#13 幼なじみが忘れ物をしました

 ピピピピピピピピピピピピピピピ……


 スマホのアラームの音に顔をしかめながら、私は手探りでそれをみつけてアラームを止める。

 結局あの後、陽向は寝ると起きられる気がしないという理由で朝の五時頃まで起きていた。

 ……その間何をやっていたかは、まあ、察してほしい。


 陽向は今日早出なので、身支度だけ済ませると、早々に家を出て行った。

 私は眠気が限界だったのでギリギリまで寝ることにしたのだけれど、まぶたと身体の重さが尋常じゃない。


 えー、これからあと一時間とちょっとしたら会社に行って仕事しなきゃいけないの?


 家から会社まで一時間もしない距離の場所に部屋を借りられたのは良かったけれど、前よりも遅めに家を出る事に馴れてしまうと、もう前のような生活には戻れなくなるのだ。

 あと、眠い。

 というか、今日の私の寝不足は大体陽向のせいである。


 働かない頭でそんな事をうだうだ考えている間も、私の手の中のスマホの時計は刻一刻と進むけれど、全くベッドから起き上がる気になれない。


 スマホの画面には七時十八分と表示されている。

 多少急ぐにしても、シャワーに十分、顔を作るのに十五分、着替えて髪を整えるのに十五分は欲しい。

 遅くても八時十分までには家を出たい。

 食事にあてられそうな時間はせいぜい十分、カップラーメンなどのインスタント食品はこの前食べきってしまった。


「あー……全ての事がめんどくさい……」

 もう朝食は十秒でチャージできるゼリー飲料でも買って通勤中に済ませてしまおうか……でも、せめてシャワーは浴びたいからあんまりいつまでもゴロゴロしてるのは……。


 なんて考えていたら、寝室のドアがノックされた。

「さっちゃん、朝ごはんの準備できたけど、そろそろ起きなくて大丈夫?」

 そして間髪あけずにドアが開いて、ひょっこり顔を出した瑞希が聞いてくる。


「返事も聞く前に平然と開けるんだ……いいけど」

 言いながら私も身体を起こす。

 私は今裸だけれど、瑞希相手に今更隠す事もないだろう。


「……シャワー浴びるなら、そろそろ起きた方がいいんじゃない?」

「うん、今起きる……」

 流石に全裸で歩きまわるのははばかられたので、ベッドの端に追いやられていた寝巻きのワンピースをたぐり寄せて着る。


「あれ、朝ごはん作ってくれたの?」

「うん、どうせ作る気力も無いだろうと思って」


 爽やかな笑顔でさらっと言う瑞希に、やっぱりバレてたか……という居たたまれない気持ちにもなるけれど、どっちにしろこの状況を見られたら同じかもしれない。


「ありがとう、それなら先にごはん食べようかな」

 ここで照れたら負けのような気がして、私はにっこり笑ってリビングへと向かう。


 リビングに着けば、こたつが既に元通りにされていて、ハムエッグとトーストとインスタントのスープが並んでいた。

「僕はまだ余裕あるけど、幸は早く食べないと大変なんじゃない?」

「わかってるよ」

 お母さんか! なんて内心つっこみながら、私は朝食に手を付ける。


「陽向は今朝、随分早い時間に出かけてたけど、いつもこんなに早いの?」

「ううん、今日は早出。早めの時間帯に引越しの仕事が入ると、その分早めに現場に行かなきゃいけないから」

 引越し業の朝は早いのだ。


「へえ、大変だね」

「まあ、普段も朝は早いから、朝から仕事がある日は基本一緒には食べないよ。休みの日と遅出の時は一緒に食べるけど」

 陽向と同棲しはじめてよかった事は、平日陽向が休みの日は、家に帰ったら陽向が「おかえり」と迎えてくれる事だ。


「ふーん、帰りは遅いの?」

「季節やその時々によってまちまちだけど、最近は繁忙期じゃないから八時とかもっと早く帰ってくる事もあるよ。本当に遅い日は日を跨ぐ事もあるけど」


「帰りも結構遅いんだね」

「その分、早出とか、残業とかで手当てはつくし、暇な時期は結構休みも取れるみたい」


 以前は休みが合わないとなかなか会えなかったり、平日の仕事終りに私が陽向の家にあがり込んで会うという事が多かった。

 夜中にふと目が覚めたとき、当たり前に隣に陽向がいるという事にも、密かに幸せを感じている。


「へえ、早く出た分早上がりとかはないの?」

「その時の仕事の量にもよるらしいけど、早出くらいなら帰りは普通の日が多いかなあ、繁忙期はほぼ働きっぱなしだけど」

 歩合制なので、その分稼ぎは増える。


「そうなんだ、じゃあ夕食も毎日一緒に食べられる訳じゃないんだね」

「まあ、大体遅くなりそうな日は連絡来るし、仕事だからしょうがないよ」

「さっちゃんもすっかり聞き分けが良くなったねえ」

 感慨深そうに瑞希は頷く。


「なんか今、すごい馬鹿にされてる気がする」

「そんな事ないよ、さっちゃんの成長に感動してたんだよ」

 ムッとして私が言えば、からかうように瑞希が言う。


「つまり、この程度で感動される程、私の評価が低かったと……」

「そういう捻くれた所は相変わらずだよねえ」

 言いながら瑞希は食べ終わった食器を流しに運ぶ。

 瑞希にだけは言われたくない。


「ひぁっ……!」

 ため息をつきつつ、私も最後のスープを飲み終えた時、不意に耳元に生暖かい息がかかって、思わず変な声を出してしまった。


「もうっ! 何するの!?」

「さっちゃんって相変わらず耳が弱いのかなあ、と思って……確認? 食器は洗っとくから置いといてていいよ」

 振り向いて抗議の声をあげれば、涼しい顔した瑞希が笑顔で答えてくる。


「じゃあよろしく! 私シャワー浴びてくる!」

 食器を洗ってくれるのは助かるけど、態度が気に入らなかったので、私はさっさと立ち上がって風呂場へと向かう。

 私がシャワーを浴び終わる頃には瑞希は既に出かけていた。


 その日の昼、瑞希からラインでメッセージが届いた。


『さっちゃんの家に僕の家の鍵忘れちゃったみたい』

 このままだと家に入れないので仕事が終ったら私達の家によりたいらしい。

 瑞希も狡猾なようでけっこうぬけている所があるな~なんておもいつつ、私は了承した。

 今日は寄り道せずにまっすぐ家に帰らなくては。

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