#21 ちょっと寂しくなりました

 さっきから大翔と無言で手を繋いで歩いているけれど、これはたから見たら完全にラブラブなカップルじゃなかろうか。

 かといって、ここで変に話しかけても私が大翔に構って欲しいみたいになってしまってしゃくだ。


 どうしよう……なんて考えているうちに、私達は浜松町駅の隣にある、世界貿易センタービルについた。

「ここの展望台はお台場や東京タワーなんかの夜景が一望できるんだ」

 というような大翔の話に耳を傾けながらエレベーターで四十階まで上がる。


 入り口の自販機で私は温かいお茶、大翔はコーヒーを買って、展望台へと向かう。

 人はまばらで、微かに流れるクラッシックがムーディーな雰囲気を演出している。

 窓の外には大翔の言った通りのキラキラした夜景が広がっていて、窓の前にはそれぞれテーブルと席が配置されている。

 その中の一つに私達は腰をおろす。


「私はね、現状で満足してるの。陽向の事は好きだし、今のこの大事な時期に変な事して陽向を失いたくないの」

 温かいお茶を一口飲んで、私は大翔に切り出す。

 こんな綺麗な夜景を前になんて話をしてるんだ、とは我ながら思う。


「幸は、陽向のどんな所に惹かれるんだ?」

「まっすぐで、どんな時も当たり前の人として普通な反応をする所」

「例えば?」


「例えば私が浮気をしたとして、瑞希ならそれを許すだろうし、大翔はまず何があったのかとか、理由を聞こうとすると思うんだけど、陽向はまず当たり前に腹を立てて、それから別れるだなんだって話になると思う。そういう所」

「なんで幸は陽向のそんな部分に惹かれるのか、わからないな」

 心底不思議そうに大翔は言う。


「だろうね」

 きっと大翔にはわからないだろう。


 かなり感覚的な事なので私も言葉にするとなんだかふわっとした感じになってしまうけれど、大翔や瑞希と一緒にいると、多分私はダメになるのだ。


 方向性は違えど、二人共随分と私を甘やかしてくれるから。

 それはとても心地の良い物ではあるけれど、それが続けば私は一人では何もできない人間になってしまう気がする。


「なら例えば、陽向に俺と幸が裏で関係を持ってると吹き込んで、陽向が別れると言い出したらどうするんだ?」

 ニッコリと、とても綺麗な笑みを浮かべて大翔は尋ねてくる。

 やっぱりそれを持ち出すよなあ、と思いながら、私も大翔に合わせてニッコリと笑う。


「だから私は、そうならないように大翔と瑞希をやり過ごして、陽向と結婚して、幸せに暮らしたいの」

「俺が嫌だと言ったら?」

「だって、私が好きな大翔はそんな事しないでしょう?」


「……君は、今なかなか酷い事を言ってる自覚はあるかい?」

 苦虫を噛み潰したような顔で大翔が言う。

 良かった、とりあえず踏みとどまってくれたようだ。

 多分、大翔の事だから本当に言う気はなくて私の反応を見ていただけだと思うけれど。


「うん、私はね、ホントはこういうずるい人間なんだ」

 だからさっさと幻滅してくれないかな、という期待を込めて私は笑う。

「なるほど、これはかなり手強そうだ」

 けれど、当の大翔はどこか嬉しそうに笑った。


「だが、だからこそ欲しくなる。俺はそういう人間なんだ」

「…………」

 ……大翔は思ったより女を見る目が無いらしい。


「そろそろ予約していた時間だ。行こうか、幸」

「……今日行くジビエ料理って、どんなの?」

 腕時計を見ながら言う大翔に、私は大きなため息をついてから尋ねた。

 ここまで来たら、せめて美味しいジビエ料理を食べて帰りたい。


「牡丹鍋なんてどうだ」

「ほう……」


 いのししは秋しか狩猟が解禁されないため、秋と冬、つまり今の季節しか冷蔵の猪肉は食べられない。

 鹿や羊の肉は癖が強いとよく聞くけれど、猪は豚と同じ先祖を持つ事もあってとても美味しいと聞く。

 悪くないチョイスである。




「うんまぁ~」

「それは良かった」

 展望台を下りてから十数分後、私は浜松町駅側すぐ側のジビエ料理店で舌鼓を打っていた。


 猪の肉は豚より多少弾力のあるものの臭みはない。

 ほのかに甘みのある肉が鍋の味噌に良いだしを出している。


「おかわりで他の鹿や馬、鴨なんかの肉も頼めるそうだ」

「え~、悩む~どれにしようっ」

 一旦箸を置いて大翔からメニューを受け取りながら私は言う。


「それにしてもこの鍋ほんと美味しい。しめが今から楽しみ」

「しめはうどんと雑炊どっちにするんだ? 俺はどっちでもいいが」

「雑炊! この極上のだしを余すことなくごはんに吸わせて美味しくいただきたいっ」

 元気良く答えれば、大翔はクスクスと楽しそうに笑っていた。




「あ~美味しかった。それじゃあ今日はごちそうさま。またね」

「どうせ同じ駅で降りるだろう、それにもう暗いし家まで送っていくよ」


 ジビエ料理の店を出た後、元気にお礼を言ってSuicaを持って改札に駆け込もうとしたら、当たり前のように大翔に腕をつかまれて阻止された。

 まあ、二件目という話が出る前に先手を打って早々に解散という方向に持っていけたので良しとしよう。


「今日は楽しかったよ」

「牡丹鍋美味しかったよ」

 駅のホームで電車を待っていると、大翔が微笑みながら言ってきたので、私は軽くいなしながら答える。


「幸は変わったな」

「別れてからかなり経つもん、そりゃ変わるよ」

 私が大学四年生の頃に別れたから、もう七年くらいだろうか。


「俺は、今の幸の方が好きだな」

「おっと、当時の私の努力を全否定してきたね」

 早速口説いてくる大翔に、茶化して返す。


 ちょうど電車がやってきて、私がドア横の席に座れば、大翔は隣の席も空いているにも関わらず、私の前に立つ。

「昔の幸も好きだけど、今の幸の方が素を出してくれていて、嬉しいんだ」

 私の顔を覗き込むようにしながら大翔は言う。


「今日気づいたんだけど、大翔って女の趣味悪いよね」

「それは俺と俺の弟二人に対する嫌味か」

 なんでこういう時だけ弟達の事を持ち出すのか。

 私だって意図して三兄弟をコンプリートした訳じゃない。


「私が男だったら私みたいな女と付き合いたいとすら思わないもん」

「俺は思うし、結婚したいと思うけどな」

 何の恥ずかしげも無く、さらりと大翔は言う。


「電車の中で堂々とそういう事言うのやめてくれない?」

 空いてはいるけれど、結構人がいる状態でなんで大翔は堂々と口説けるのだろう。


「じゃあ下りてから言うとしよう」

 その後、電車を下りて駅から家へ向かう間、本当に私は延々大翔に口説かれながら帰る事になった。




「……おやすみ、今日はごちそうさま」

 自宅について、鍵を開けて陽向がまだ帰っていない事を確認すると、私は素早く家の中に入ってドアで半分ガードしながら大翔に別れの挨拶をする。


「ああ、おやすみ」

 帰り道あんなに情熱的に口説いてきた割に、大翔はあっさりと引き上げて行った。

 ……なんだって言うんだ。


 急に誰もいない家に一人残されて、なんだか妙な寂しさを感じたけれど、決してこれは大翔が名残惜しいとかそういう事ではない。

 きっと急に静かになってちょっと落ち着かないだけだ、私はそう自分に言い聞かせながら真っ暗な家の電気を点けた。

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