#15 元彼にナンパされました
「ああそうだ、来週の日曜日、大丈夫だってよ」
晩ごはんを食べ終わった頃、陽向が思い出したように言った。
「へ?」
「予定が合いそうなら俺の両親を紹介するって話したろ」
「ああ、そうだったね」
私がすぐには何のことかわからず首を傾げると、陽向にため息混じりに説明されて、私はやっと思い出す。
「そっちは?」
「うん、この前電話して聞いてみたんだけど、今週末の土日か来月の初めの土日だったら大丈夫だって」
怪訝そうな顔をする陽向に「大丈夫、ちゃんと話は通してるよ」と弁明しながら伝える。
「そっか、じゃあ来月初めの土曜か日曜で調整するか」
「そうだね」
陽向の言葉に頷きながら、私はどこかでそれを他人事のように思った。
「じゃあ僕は間男でいいや」
「今すぐにでも陽向に婚約破棄させて、駆け落ちでもする?」
「大丈夫、できるだけ円満に別れられるように頑張るから。そうしたら僕がずっと幸と一緒にいてあげる」
「僕はね、ずっとさっちゃんの事が好きだったよ」
先程の瑞希の言葉が頭から離れないのだ。
なんで、今更そんな事を言ってくるのだろう……。
なんで、あの時私は瑞希の手を振り払えなかったのだろう。
「幸……?」
さっきからずっと上の空の私を、陽向がどうしたのかと見る。
「なんか、ごはん食べだしたら眠くなってきて……」
「あー……、今日は俺もさすがに疲れたし、早めに寝るか」
私が答えれば、陽向は決まり悪そうに提案してきた。
一応、今朝の事は悪いと思っているらしい。
「うん、なんかもうごはん食べ終わったら化粧落として歯を磨いて寝たい」
「……わかった、洗い物は俺がやっとく」
「ありがとう陽向」
肉体労働なんだから自分だってかなり疲れているだろうに。
……まあ、それも陽向の自業自得というか、私はそれに巻き込まれたような感じだけれど。
でも、のこういう時の陽向は、叱られた犬がしょんぼりしているみたいで可愛い。
後片付けを陽向に任せて早々に寝支度を済ませた私は、一人では広いベッドに横たわりながら、瑞希が帰ってからずっと高鳴りっぱなしの鼓動の正体について考える。
なんで、私はさっきから瑞希の事ばかり考えてこんなにドキドキしているのだろう。
これじゃまるで……。
そこまで考えて、私は考えるのを止めた。
けれど、この胸を締め付けるような甘い鼓動は治まってはくれなかった。
違う。
こんなんじゃダメだ。
だって私は陽向と結婚するんだから!
そんなのは真っ当じゃない。
……そう、真っ当じゃない!。
私はちゃんとした大人になって、まともな人生を送らなければならない。
なのに、どうして瑞希のあの泣きそうな顔が離れないんだろう。
うだうだとそんな事をしばらく考えていると、風呂上りらしい陽向が寝室にやって来た。
どうやら夕食の後片付けの後、お風呂にも入ってきたようで、後はもう寝るだけだという。
時計を見れば夕食から一時間近く経っていて、もうこんなに時間が過ぎていたのかと我ながらびっくりした。
「ね、陽向、お疲れ様♡」
私は電気を消してベッドの隣に入ってきた陽向に横から抱きつくようにして耳元にキスをする。
そしてそのまま陽向の上にのしかかって額や頬、首筋にキスを落とす。
「おい、今日は早めに寝るんじゃなかったのか」
「んー、なんか陽向に甘えたくなっちゃって。陽向は寝てていいよ」
なんて言いつつ、陽向の胸板をゆっくりとなぞるように撫でる。
「この状態で寝ろって?」
「うん、寝てていいよ」
私の腰に腕を回す陽向に、笑顔で答える。
「眠れる訳が無いだろ」
言いながら陽向はぐるりと私の身体を転がしてその上に覆いかぶさる。
「えー、寝てていいのに」
両手で陽向の顔を包んで、鼻先が触れ合う程の距離に引き寄せながら言えば、陽向は噛み付くようにキスをしてきた。
明日も二人共仕事だっていうのに救えない。
だけど、こうしている時は何も考えなくていいから好きだ。
結局、私は一回戦で力尽きて泥のように眠った。
布団に入ったのが九時前だったからか、翌朝、陽向はいつも通り元気に出勤していった。
私は身体が重くて仕方ない。
今日は木曜日で、今日も明日も仕事なのだと考えると、それだけでげんなりする。
朝、ベッドから出ていそいそと身支度を整える陽向に眠くないのかと尋ねたら、
「八時間も寝たんだから余裕だろ。繁忙期に比べたらこの程度は疲れたうちに入らない」
と、平然と返してきた。
小中高と野球に打ち込んで、大学に入ってから引越しのバイトを始め、最終的にそこに就職した陽向は、なんというか、いつも体力が有り余っているような気がする。
何より疲れても回復が早い。
さすが、幼少期から今まで身体を酷使する事が日常だった人間は違う。
それとも、これが若さというものなのだろうか。
一方、私は出勤が遅い分陽向より長く寝ているはずなのに、全身が鉛のようだ。
「幸? どうした顔色が悪いぞ」
グロッキー状態で駅のホームで電車を待っていると、大翔が心配そうな顔で話しかけてきた。
最寄り駅が同じだからか最近、大翔とは通勤時間によく駅周辺で会う。
「ああ大翔、おはよう」
「陽向と何かあったのか?」
「うんまあ、大した事じゃないよ」
とりあえず私は笑ってごまかす。
陽向と連日励みすぎて身体がだるいなんて、とても言えない。
「そうか……今日、陽向は遅いのか?」
「ああ、そういえば今日は日をまたぐかもとか言ってた」
繁忙期じゃなくても、すぐ隣の県までの引越しや遅い時間帯の一軒屋の引っ越しになると、作業は夜遅くまでかかる事もある。
そして作業が終わっても、もろもろの事後処理で家に帰る頃には日付が変わっているなんて日もあるのだ。
「なら今夜、一緒に食事でもどうだ? 何か悩んでいるなら、話してみるだけでも楽になるかもしれない」
「私、悩んでるように見える?」
「ああ、何も考えたくなさそうな顔をしている」
大翔の言葉に、私はギクリとした。
そう、結局私は目の前の出来事から目を逸らしてやり過ごそうとしている。
昨日の瑞希の言葉を、無かった事にしようとしている。
「……そうかもしれない」
「ただ人に話すだけでも自然と考えが整理できるものさ」
優しく言い聞かせるように大翔が言う。
「……だけど」
「幸、俺は何があっても君の味方でいたいと思ってる」
そう話す大翔の声には、なんとも
「……食事だけなら」
私は何を言っているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます