞ」
「サンキュー、この位置からじゃ見えなかったわ」
大翔は鍋に新しい肉を投入した後、陽向から取り皿を受け取ると、菜箸で取り皿に肉と野菜を入れてやり、陽向に渡す。
今夜は私と陽向と大翔と瑞希の四人で鍋パーティーである。
「そのやりとり、実家にいた時を思い出すなあ」
のほほんと笑いながら瑞希は二人を見て言う。
「それにしても二人共、前の家に住んでた時もたまに来る事はあったけど、最近よく来るな」
「家がここから結構近いんだ」
「僕の今の職場も、ここの最寄り駅から一駅なんだよね」
不思議そうに陽向が尋ねれば、大翔と瑞希がそれぞれ答える。
「この辺、交通の便いいもんね~」
定期券内で通えるのが大きいと瑞希は付け加える。
「あれ、ここから一駅っていう事はもしかして瑞希、また転職した?」
前は確か、別の場所にある会社に通ってたはずだ。
仕事がきつい、とは漏らしていたけれど。
「うん、前の会社は給料は良かったけど、仕事の量がおかしくて……残業が月百時間越えなんて当たり前って空気でさ、このままここにいたら殺されるなって」
「うわあ……」
どうやら思った以上に過酷な職場だったようだ。
一番最初の会社は結果を出しても給料がずっと上がらないから転職したとは聞いたけれど、瑞希はあんまり自分からその辺の話をしないので、こういう事がたまにある。
「今の職場は給料もそこそこだけど、平和だよ。僕はとりあえずちゃんと暮らしていけるだけのお金があったらそれでいいや」
聞けばちゃんと話してくれるけれど、定期的に会ってるにも関わらず、そういう事に気づけないのは、瑞希は普段からニコニコほわほわしてるので、今の状況も何考えているかも、わからないというのも大きい。
高校生の時も、私が尋ねるまでは瑞希があんなに追い詰められていたなんて知らなかったし、瑞希は辛い事があっても隠そうとする所があるのだ。
「そうは言っても将来結婚して子供を育てたりする事も考えると金はあった方がいいだろう、陽向はその辺どう考えてるんだ」
「そりゃ、大翔に比べたら裕福な暮らしはさせてやれないだろうけど……」
大翔の言葉に、陽向が言いよどむ。
「私も働きますし大丈夫ですよ~。今の職場、女性の管理職の方も多くて働きやすいですし、産休や育休の取得もしやすい雰囲気ですから」
別に私は大翔と結婚するなら最初から共働き前提だったので、別にその辺は特に気にしてない。
「そういえば大翔ってそろそろ結婚とかしないの? 大手勤務で、会社のお金でMBAとか取ってるんだから、そろそろ上司から縁談とか持ちかけられないの?」
「そういうもんなのか?」
瑞希の言葉に陽向は首を傾げる。
まあ、陽向の職場だとそういうのはあまり無いかもしれない。
「会社にもよるけど、大きい所とかだと有望な若手社員とかは結婚してないと出世にひびくから、二十八辺りから上司に縁談を持ちかけられたりするってよく聞くからさ」
「瑞希は違うのか?」
「うちの会社はその辺、全体的にノータッチかな~」
あはは、と瑞希は軽く笑う。
私の会社はそういうのはあまり無かったけれど、今の時代でもまだそういう所はあるのか、と意外に思う。
まあ、私の場合は就職したのが今勤めている会社一社だけだから一般的にどうなのかは知らないけれど。
「……実は最近、もっと仕事を覚えて一人前になってからでないと、といういい訳が通用しなくなってきている」
気まずそうに大翔が答える。
大翔の会社では上司による縁談の斡旋があるらしい。
「もう三十で入社八年目だもんね~なんでそんなに結婚したくないの?」
「いや、したくない訳では……」
ニコニコしながら不思議そうに瑞希が大翔に尋ねる。
「大翔って変に理想が高い所あるもんね」
「そんなつもりは……」
大翔は否定したそうだけど、途切れなく彼女がいる割りにあんまり長続きしなくて、本人に結婚の意志があるのにこの歳までそのスペックで独身って、絶対理想が高過ぎるんだと思う。
「ちなみに、どんな子がタイプなんだよ」
「そうだな、清楚で気品があって、可愛らしくてどこか抜けている所もあるけれど家庭的で支えてくれるような……」
「ふーん、それくらいなら探せばいそうだけどな」
いやいねえよ! そんな女子は滅多にお目にかかれないレアキャラだよ! いたとしても大部分は養殖物だよ!
陽向と大翔の会話に内心つっこみを入れる。
「僕の好みとはほぼ真逆だなあ」
「へえ、瑞希のタイプってどんな感じなんだ?」
陽向が瑞希に尋ねる。
それは私も気になるところだ。
「欲望に正直で自分勝手なんだけど、それを計算じゃなくて全部素でやってるから時々意味も無くものすごく優しかったり、危なっかしかったりして目が離せない、みたいな」
「いや超怖ええよ」
瑞希の答えに陽向はドン引きした様子でつっこむ。
「相変わらずお前の趣味はわからん」
「瑞希の女の子の好みは上級者向け過ぎて、もしそんな子が目の前に現れても色々揉めた挙句、最終的に心中とかしそうだよね」
「ただのメンヘラじゃねーか」
大翔も私も陽向も言いたい放題である。
「いや、精神的には自立してるし根は良い子なんだよ、ただ思慮が浅いだけで」
「それ、かなり致命的じゃない?」
フォローするように瑞希は言うけれど全くフォローになっていない。
私もどこが良いのかわからない。
「まるで実際に気になる相手がそうであるかのような口ぶりだな」
「ああ、バレた?」
大翔の言葉に、笑いながら瑞希が答える。
「やめとけって! 明らかに深く関わらない方が良いタイプの女だぞ!」
「俺も同感だ」
「えー、幸はどう思う?」
兄弟から全力で止められながら、瑞希はいつものゆるい感じで私に聞いてきた。
「うーん、瑞希がどうしてもって言うなら好きにしたらいいと思うけど、付き合いの長い友達がこの歳で死ぬとか寂しいから、出来る限り死人を出さずに皆幸せになる方向で頑張ってよ」
「……幸は、僕が死んだら寂しい?」
「え、当たり前でしょ?」
何を言っているんだろうと私は即答する。
「俺も嫌だよ」
「どうしてもと言うのならとめないが、その女と心中する事は、お前の家族や友人を悲しませてまで成すべき事なのか?」
陽向や大翔も瑞希を説得する。
「なんで僕がその子と心中する前提で話進んでるの、死なないし死なせないよ」
思ったよりも本気で説得されて、驚いたように瑞希が否定する。
「だよね~良かった。というか、瑞希好きな子いたの?」
心中云々を言い出したのは私なので、完全にさっきの説得は悪乗りだったけれど、瑞希に今、本命の女の子がいるかどうかは気になる。
「まあね」
「それは本当なんだ」
一体、瑞希の好きな子って、どんな子なんだろう。
まあ、かなりエキセントリックな子のような気もするので、変に接触して嫉妬とかされて今の幸せを脅かされるよりはそっとしておいた方がいいかもしれない。
そして大翔もさっさと結婚して私を安心させて欲しいものだと、年下だけどつい親戚のおばちゃん目線で思ってしまう。
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