#12 幼なじみが泊まりにきました

「ねー、今日の晩ごはん何が食べたい?」

「ああ、それならもう頼んであるんだ。そろそろ来ると思う。幸も好きだったよな、牡蠣」

「うん、店屋物?」


 秋も深まってきたとある火曜日の夕方、私が仕事から帰って休みの陽向と家で一緒にだらだらしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。


「俺が出る」

 陽向はそう言って玄関へと向かっていく。

 店屋物を陽向が頼むなんて珍しいな、と思いながらリビングで待っていると、なぜか陽向と一緒に瑞希までやってきた。


「やあ、牡蠣鍋の材料持って来たよ」

 仕事帰りらしい瑞希の手には鍋の材料らしき物が入ったスーパーの袋がある。


「……へ?」

「ありがとな、わざわざ材料まで買ってきてもらって」

「いいよ、ちょうど駅からここに来る途中にあるし」

 突然の出来事にポカンとする私を他所に、陽向と瑞希は和気藹々わきあいあいと話を進める。


「もう頼んだって、晩ごはん用の買い物?」

「うん、急に牡蠣鍋を食べたくなったんだけど、一人じゃ味気ないし。ラインで連絡してみたら、陽向がじゃあ一緒に食べようって」

 私が尋ねれば、瑞希はあっさりと白状する。


「陽向、そういう事は先に言ってよ」

「悪い、言ったつもりで言ってなかった」

 ムッとして陽向を見れば、バツが悪そうに彼は目を逸らす。


「まあまあ、急な思いつきだったからね、デザートも買ってきたし許してよ」

「……もうっ、しょうがないなあ」

 そう言いながら瑞希はスーパーの袋からハーゲンダッツのカップアイスを取り出して私に手渡す。

 ため息をつきながら私はアイスを受け取る。


 瑞希や大翔が頻繁に遊びに来るせいで、その手の連絡も、最近ではあってないようなものではあるけれど。


 三人で晩ごはんを食べ終わってしばらくくつろいだ後、私が洗い物をしようと立ち上がると、瑞希が私の後についてきた。

「手伝うよ」

「そう? ありがとう」


 陽向がお風呂を洗いに行っている間に、二人で並んで食器を洗う。

「そろそろ新しい生活にも慣れてきた?」

 瑞希が泡をつけたお皿を渡しながら尋ねてくる。


「うん。それで今度、お互いの両親に挨拶に行こうって話してるの」

 お皿を受け取って洗い流しながら私が答える。

 こうして言葉に出してみると、結婚への準備が着々と進んでいるのを実感する。


「そっか。楽しみだな」

「……ねえ、瑞希は私が親戚になって嬉しい?」

 あんまりにも当たり前のように瑞希が言うので、私はふと気になって瑞希に尋ねてみた。


 瑞希は私が陽向と大翔を天秤にかけてどうしたものかと言っていた事も知っている。

 彼の兄弟に対してこんな不誠実な態度をとっていた私に対して思うところは無いのだろうか。


「うん、もちろん」

「そっか……陽向は私が幸せにするからね」

 けれど、あんまりにも平然と瑞希が答えてくれたから、私はなんだか妙に安心した。

 このまま幸せになってもいいのだと許された気がした。


「俺の方が幸を幸せにするけどな」

「ひあっ! 陽向!?」

 突然すぐ耳元で陽向の声がしたものだから、驚いて持っていたお皿を落としそうになったのを、なんとかこらえる。


 振り向けばな不服そうな顔の陽向がいる。

「あっはっは、二人共、心配いらないくらい仲良しだね」

 瑞希は朗らかに私と陽向を見て笑っていた。


 私達がこの部屋に引っ越してからというもの、週に一回は大翔と瑞希のどちらかまたは両方が遊びに来るようになっていた。

 けれど、二人共陽向と事前に打ち合わせをしているのか、陽向が休みの平日にしか遊びに来る事はない。

 そして、だいたい一緒に夕食を食べて、少ししたら帰っていく。


 段々とそんな事が普通になっていった十一月のある平日の深夜。

 もう日付も変わっていて、私も陽向も明日は仕事という事もあり、もう寝ようとしていたところに呼び鈴がなった。


 どうやら近所で飲んでいて終電を逃したらしい瑞希が今夜泊めてくれないかと尋ねてきた。

「ゴメン、床でいいから寝かせてくれないかな?」

 と、恐縮したように瑞希が言う。


 その頃には瑞希も大翔も私達の家に来るのは普通の事になっていて特に抵抗も無く私達は瑞希を家に迎え入れた。

 客用の布団は無かったけれど、リビングにこたつはあったので、机部分を取り外してクッションを添えて代用する事にした。


 こたつのマットの下にはカーペットも敷いてあるし、エアコンもつけておくので、多少寝心地は悪いかもしれないけれど、風邪はひかないだろう。


「ありがとう、明日も仕事だから助かったよ~」

 瑞希には随分と感謝された。


「それにしても、瑞希ったら平日のこんな時間まで飲んでるって接待かなにかかな」

「いや、女じゃないか?」

  寝室に戻って寝支度をしながら私が言えば、陽向がベッドに寝転びながら言う。


「あー……そういえば瑞希、前に好きな子いるみたいな事言ってたし、その子かな」

 言いながら私は陽向の横にダイブする。

 引越しに合わせて新しく買ったダブルベッドは広々としていて、前に使っていたセミダブルのベッドよりもくつろげて気持ちいい。


「……あったな、そんな話。聞いてるとメンヘラな気配しかしないけどな」

「うーん、色々気になるけど、聞いたら聞いたでとんでもない話が出てきそうで怖い……」

「まあな」

 フカフカのベッドに潜りながら、私は瑞希の好きな人とやらに思いをはせてみる。


「でも、瑞希は昔から辛い事があっても黙ってニコニコして溜め込むような所もあるし心配だな」

「……」


「それに、こんな時間まで一緒にいたなら、何で……ふゃっ」

 不意に、隣にいる陽向が私の両頬を右手で掴んできて、思わず間抜けな声が出てしまった。

「まあ、瑞希はあれでかなりしっかりしてるし、上手くやるだろ」

 不機嫌そうに言いながら、陽向は私の身体の上に乗ってくる。


「ちょっと、明日はお互い仕事だから今日はしないんじゃなかったの?」

「気が変わった」

 拗ねたような顔で陽向は私を見下ろすけれど、既に今は夜中の二時をまわっている。


「待って、明日は早出なんでしょっ……ぁっ……」

 さすがにもう寝ようと私が言おうとした瞬間、首筋から耳の後ろまでなぞるようになめられて、変な声が出る。


「静かにしないと瑞希に聞こえるぞ」

 耳元でそう囁きながら、陽向は寝巻きの上から私の身体を撫で始める。


「……陽向、もしかして妬いてる?」

 私が尋ねると、陽向の手が止まった。

「…………妬いてない」

 バツが悪そうな顔をして、私の胸に顔を埋めながらそう言われても、それは肯定としか取れないのだけれど。


「もー……しょうがないなぁー……」

 大きなため息をつきながら、私は陽向の頭を撫でてやる。

 きっと陽向は私が寝室で二人きりなのに瑞希瑞希言っていたのが気に入らなかったんだろう。


「私の一番は陽向だよ」

 言いながら、私に覆いかぶさる形になっている陽向をギュッと抱きしめてやる。

 きっと私の気持ちが伝われば、大丈夫だろう。


「…………」

「あれ……?」

 おかしい、さっきから陽向が動かない。


「陽向?」

 不思議に思って、両手で陽向の頭を掴んで顔を上げさせる。

 すると、嬉しそうな陽向のうっとりした目と目が合う。


 あ、ヤバイ。


 直感的に私は思った。

 そのまま私は陽向に情熱的なキスをされながら、ああ、これは寝不足確定だなあ、とどこか他人事のように思った。

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