#14 幼なじみに告白されました

 瑞希の忘れたという家の鍵はすぐに見つかった。

 リビングのこたつの上に三つ折りのキーケースがあったのですぐにわかった。


「ほら、これでしょ?」

 私が家に戻ってしばらく経った頃に訪ねてきた瑞希に渡せば、瑞希はそれだと頷く。

「ありがとう……今日って陽向の帰り遅いんだっけ?」


「特に連絡は来てないけど、八時くらいまでには帰ってくるんじゃないかな。もしかして陽向に何か用?」

「ううん、さっちゃんに恋愛相談とかしたいなーと思って。同世代の女の子の意見が聞きたい」

 私が尋ねれば、意外な答えが返ってきた。


「え、なになに、そういう事? 私も瑞希にはいつも話聞いてもらってるし、それくらいならいくらでも相談してよ。さ、あがってあがって」

 瑞希が自分の事を相談してくるなんて滅多にないので、私は少しウキウキしながら家の中へ瑞希を招き入れる。


「恋愛相談って、この前言ってた目が離せない女の子?」

「うん、その子の事だよ」

 こたつの電源を入れて、とりあえず温かいお茶を入れながら聞いてみれば、瑞希はそうだと答える。


「告白とかはもうしたの?」

「してるんだけど、僕、その子から異性として見られてないかもしれないんだよね」

「断られたって事?」

 こたつに入りながら答える瑞希にお茶を出しながら私は続けて尋ねる。


「というか、まず冗談にしか取られてないみたいなんだ」

「原因は日頃の行いじゃない?」

「僕はその子の周辺では遊んでないよ」


 ムッとしたように瑞希が答える。

 その子の周辺じゃなければOKなのか? という疑問は生まれるけれど、そこにつっこみだすときりが無いので黙っておこう。


「なら、多分瑞希から出る不真面目なオーラに気づいてるんじゃない?」

「僕はいつでも大真面目なのに」

「はいはい……」

「どうやったら相手に本気だと思ってもらえるかな」

 こたつの机の上に頭を乗せながら瑞希が言う。


「誠意の見せ方が大事だとは思うけど……その子って会社の同僚?」

「ううん、大学の同期」

「えっ、じゃあもしかして私も知ってる!?」

 瑞希の答えに、にわかに私のテンションが上がる。


「うん、知ってるはずだよ」

「それ、誰だか聞いてもいい? その方が具体的なアドバイスも出来ると思うし」

「僕の目の前にいるよ」

 顔を上げて、瑞希はまっすぐ私を見る。


「…………………………私?」

「さっちゃん以外に誰がいるのさ」

 そんなまさかと思いつつ、私が聞き返せば、瑞希が不服そうに頷く。


「……本気で言ってる?」

「本気じゃなきゃ言わないよこんな事」

 真剣な瑞希の顔に、やっと私は彼が本気で言っている事を理解した。


「…………ゴメン、瑞希の事は好きだけど、私はやっぱり陽向と……」

「うん、だから僕は間男でいいよ」

 ここは誠意をもってちゃんと断ろうとした私の言葉を、瑞希は笑顔で遮る。


「いや、流石にそれは」

「大翔とどっちがいいか迷ってた位だし、別に陽向じゃなくてもいいんでしょ? なら僕でもいいじゃないか」

 瑞希はニコニコと人のいい笑みを浮かべながら私に言う。


「でも……」

「それとも、今すぐにでも陽向に婚約破棄させて、駆け落ちでもする?」

 一瞬、そう話す瑞希の瞳がギロリと鋭くなる。

 そうだ、瑞希は今、そうさせるだけの情報を持っている。


「……どうして」

「どうしてって、幸にはここまで言わないと伝わらないんだもん。大丈夫、できるだけ円満に別れられるように頑張るから。そうしたら僕がずっと幸と一緒にいてあげる」

 思わず私がこたつから座ったまま後ずされば、瑞希はゆっくりと立ち上がって私の側までやってきた。


「わ、私はっ……!」

「僕はね、ずっとさっちゃんの事が好きだったよ」

 私の前にしゃがみこんで、優しく顔を包みながら言い聞かせるように言ってくる瑞希に、私は動けなくなる。


 多分、今ならまだこの手を振りほどく事ができる。

 目の前の瑞希を突き飛ばして、こたつの上のスマホを持って飛び出せば、逃げる事はできる。

 だけど、なぜだかそうしようという気にはなれなった。


「ねえさっちゃん、今なら逃げてもいいよ?」

 少し動いたら今にも触れそうな距離で私の顔を覗き込みながら瑞希が言う。


「…………」

 逃げる事は、できなかった。

 だって、目の前の瑞希の目が、今にも泣きそうだったから。


「瑞希、私ね……」

 私の頬に触れている瑞希の手に触れた瞬間、玄関からガチャリと音がした。


「ただいまーっと」

 上機嫌な陽向の声がして、思わず私は玄関へと向かう。


「おかえり、今日は早かったんだね」

「ああ、もう少しかかるかと思ってたけど、別の班の人が応援に来てくれて……」

 楽しそうに話す陽向の視線は、私から後ろに向かい、そして陽向の言葉は途切れた。


「おかえり陽向。それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ」

「瑞希……?」

「今朝うっかり家の鍵を忘れちゃってね、このままじゃ家に入れないから取りに来たんだ」

 驚いた様子の陽向に、瑞希はなんでもないように答える。


「それじゃあ幸も陽向もまたね」

 そう言って瑞希は帰って行った。


「……なんか話してたのか?」

 こたつの上に乗った湯のみを見て陽向が言う。

「うん、瑞希から相談受けてて……」

「ふーん……」

 さっきの事もあったせいで、妙に沈黙が重く感じる。


「幸……」

「な、なに?」

「腹減った」

「そっか、じゃあ今からごはん作ろっか!」


 良かった、別に何か感づかれた訳ではないらしい。

 その日、私は後ろめたさも手伝って、妙に手の込んだ料理を沢山作ってしまったけれど、陽向は喜んでいたので良しとしよう。

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