#22 気持ちを再確認しました

 家について時間を確認すれば、時刻はまだ八時を過ぎたところだった。

 日によっては陽向ももう帰ってきてる頃だけれど、なんて思いながらラインで今日は晩ごはんはいるかと尋ねたら、今会社を出て帰るところなのでできれば、と帰ってきた。


 幸:じゃあごはん作って待ってるね!


 とだけ返して私は夕食の準備に取りかかる。

 作っている途中で陽向からありがとうというスタンプが送られてきて、少し頬が緩む。


 確かに今日は楽しかった。

 料理も美味しかったし、大翔に全く惹かれないと言えば嘘になる。

 けれど……。


 私は考えをかき消すように一人分の夕食を作る。

 普段はそんな事ないはずなのに、部屋の沈黙が気になってしまって、意味も無くテレビをつける。

 早く陽向が帰ってくればいいのに。

 そんな事を考えていると、不意にラインの呼び出し音が鳴った。


 陽向かと思ってスマホを手に取れば、画面には瑞希の名前が映し出されていた。

「……もしもし」

「やあ、大翔とのデートは楽しかった?」


 通話に出れば、元気な瑞希の声が聞えてくる。

 きっといつもの爽やか過ぎて胡散臭い笑みを浮かべているに違いない。


「……どういうつもり?」

「いや~、どうしても外せない用事が入っちゃって。明日陽向の服の下見と幸の服を買いに行こうよ」

 嘘くさい。

 というか、実際嘘なのだろうし、多分本人もそれを隠す気は無いのだと思う。


「ふーん、私の事好きとか言う割りに、私と大翔がデートしても良かったんだ?」

「その辺は今更というか、最後に僕を選んでくれたらそれでいいかなって」

 まるで雑談でもするかのようにさらっと瑞希は言うけれど、一周回って愛が重い。


「もし私が明日出かけるの断ったらどうなるの?」

「僕は家デートでも構わないよ」


「なんで上がりこむ前提になってるの」

「じゃあ家に上げてくれるまでずっと待ってようかな。陽向に幸が寝坊したらしくてまだ起きてこない、とか相談するのもいいかも」


「瑞希ってほんと性格悪いよね」

「いやあ、さっちゃんには負けるよ」

 自分の事を棚にあげている自覚はあるけれど、ホントに瑞希はああ言えばこう言う。


「……明日は二時頃集合で、さっさと用事済ませたら帰るから!」

 昨日の失敗を元に、私は学んだ。

 どうしても用を済まさなければいけないのなら、それだけ済ませてすぐ解散してしまえばいいのだ。


「前にランチで行った池袋の水槽があるお店にまた行こうよ、明日は僕が奢るからさ」

 けれど、決意も新たにした瞬間、早速それは揺らぐ事になる。

 瑞希が言うお店はすぐにどこだかわかった。


 あのお店、内装も素敵だったけど、デザートがどれも美味しそうだったんだよなあ、結局迷った末に柑橘シャーベットにしたけれど、お店特製のアイスやケーキも気になる。

 そして、普段瑞希と食べ歩きに行く時は基本割り勘であるせいか、奢ると言われると妙なお得感がある。


 でも流石にこの状況で奢られるのは色々と気が引けるというか、瑞希の思惑が丸分かりと言うか……。

 今日は大翔にほとんど奢られてしまった訳だけれども。


「……私の分は私が出すから」

「そう? じゃあ明日は池袋東口へ二時に集合にしようか」

「わかった」

「それじゃあ明日はよろしくね、さっちゃん」


 通話を切って私は大きくため息をつく。

 まあ、なんだかんだで今日も結構平和に終わったし、これくらいなら大丈夫だろう。


 それからしばらくして、陽向が仕事から帰ってきた。

 大体予想した通りの時間に陽向が帰ってきたので、タイミングよく出来たての夕食を出す事が出来た。


「ありがとな、今日は外で食べてきたんだろ」

「まあね。でも、結構早めに帰ってきて時間もあったし」

 美味しそうにご飯を食べる陽向を見ると、こちらも嬉しくなってくる。


「服はなんかいいのあったか?」

「ああ、それなんだけど、実は今日、瑞希が急に来られなくなっちゃって、大翔さんと夕食だけ食べて帰ってきたんだ。瑞希とは明日服を見に行くよ」

「へー、そうなのか」

 何の疑いも持っていない様子で陽向は相槌を打つ。


「実際に買うのは試着してからの方がいいけど、どんな感じの服が似合いそうかみたいなのは見てくるよ。私も陽向が大体どんな感じの服を着ていく予定か知ってた方が自分の服も選びやすいし……どうしたの?」

 話していると、陽向が料理を食べる手を止めてじっと私を見てたので、不思議に思って聞いてみる。


「俺、大翔も瑞希も、本当に尊敬してるし好きだからさ、幸が二人と仲良くしてくれて嬉しいなって、思ってた」

 そう言ってはにかむ陽向が眩し過ぎて直視できない。

 でも、そんな陽向を独占して自分のものにしたいとも思う。


 そうして陽向を私のものにできたなら、私は少しでも彼のような存在に近づけたような、そんな気がするから。

 きっと、私は陽向になりたいのだ。


「……ねえ陽向、今日、お風呂一緒に入ろっか」

 気がついたら私は、そんな事を呟いていた。


「引越してきた一日目にそれやって、思ったより狭いからもういいって言ってなかったか?」

 怪訝そうな顔で陽向が私を見る。


 前の陽向の家では一人で入るのがやっとの浴槽だったけれど、新しく引っ越してきた今の家のお風呂は足も余裕で伸ばせる広さだ。


 引っ越してきた初日にこれなら二人でも入れるのではないかと一緒に入ってみたけれど、大人二人が入るにはやはり少し狭かった。


 というか、三兄弟の中でも一番背の高い陽向の身体が大きすぎたという方が正しい。

 だけど、今日はそんな狭い空間で身を寄せ合いたいとも思う。


「そうなんだけど、なんか今日は陽向とずっとくっついてたいなーって思って……ダメ?」

「俺は、いいけど……」

 机から少し身を乗り出して上目遣いをしながら言えば、少し照れながら陽向が答える。


「ねえねえ陽向」

「何だよ」

「好きだよ」

「お、俺の方が好きなんだからなっ!」


 そういう負けず嫌いなところも好きだ。

 私は、陽向のまっすぐで素直でわかりやすい所が、羨ましくて仕方ない。

 羨ましくて羨ましくて、憎らしい。

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