#41 過去が明らかになりました

「えっと……」

「あの瑞希がここまではしゃいでるんだ。何もなかった訳じゃないんだろう?」


 優しい笑顔で大翔は聞いてくるが、あの瑞希とは、どの瑞希なのだろう。

 というか、ラインのあれははしゃいでいた……?


「ああ、別に責めてる訳じゃないんだ。誰を選ぶかは幸が決める事だからな。ただ以前、幸と瑞希はその……付き合ってはいないがそういう関係だったのだろう?」

「う、うん……」


 あえて大翔は直接的な表現を避けるけれど、その配慮に余計に居たたまれない気持ちになる。

 既にその辺の話は大体瑞希から聞いているのだろう。


 適当に飲み物の注文を済ませつつ、私は油断すると出そうになる特大のため息を飲み込む。


「高校の頃、瑞希はあまり家には帰らなかったが、そのほとんどは幸の家に入り浸ってたんだよな?」

「そう、です……」


 優しい表情と声で大翔は聞いてくるけれど、内容は全く優しくない。

 内容も内容な事もあり、つい返事も敬語になってしまう。


「両親にも紹介して、学校でも大体一緒で、大学もわざわざ同じ学校に行って……」

「はい……」

「なんで正式に付き合わなかったんだ?」

 ごもっともな質問である。


「えっと……当時は私の家庭事情とかもあって、私の精神状態が不安定で、誰かと付き合うとか、そういうのを考えられる状態になくて……」

「なら、なぜ大学生になって誰かと付き合える精神状態になった時、瑞希と付き合う事にしなかったんだ?」


 私は大学の一年生の頃から大翔と付き合いだした。

 つまり、この理屈で言うと、その頃には人と付き合える精神状態になっていたという事になる。


「…………瑞希は、私がどんな間違いを犯しても肯定して際限なく甘やかしてくるから、一緒にいるとダメになりそうで怖かったの」

「なるほど、他人に対してあまり執着しない瑞希がな……」

「そうかな、私の知ってる瑞希と、大翔の言ってる瑞希って全然別人みたいに聞こえるんだけど……」


 私の知っている瑞希と、さっきから大翔の言う瑞希は、まるで違うように思える。

 届けられた温かい紅茶のカップを両手で包み込んで暖をとる。

 さっきから緊張の連続で、店内は暖房が効いてるはずなのに指先が冷たいし、そのくせ嫌な汗が止まらない。


「まあ、それだけ瑞希の中で幸の存在が大きいんだろうな」

「それは、そうかもしれないけど……」

 一応、それについては思い当たる節はある。

 というか、心当たりしかない。


「俺と瑞希は学生時代は多少険悪だった時期もあったが、だからこそ、あの瑞希がそこまで他人に執着する事の特異さはよくわかる」

 大翔はそう言って肩をすくめる。


「瑞希も高校の頃、弟は懐いてくれたけどお兄さんとは上手くいってないって言ってたけど、二人共そんなに正面から人とぶつかるようなタイプじゃないよね? 何かあったの?」

 そう、大翔も瑞希も基本的には誰とでも表面上は上手くやっていけるタイプのはずだ。

 何か二人の間に決定的な事件でもあったのだろうか。


「……初めは、ただ急に出来た年子の弟が、あっという間に陽向を手懐けて、母さんにも気に入られておもしろくなかっただけだったんだ。だが、俺はあいつを観察するうちに違和感に気づいたんだ」

「違和感?」

 大翔の言葉に私は首を傾げる。


「相手の機嫌をうかがうのが異常に上手いんだ。相手と話している時、相手が望むような反応や答えをニコニコと笑顔で、時にはおどけたり同情するようなな表情を作って、完璧なタイミングで返してるんだ」


「えっと、それはコミュ力が高いとか、そういう事?」

 いまいち大翔の言わんとしている事がわからなくて、私は尋ねる。


「コミュニケーションスキルと言えばそうなんだろうが、双方向の交流という意味では少し違うと思う。あいつは、相手の話を笑顔で聞くが、その実、根本的に他者への執着が無いんだ」

「つまり、どういう事?」

 ますます私はわからなくなる。


「相手が望む反応がわかって、それに沿って受け答えをするから、相手に好感を持たれやすいが、その会話の中には一切あいつの意思を感じないんだよ。言ってみれば、ずっと接客のマニュアル対応なんだよ、あいつは」

  ホットコーヒーを一口飲んでから、大翔は大きなため息をつく。


「大翔の言いたい事はわかったけど、私の知ってる瑞希とはやっぱり全然違うような……あ、でも、瑞希って大体私と一緒にいたはずなのに、妙に男女問わず友達が多くて、大体私の友達も瑞希繋がりだったような……」


 そのせいか、私は基本的に仲のいい子と狭く深い感じの人間関係ばかりなのだけれど、高校と大学は妙に広く浅い、顔を合わせたらちょっと話す程度の友達も多かった。


「ここでこう答えたら相手は喜ぶだろう、とか怒るだろう、とかわかっていても、自分の気持ちが邪魔して友好的な態度を取れない事もあるだろう? ところがあいつは、自分の気持ちを無視して自分の好ましい結果を得るための反応しかしないんだ」


 必要最小限の交流で、相手に一定以上の好感を持たせるのが上手いんだと大翔は続ける。

「……わかったような、わかんないような」

 つまりどういう事なのだろう。


「社会人としてはある程度必要なスキルかもしれないが、高校生の頃からプライベートでも常にそんな態度だというのが、当時の俺には不気味に感じられたんだ」

 困ったように大翔は笑う。


「考えてみれば急に知らない奴が家族になって、あいつなりに必死に順応しようとしていたんだろう。それに気づいてからは逆になんて人間が出来た奴なんだろうと瑞希に対する評価を改めたよ。子供だったのは俺の方だ」

 自嘲気味に大翔は言って窓の外へと視線を移す。

 一応、今は二人共和解できているらしい事はわかったので、それについては私もほっとした。


「だが、そんな瑞希が、わざわざ自分の不利益を積極的に被ってまで、機嫌を取ろうと執着した女子がいた」

 視線を窓の外に向けたまま話すけれど、私は固まる。

「もしかして、大翔は私に会う前から私を知っていたとか、言わないよね?」


「最初は、あの瑞希がわざわざ合格していた大学を蹴ってまで追いかけるなんて一体どんな人間だろうと思って、瑞希と同じ大学に行った高校の同級生に探りを入れてもらったんだ」

 大翔は私に視線を戻すと、にこやかに答える。


 どうやら本当にそういう事らしい。

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