#16 元彼に告白しました

「何であんな事言っちゃったんだろう……」

 大翔と別れて会社に向かう道すがら、思わず私は呟いた。


 いやいや、言える訳ないじゃん。

 大翔は話すだけでも楽になるとか言ってたけど、人に簡単に話せないことだから悩んでるんですよ。


 最近まで復縁を迫ってきて、プロポーズまでしてくれた元彼に、あなたの一番下の弟さんと婚約してるのにまん中の弟さんに迫られて動揺してますとか、言える訳が無い。


 大体、大翔は私を丁重に扱い過ぎる節がある。

 その事自体に悪い気はしないけれど、それが過ぎると彼が見ているのは私ではないと思わされてしまって、どうも居心地が悪いのだ。


 そこまで考えて、私はふと思った。

 私は陽向と結婚して、これからは大翔とも親戚になるのだし、ここは下手に表面を取り繕うよりも、一度大翔には素の自分で接してみてはどうだろう?


 たぶん幻滅されるだろうけれど、そうしたら大翔も私に対して今更どうにかなろうなんて絶対に考えないだろう。

 そうして、時間はかかるかもしれないけれど、気の置けない友人のような関係になれたらいいと思う。


 私が大翔の事でこんなにもモヤモヤするのは、きっとまだどこかで彼に素敵な女性であると思われたい気持ちがあるからだ。

 そして、多分、まだ大翔の事が少し好きだからだ。


 だけど、これからの事を考えるなら、ちゃんと断らなければいけない。

 瑞希の事だってそうだ。


 相手にどう思われるとか、自分が断ったら相手が傷つくんじゃないかとか、結局は自分が嫌な思いをしたくないいい訳に相手を使っているだけなのかもしれない。

 そう考えると、自然と頭がすっきりとしてきて、自分が今やるべき事もはっきりとしてきた。


 とりあえず、今日は大翔に幻滅してもらう事にしよう。


 その日の夕方、私と大翔は家の最寄り駅近所の喫茶店で待ち合わせて、チェーンの居酒屋へと向かった。

 店を指定したのは私で、うっかり大翔と変な雰囲気にならないようにとあえて騒がしそうな店を選んだ。

 賑わった店内でカウンター席に通される。


「なんか今日はごめんね」

「なんで謝るんだ? 俺が幸と食事をしたいと思ったんだ」

 席に座って私が話しかければ、鷹揚に笑いかけてくる。


「あのね、私今日は大翔に話さなきゃいけない事があるの……」

 適当に注文を済ませて、私は大翔に向き直る。

「話さなきゃいけない事?」

「私が大翔と別れた本当の理由」


「私ね、本当はものすごくガサツだし、ズボラだし、全然大翔が思うような人間じゃないの。ただちゃんとしてるように演じてただけなの」

「それは……誰でも少なからずそうなんじゃないか?」

 きょとんとした顔で大翔は首を傾げる。


「……そうかもしれない。だけど、私はあの頃、自分の表面を繕うのに必死だった。マナー本とか品良く聞こえる言葉とかの本を読み漁ったり、雑誌の特集とかでどうやったらちゃんとした人間に見られるのか常に研究してた」

 そして度々失敗した。


「努力というんじゃないのか、そういうのは。別に恥じる事はないし、むしろ立派な事じゃないか」

「違うの。あの頃の私にはね、自分のなりたいちゃんとした女の子像みたいなのがあって、そんな子にはこんな素敵な彼氏がいて……みたいな設定もあって、大翔はそのイメージにぴったりだったの」


「……つまり、その設定にピッタリだったから俺と付き合い始めた?」

「うん。でも、実際に付き合ってみたら、大翔は私が思った以上に素敵な人だった。だから、そんな大翔に釣り合うようになりたいって、もっと努力した……でも、そしたらある日疲れちゃって、もう嫌だってなっちゃったの」

 大翔の言葉に頷きながら、私は答える。


「本当の事を言うと、幸の行動に首を傾げたくなることもあった。気候に合っていない寒そうな服でデートに来たり、慣れてないヒールの高い靴で歩き回ろうとしたり、明らかに気持ち悪そうなのに甘い物ばかりを頼んだりとか……」

「うん、その節はゴメン……」


 大翔は私が寒そうな格好をしていればカイロを買ってくれたり、ヒールの高い靴で足が痛い時は頻繁に休憩を入れてくれた。


 甘い物が好き=女の子らしくて可愛いなんてものを初めとする、特に根拠の無い自分の価値観によるマイルールに起因する失敗の数々は、今も頭を抱えたくなる黒歴史だ。


 ちなみに、後でTPOに合ってない服装やあからさまなぶりっ子や不思議ちゃんのようにも取れる言動は男受けも良くないと聞いて、愕然としたものである。


「けど、それは全部、幸が俺に可愛いと思われたくてやっている事なんだろうなというのはわかっていたから、俺はうれしかったよ」

「……ありがとう」


 失敗も沢山したけれど、その頃から両親や知り合いには言葉遣いが丁寧になったと褒められるようになったし、食事のマナーや礼儀作法には気をつけるようになった。


 いつも清潔感のある服装を心がけるようにもなり、同世代だけでなく、年上の初対面の人にも丁寧な対応をしてもらえるようになった。

 全部が全部失敗した訳でもない。


「だけど、俺は今の肩の力の抜けた幸の方がとても魅力的だと思う」

「うん、ありがとう」

 大翔の言葉に、私はにっこりと笑って頷く。

 まだ大翔の前だと猫被ってるんだけどなあ、とは思いつつ。


「でも、おかげで長年の謎が解けたよ。幸は当たり障りのない事を言っていたけど、別れ話をしてきたのは何か別に理由があるんだろうなとは思っていたから」

 少し安心したように言う大翔には若干の申し訳なさも感じる。


「そっか……ちなみに、何度か復縁を持ちかけられて断ってたのも、前みたいにガチガチにちゃんと振舞うのが嫌だったからです……」


 思ったよりもあっさり大翔は私の話を受け止めてくれた。

 別に、嫌いになって別れた訳じゃないのだ。

 これからはもっと気楽な付き合いが出来たらと思う。


「なるほど……なら、長年の秘密を打ち明けてくれた今の幸に改めて言おうか。俺と結婚して欲しい」

「……へ?」

 優しく、慈愛に満ちた笑顔で言う大翔に、私は固まった。

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