第4章

#40 困ってしまいました

「嬉しいな、またさっちゃんとこんな事ができるなんて、夢みたいだ……」

「懐かしいな、忘れたつもりなんて無かったのに、こういう時のさっちゃんの癖とか仕草とか、結構わすれちゃってたんだなあ」

「ね、さっちゃん、今度は僕を見捨てないでね」


 ………………。


 どうしよう……!!


 帰りの電車の中、私は人目もはばからず、一人頭を抱えていた。


 やってしまった。


 ヤッてしまった……!


 そんな風に落ち込む割に、頭に浮かぶのは先程のとろんとした瑞希の笑顔で。

 可愛いなあもうっ!

 なんて思ってしまって、更に陽向に申し訳なくなる。


 そんな事を考える一方で、多分、陽向や大翔は最悪私じゃなくても良い人を見つけて幸せになれそうだけど、瑞希は私じゃないとダメなんだろうな、とも感じる。


 けれど、瑞希は私一人の手に負えるような玉だろうか。

 いや、無理だ。

 多分、ほだされて正式に付き合ったが最後、気がついたら色々とがんじがらめになっていそうである。


 その日の陽向は、仕事から帰ってきてからずっとおかしかった。

「……な、何?」

「なんでもない」

「そう……」


 なぜだか、食事の用意をしている時も、食事中も、お風呂上りの団欒中も、ずっと暇さえあれば私をこれでもかとじっと見つめてくるのだ。

 何か用があるのかと尋ねれば、特に無いと陽向は答える。


 私は初めそれが不思議だった。

 けれど、夜寝る時に陽向が、以前大翔や瑞希と三人で話に行った後みたいに、特に何をするでもなく私を抱き枕状態でギュッと抱きしめながら眠りについた時、私は嫌な予感がした。


 陽向、大翔、瑞希の三人で私を何かに誘ったりする時はお互い邪魔はしない代わりに連絡をすると決めているとは聞いている。

 ……つまり、これは陽向に何かしらの情報が伝わっている。という事なのだろう。


 陽向に伝わった情報が、瑞希の部屋に一人で行ったという事だけなのか、その後起こった事も含めてなのかはわからない。

 もしかしたら、ただ今日は私と二人で会った、くらいの内容かもしれない。


 ……これは、下手に尋ねると、藪から蛇を出すような事になり兼ねない。

 というか、陽向に対しても瑞希に対しても中途半端な現状で、その事を追求されても、私はどう答えたらいいのか、自分でもわからない。


 私は、どうしたらいいのだろう。

 少なくとも、瑞希から何かしらの情報はもたらされているはずなのに、陽向は特にその事を追求するでもなく、ただ甘えるように私を抱きかかえて眠る。


 その姿はとてもいじらしくて、同時に私は申し訳なくて、だけれど、瑞希の事も完全には切り捨てられないでいた。

 翌朝、私がスマホのアラームで目を覚ます頃には陽向はもう出勤していた。

 その日のお昼休み、あまり眠れず寝不足のまま出勤した私の元に、大翔からラインでメッセージが届く。


 大翔:昨日、陽向は大丈夫だったか?


 陽向の様子がおかしくなった原因を大翔は知っているようだった。

 瑞希や陽向に直接尋ねても、素直に本当の事を教えてくれるとも限らないので、私は大翔に尋ねてみる事にした。


 幸:昨日、何か様子がおかしかったけど、何かあったの?

 大翔:まあ、その辺はメッセージだと伝えにくいので、直接会って説明したい。今日の夕方、少し時間をくれないか? 陽向が帰ってくるとまた面倒だから、どこか店がいいんだが……。


 その大翔の反応で、やっぱり何かあったらしい事を私は察した。

 とりあえず今日の夕方、最寄り駅のカフェで待ち合わせをして大翔と話す約束を取り付ける。


 ……正直、大翔も油断ならないのだけれど、大翔はこういう時、元々の几帳面な性格もあってか、当初の約束はちゃんと果たしてくれる。

 それに、人目のある場所ならば、とりあえずは安心だろう。


 夕方、私は仕事を終えるとまっすぐ大翔と約束したカフェへと向かった。

 窓際の席でしばらく待っていると、大翔が店に入って来たので、私は手招きして大翔を席に呼び寄せる。


「それで、昨日は一体何があったの?」

「それはどちらかと言うとこっちのセリフなんだが……まあ、これを見てもらった方が早いだろう」

 そう言って大翔が私にスマホを渡す。

 画面にはラインの履歴が残っていた。


 瑞希:さっちゃんを僕の部屋に誘ったら、今から来るみたいだから一応報告しておくね

 陽向:おいどういう事だ

 陽向:おい

 陽向:無視すんな

 大翔:陽向、とりあえず続きが来るまで大人しく待ってろ


 大翔の一声により、一応陽向は大人しくなったけれど、一分以内に陽向のメッセージが連投されている所に、陽向の焦りを感じる。

 時間的には恐らく、私が瑞希の家に行く事を了承した直後だろう。


 瑞希:ところで、過去の判例によると、浮気の基準は性行為があったかどうかで、デートやキス、手を繋いだりはセーフらしいよ

 陽向:何が言いたい

 瑞希;陽向は幸が浮気したら許さないって言ってたけど、どっからが浮気なの?

 陽向:うるせえ


 私が帰った後、早速瑞希は陽向を煽り始めたようだ。

 そして陽向がまんまとそれに乗せられている。


 陽向:俺はあの後何があったのか聞いてるんだけど

 瑞希:例えばさっちゃんが陽向の基準でいう所の浮気をしたとして、どう許さないの? 婚約破棄するの?

 陽向:そのさっちゃんって言うのやめろ

 瑞希:さっちゃんはさっちゃんだよ。陽向が物心つく前から僕はずっとそう呼んでたし。


 以下、特に何があったのか核心に触れる事は言わずにひたすら陽向を煽り続ける瑞希と、それに噛み付く陽向のやり取りが続いていた。


「それで、本当の所はどうなんだ?」

「ええっと……」

 スマホを大翔に返しながら、私は言いよどむ。


 陽向と瑞希の間にどんなやり取りがあったのかはわかった。

 けれど……。


「見ての通り、瑞希はこの日、柄にも無く随分と浮かれていたからな。大体、何があったかは想像付く。それで俺が聞きたいのは、つまり幸は瑞希を選ぶ、という事なのか?」

 大翔は、優しく微笑みながら私に尋ねてくる。

 私は、全身に嫌な汗が噴き出してきた。

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