#18 一緒に出かける事になりました

「それじゃあ、今日は送ってくれてありがとう、ごちそうさま」

「ああ、また来るよ」

「……おやすみ!」


 家のドアを勢い良く閉めて鍵をかければ、大翔の足音が遠ざかっていく。

 なんで家の前までって、家のドアの前までなのかとか、お店でもいつの間にかお会計が済ませられてて奢られてしまったとか、色々あるけれど、一番の問題はそこじゃない。


 なんで来週には婚約者の両親に会いに行くのにその婚約者の兄二人に迫られてるかという事だ。

 この事がバレたら両親の心象最悪どころか、陽向にも浮気を疑われて婚約破棄もありうる。

 ここはなんとしても大翔と瑞希をやり過ごして結婚話を進めなければ。


 ……と思っていたのに。


「肉はもう食べ頃だな。もう取っていいぞ」

「この肉……口の中で溶けたぞ……」

 大翔に言われて鍋の肉をとき卵につけて食べた陽向は、上等な肉の味に感動している。

 改めて大翔にプロポーズされた翌日、私達の家では私と陽向、大翔と瑞希の四人ですき焼きを囲んでいた。


 今朝、朝食を食べながらテレビで冬のグルメ特集を見ていて、

「あ~、すき焼き美味しそう。すき焼き食べたい」

 なんて言ってしまったのがいけなかったのだろう。


 今日休みだった陽向は、夕食にすき焼きを作ってくれようとしたらしい。

 そこで、鍋奉行の大翔にすき焼きを美味しく作るコツを大翔や瑞希と三人のラインで尋ねた。

 大翔は文字で説明するよりは直接見せて説明した方が早いと答え、瑞希は自分も肉を持っていくのですき焼きが食べたいと言い出した。


 結果、瑞希が肉、大翔が肉以外の材料を買ってくる事になり、今に至る。

「やっぱりどうせなら美味しい肉で食べたいよね」

 なんてニコニコしながら瑞希は言うけれど、桐の箱に入った肉なんてどこで買ってくるのだろう。


「そういえば陽向は今日休みなんだっけ?」

「ああ、仕事があるとこんな時間からすき焼きできる日なんてなかなか無いな~」

「そっか、忙しいんだね」

 すき焼きを食べながら陽向と瑞希が話す。


「いや、繁忙期でもないから別に」

「明日も休み?」

「いや、今週の土日は仕事だな。来週の日曜には幸とうちの親に結婚の報告に行くんだ」

 へらりと幸せそうに笑う陽向に、私はいたたまれない気分になる。


「へー、そうなんだ」

 ニコニコと笑いながら言う瑞希に不穏さしか感じない。


「休みが合わないとなかなか不便だな」

「まあ、互いの親への挨拶なんかはそうだけど、一緒に暮らし始めてからは休みが合わなくて会えないなんて事はなくなったな」

 大翔と陽向の何気ない会話も意味深に聞こえてしまって仕方ない。


「幸? さっきからほとんど食べてないけど、具合でも悪いのか?」

「ううん、なんでもないっ」

 不意に陽向が心配そうな顔で見てきて、慌てて私はとき卵に浸かったままだった牛肉を頬張る。

 肉も本当に美味しくて、すごく和気藹々わきあいあいとした空気なのに、全く和めない。


「そういえば陽向、幸の家族とはもう顔合わせは済んだ?」

「いや、来月の初め……再来週の日曜に合う予定だけど」


「ちゃんと何着て行くか決めた? うちの両親の前ならくつろいだ格好でもいいかもしれないけど、幸の両親は結構そういうのきちんとしてる人達だから、初めが肝心だよ」

 高校の頃、既に私の両親とも顔を合わせたことのある瑞希は、注意するように言う。


「そ、そうだよな……どんな服着てったらいいんだ?」

「普通にスーツとかでいいと思うけど……」

 瑞希の話を聞いて、急に陽向は深刻そうな顔になって私に尋ねてくる。


「陽向ってスーツ持ってたっけ?」

「持ってない……というか、スーツなんて就職活動以来着てない……」

 瑞希が尋ねれば、思い出したように陽向は頭を抱える。


 ちなみに、陽向が就職活動時代に来ていたリクルートスーツは保存状態の悪さがたたってカビが生えていたので、去年捨てた。


「うん、まあ今度一緒に買いに行こうよ! 私も今週末にはあいさつ用のちゃんとした服買いに行くし、ついでに下見してくるよ」

「あ、それなら僕も一緒に行こうか? 僕も買い足したい物あるし、男目線の意見もあった方が選びやすいんじゃないかな」

 陽向を元気付けるように私が言えば、横から瑞希が笑顔で自分もついてくるなんて言い出した。


「まあ、瑞希のセンスなら安心か……」

「うん、二人でちゃんと下見してくるからね」

「え」


 しかも、あっさりと陽向も納得してしまった。

 瑞希の事を信用し過ぎじゃないだろうか。

 確かに普段スーツを着る習慣の無い陽向はその辺のセンスに自信がないのかもしれないけれども。


 でも、瑞希と二人きりで出かけるって、色々と危ない気がする……!


「下見といえば今度、接待で使う店の下見をしたいんだが、相手方の重役が女の人で、女性の意見も聞きたいんだ。ジビエ料理の店で……」

「ジビエ!?」


 突然飛び出したジビエの話に、思わず反応してしまった。

 ジビエとは狩猟で取れた野生鳥獣の食肉を意味するフランス語で、野生の鹿や猪、きじや熊などのジビエを使った料理を取り扱う店は最近じわじわと増えて来ていて、私も密かに気になっている。


「ああ、食べ歩きが趣味のようだから、幸さんにも意見を聞ければと思って。よければ今度の……」

「わあっ、ジビエかあ、僕も食べてみたいなあ!」

 大翔が言い終わらないうちに瑞希も食いついてくる。


「なら三人で行くか、明日の土曜日にでも」

「うん、それいいですね! そうしましょ!」


 二つ返事で私は大翔の提案に頷く。

 大翔か瑞希、どちらも二人きりになると危ないけれど、三人でという事なら逆に空気が中和されて安全かもしれない。


「三人とも俺抜きで楽しそうに……」

「今回は仕事で使う関係上できるだけ早く行く必要があるが、今度時間のある時にでも陽向も一緒に行こうじゃないか」

 不満そうに陽向は言っていたけれど、宥めるように大翔が言えば、渋々納得していた。


 こうして私は明日、陽向公認で大翔と瑞希と出かける事になった。

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