#42 解決しませんでした

 私と大翔の出会いは、友達に誘われた合コンだった。

「つまり、あの合コンは、しくまれていた……?」

 出会いから約十年経って明かされた、衝撃の事実である。


「勘違いしないで欲しいのは、俺が用意したのは合コンまでだ。瑞希があんなに入れ込んでいる相手はどんな子なんだろうと、少し顔を見て話してみたかったんだ」


 当時、瑞希と距離を置き始めたばかりだった私は、まともな女子らしい、普通の恋愛というものをしたいと思い、よく合コンに参加していた。


 そして、単純に見た目が良くて話してみたら紳士的で常識的な考えを持ってしっかりしているように見えた大翔に私は狙いを定め、連絡先を交換した後、熱心にアタックを仕掛けたのだ。


「正直、あの瑞希が入れあげていた女の子に迫られるというのも悪い気はしなかったが、一緒に出かけて話したりするうちに、幸のちぐはぐで危なっかしい所が放っておけなくて、守ってあげたいと、本当にそう思うようになったんだ」

 なので、実際に好きになった事には変わりないと大翔は言う。


 けれど、大翔の中では出会った当初、私は私単体としてではなく、瑞希のお気に入りというプレミアが付加されていた状態で見られていた訳で、それが後に熱心に追い掛け回す程に私に惚れ込んだ要因の一つになったようにも思えた。

 他人が絶賛するものは、単体だとそう思わなくても、なんだか素晴らしいもののように思えてくる心理だ。


「そっか、でも、そうだとしたら納得できるかも。大翔みたいな人が、私みたいな人間をこんなにも好きになってくれるなんて、なんかおかしいって思ってたもん」


 自分で言いながら、胸が痛くなる。

 なんでもないように言って乗り切ろうと思ったけど、やっぱりショックが大きかったようだ。


「何を言ってるんだ? 俺が今までで一番好きになれた相手が幸だという事に変わりは無いし、入り口はどうあれ、俺が幸を欲しいと思った気持ちに嘘は無い」

 ムッとしたように大翔は言う。


「うん、大翔はそうなんだろうけどね」

 大翔本人はそう認識していても、実際は好きになる過程で無意識に私への評価に下駄を履かせていた可能性は否定できない。

 まあ、惚れさせた者勝ち、恋は盲目と言われれば、そこで終わってしまう話なのかもしれないけれど。


「話を戻すが、結局幸は、瑞希が自分を際限なく甘やかしてきてそのままだとダメになりそうだから瑞希と離れて、俺と付き合うようになった、という事でいいのか?」

「まあ、そういう事になるのかな……」

 確認するように聞いてくる大翔に、私は頷く。


「しかし、陽向との結婚話が現実化してきた今になって、急に瑞希の方に気持ちが傾いている、と」

「えっとそれは…………はい」

 きっと、ここで否定しても大翔は納得しないだろうし、実際これを否定すると嘘になってしまう。


「結婚前にはよくある事らしい。自分のありえたかもしれない可能性について、悩んでいる場合は特に」

「うん、友達にも言われた」

 大翔は、私を非難するでもなくしょうがない、よくある事、とどこか擁護するように言う。


「肉体関係を持たなくなった後もずっと瑞希とは友人関係を続けていたという事は、瑞希との繋がりを断ち切りがたいとは思っていたんだろう?」

「……はい」


「ああ、すまない、別にその事について何か言うつもりは無いんだ。きっとお互いに思うところがあったんだろう」

「う、うん……」


「ただ、幸が瑞希と正式には付き合わなかった理由を考えると、その部分は解決されているのかと、少し心配になったんだ」

「……全く解決されてないです」


「全くか」

「うん、全く……」


 むしろ、何がいけないのかと言わんばかりだった。

 きっと、瑞希が望んでいる最終的な私との関係は、共依存的なものなのだと思う。


「最終的に決めるのは幸だから、俺は強く言えないが、だとすると瑞希とくっついても、当初幸が懸念した問題が現実化するだけじゃないのか?」

「……それを言われるとぐうの音も出ない」


 そう、わかってはいる。

 わかってはいるのだ。


「瑞希にその事は話したのか?」

「うん……」

「改善の余地は?」

「無さそう……」


 多分、瑞希とくっつく事になったら、きっとなし崩し的に私と瑞希は、瑞希の望むような関係にずるずると落ちていってしまいそうだ。


「そうか。そこで一つ提案がある」

「提案?」


「幸、俺は重度の依存関係より、互いに支え合えるような夫婦関係の方が健全だし、望ましいと思っている。もし子供が出来た場合においても後者の方がその子にとっても良いだろう」

「それは……私もそう思う」


 大翔の言葉に、私は頷く。

 きっと、それこそがまっとうな人間、まっとうな夫婦、まっとうな親のあるべき姿である。


「精神面においても、経済面においても、俺達なら互いに支え合い、助け合える関係を築けると、俺は思う。俺は、君とそういう家庭を作りたい」

 大翔は、まっすぐに私の目を見つめて言う。


「えっ……」

 油断していた所でのプロポーズに、私はまたしても固まる。


「結局、俺が言いたかったのはこれなんだ」

 大翔は、はにかむように笑った。


「じゃあ、今日はこれで失礼するよ」

 そう言うなり、大翔は立ち上がると伝票を持ってレジへと歩いていってしまった。


「今のは、ずるくないかなあ……」

 結局、私の悩みは解決するどころか、数を増やしただけだった。

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