#39 嫌いになる事にしました

 瑞希:道わからないだろうから、駅まで迎えに行くよ。今どの辺?


 瑞希の家に了承すれば、すぐに瑞希から迎えに来ると連絡があった。

 今までの雑談の中でどの辺に住んでいるだとか、最寄り駅は知っていたけれど、瑞希の家に行くのは初めてである。


 電車が現在停車している駅を伝えれば、なら改札を出た辺りで待っててくれとメッセージが来た。

 私はOKと書かれたスタンプを返す。


 私は今、瑞希を嫌いになるために、瑞希と気まずくなって向こうからも諦めてくれるように仕向ける為に、瑞希の家へと向かっている。


 だって、結局私と瑞希はどこまで行っても平行線だから。


 例え両思いになったとしても、きっとお互いが理想とする幸せの形が違うから。

 それがわかったから、私は瑞希と距離を置いたのに、きっとこのままでは同じ過ちを繰り返してしまうのは時間の問題のような気がする。


 だから、私は今から自分の長年の思いにとどめを刺しに行く。

 それに、ちゃんと正面から瑞希を拒絶する事ができたなら、きっと私は変に胸をざわつかせたりする事も無く、陽向と一緒になれる。


 そんな気がする。


 駅の改札を出れば、すぐに先に来て待っていてくれたらしい瑞希を見つけた。

「待った?」

「うん、待ってた」

 私が声をかければ、瑞希はとろんと目を細めた。


 嬉しい事や楽しい事があった時のその笑い方は、子供の頃から変わらなくて、胸の奥が苦しくなる。

「ねえ、さっちゃん」

「なあに、瑞希」

 瑞希の家に向かいながら、瑞希が私に尋ねてくる。


「さっちゃんへの両親への挨拶、もう済んだんだよね。どうだった?」

「うん、二人共ものすごくテンション上がってたよ。口では結婚してもしなくても、なんて言ってたけど、やっぱり嬉しかったみたい」

 私が答えれば、だろうね、と瑞希は頷く。


 瑞希の住むアパートには、駅から歩いて十分もしないうちに到着した。

 こざっぱりとしたその部屋は、もちろん綺麗にしているというのもあるのだろうけれど、全体的に物が少ないせいもあって、どこか生活感が無かった。


「そういえば私、瑞希の住んでる家に来るのって初めてかも」

「大学まではずっと実家暮らしだったからね」

 暖房が効いた部屋で、コートを脱ぎながら言えば、瑞希がそのコートを受け取って、ハンガーにかけてくれながら答える。


「何か温かいもの入れるね。お茶でいい?」

 やかんに水を入れて火にかけながら瑞希が聞いてくるので、私はそれでいいと返事をする。


「この部屋にいつも女の子を連れ込んでたの?」

「まあね」

 からかうように私が言えば、瑞希はさらりと肯定する。


「瑞希ってモテるし、私なんかより、もっと性格が良くて可愛い子はいっぱいいるんじゃないの?」

「いるよ。でも皆、さっちゃんに比べたら性格が善良すぎて物足りないんだ」

「とうとうダイレクトに私の性格を貶しにきたね……」

 中身が沸騰したらしいやかんがピーッ! と、音を立てるのを聞きながら、私はため息をつく。


「色々探してみたけどさ、さっちゃん以上に僕の気持ちや人生をひっかきまわしてくれる人っていないんだよ」

 ポットにお茶を入れながら、瑞希は軽い調子で言う。

 瑞希の話をいちいち真に受けてたら身が持たないと私が視線を逸らせば、カーペットの中に銀色に光る何かを見つけた。


「ふーん……あ、ピアスのキャッチャーみっけ」

 これはピアスを裏側から固定する金具だけれど、瑞希は耳にピアスの穴なんて空いてないし、それは大翔も陽向も同じだ。


「ほんとだ。誰のだろ」

 私のつまみ上げた金具を横から覗き込むように、ポットとマグカップを持って来た瑞希が言う。


「ここまで全くごまかす気もないのもすごいよね」

「うん、マーキングされ過ぎてて僕もどれが誰のだかわかんない」

 座卓の上でポットから二つのマグカップにお茶を注ぎながら瑞希は平然と言ってのける。


「というか、修羅場にならないのこういうの」

「全員彼女って訳じゃないし、特に無いなあ」

「うわあ……」

 一体、現在瑞希と関係を持ってる彼女っぽい存在の女の子は何人いるのだろう。


「ひどいなあ、僕がこうなったのだって、さっちゃんのせいなのに」

「いや、いくらなんでもそんな事まで私のせいにしないでよ」

 突然そんな事の責任まで押し付けられても困る。


「僕だってさっちゃんの代わりを探したり、そんな風に育てようとしてるんだけど、なかなか上手くいかないんだ」

「…………は?」

 一体瑞希は何を言っているんだろう。


「さっちゃんとは、皆に内緒で付き合ってたつもりだったんだけどなぁ」

「……それは、ごめん」

 その事については完全に私が瑞希の好意につけ込んで好き勝手していたので、それについては謝るしかない。

 だけど、それと瑞希の女癖と、どんな繋がりがあるというのか。


「さっちゃんはさ、なんで僕がずっと……さっちゃんの言葉で言うと、さっちゃんを甘やかしてきたと思う?」

「私を、好きでいてくれたから……」

「うん、半分正解」

「半分……?」

 ニッコリと笑って答える瑞希に、私は首を傾げる。


「あの時さっちゃんは言ったよね、このまま僕と一緒にいると、僕がいないと何もできなくなりそうだって」

「うん、言った……」

 唐突に瑞希は、大学の頃、私が瑞希と距離を置きたいと言い出した時の話を持ち出す。


「そのまま本当に僕がいないと何もできなくなったら良かったんだよ。どんどん性格も悪くなって、僕以外の人間関係に全て失敗してしまえば良かったのに」

「え……?」

 どこか薄暗い笑みを浮かべながら、瑞希が私の目の前に迫ってくる。


「そうしたらさっちゃんは、僕以外に頼る相手がいなくなって、僕から離れられなくなるのに」

「なんで、そんな事を……」

 鼻先が触れ合いそうな程近くで、囁くように言う瑞希に、ただ私は困惑した。


「さっちゃんは前に、何で結婚したいのかって聞いたら、この先もずっと一緒にいる約束が欲しいんだって言ったよね」

「うん……」


「僕も同じだよ。さっちゃんがずっと僕と一緒にいてくれるって思える材料が欲しかったんだ」

「…………ごめん、それはちょっとわからない」

 同じと言われても、それは全くの別物のように思える。


「だからね、僕に執着したり、依存したりする女の子がいたらいいのかとも思ったんだけど、やっぱり違うんだ。僕はね、やっぱりさっちゃんが欲しいんだ」


 私の右手に、瑞希の左手が重ねられる。

 瑞希があんまり顔を近づけてくるので、それに合わせて後ろに下がっていれば、背中が後ろのベッドのへりに当たった。


「…………」

「ねえ、僕はさっちゃんが手に入るなら、他に何もいらないし、さっちゃんの為ならなんでもしてあげる。だから、僕とずっと一緒にいてよ。やっぱりさっちゃんじゃないとダメなんだ」


 右ひざを私の両足の間に入れて、半ば押し倒すような体制なのに、私の上に覆いかぶさる形の瑞希はすがるような目で私をまっすぐ見つめてくる。


 ああ、ダメだ……。

 ここでちゃんと拒まないと、今度こそ私は……。


 頭ではわかっているのに、結局私は瑞希のキスも、何もかも、拒む事は出来なかった。

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