#17 燃えてきました

「え、あの、私、陽向と婚約してるんだけど……」

「知ってる」

 戸惑う私に大翔は平然と答える。


「来週の日曜日には陽向の両親に挨拶しに行くんだけど」

「確かにそれは早く動かないと後々面倒になりそうだな」

「いや、面倒とかじゃなくて……なんか私がプロポーズ受ける前提で話してない?」

 色々とおかしい。


「でも、俺と別れて復縁したくない理由はさっき解決されただろう?」

「そうじゃなくて……」

 なんでだからもう問題ないよね? みたいな雰囲気を出しているんだ。


「学生の頃に結婚したら家庭に入って欲しいとは言ったが、仕事を続けてくれても構わない。家事も分担して場合によっては外部に委託してもいい」

「私は今、大翔より陽向の方が好きだし結婚したいの!」

「……わかった」


 このままでは大翔のペースにはまって流されてしまうと私が声をあげれば、大翔はあっさりと頷いた。

 良かった。

 わかってくれたのか。

 ちょうど運ばれてきた食事を店員さんに並べてもらいながら私はホッとする。


「それならあと一週間のうちに、幸が陽向より俺の事を好きになるようにすればいいという事だな」

「いやいやいやおかしいでしょ……」

 けど、店員さんが戻って行った後の大翔の発言に私は一周回って脱力してしまった。


「確かに少しスケジュールがきついな」

「きついとかそういう事じゃなく……」

 そうこうしている間にも店員さんがソフトドリンクやサイドメニューを運んできて、テーブルの上に料理が揃う。


「まあ、そういう訳だからまあ、乾杯だな」

「どういう訳なのか何一つとして納得できないよ……?」

 ソフトドリンク片手に輝く笑顔で言う大翔に、何一つ納得できないまま流れで乾杯させられる。

 大翔は華奢で儚い見た目のわりに、こういう時、妙に押しが強いのだ。


「大丈夫、多少ごたついたとしても、雨降って地固まるという言葉もあるだろう?」

「ドロドロの底無し沼になる気配しかしないよ!?」

「なんとかするさ」

 一体何をどうするっていうんだ。


「……あの、大翔はまだ誤解してるみたいだけど、私はそこまでして手に入れる程の価値のある人間じゃないよ」

「俺はそうは思わない」

 食事をしながらさらりと大翔は答える。

 ……これはもう、あの事まで話すしかないのか。


「私、大翔にプロポーズされた後、まだプロポーズしてくれない陽向とどっちがいいかなーとか考えて、それを瑞希に相談してたりした」

 食事の手を止めて大翔に向き合って私は話す。


「別れた原因が解決して無い状態でもちゃんと俺との事を考えてくれてたって事だろう?」

「でも、陽向にプロポーズされたら、やっぱり陽向がいいって思ったの」


「陽向とは幸も気を張らずに付き合えていたんだな。だが、これからは俺にも変に気を使わなくていい」

「……あと、昨日瑞希にずっと好きだったって告白されて、大翔と陽向に同時にプロポーズされたらすぐに陽向と結婚するって即答できたのに、瑞希の事は拒みきれなくて、正直昨日からずっと瑞希の事を考えてる」


 こんな賑やかで明るい店内で、私は一体何を言っているのか。

「…………」

「こんな人間と、本気で結婚したいと思う?」

 流石の大翔も食事の手を止めて真剣に私に向き直る。


「いいじゃないか、燃えてきた」

「……は?」

 そして、ニヤリと笑って言う彼に、私は言葉を失った。

 今の話のどこに燃える要素があったというのか。


「君を、もう一度俺に振り向かせてみせる」

「こ、このタイミングで……?」

 末の弟と婚約してて、更に真ん中の弟にも言い寄られて迷っちゃう♡とかいうトチ狂ったカミングアウトをした、このタイミングで??


「ああ、だって、その方が楽しいだろう?」

「楽しい要素が見当たらないよ!?」

 なぜか不敵に笑う大翔に思わずつっこむ。

 結局、食事を終えたらすぐに店を出ることになったのだけれど、最後まで大翔はこんな調子だった。


「夜中に一人歩きは危険だろう。家まで送るよ」

「いいよ、一人で帰るよ」

 二人で店を出た後、私と大翔は駅前で押し問答をしていた。


「これで一人で帰して幸に何かあったら陽向に顔向けできないだろう。家の前まで送ったら今日は帰るよ」

「……じゃあ、よろしく」

 なんで、こういう時に陽向の名前を出してくるんだ。


「ああ。しかし、駅から近い物件というのも考え物だな」

「なんで?」

「送るにしてもすぐ家についてしまうだろう?」

「…………」

 二人で家に向かって歩きながら、私は思う。


 どうしてこうなった……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る