#23 いつも通りでした

 大翔とのデートの翌朝、私はベッドで一人ゴロゴロしていた。

 陽向は今日も朝から元気に出勤していった。

 昨日の夜もあんなに激しく運動したのに、今朝も元気に身体を動かす仕事にいけるなんて、あの活力はどこから沸いてくるのか羨ましい限りである。


 私はといえば、なかなか起きる気にならなくて、気がつけば既に時刻は十一時になろうとしてた。

 流石にそろそろ起きようと布団から這い出して、のろのろと身支度をする。


 瑞希は、私のこういう明らかに事後な姿を見ても動じなかったなあ、なんてふと思い出す。

 もし、私が瑞希の立場だったらまず正気でいられる自信がない。

 同時に私に好きだと告げてきた瑞希の泣きそうな顔が思い出されて、ぎゅっと胸を締め付けられるような気持ちになる。


 あの時、瑞希はどんな気持ちで私に好きだと告げたのだろう。

 どうして今更あんな事……。

 いや、ずっと気づかないフリをしてきたのは私の方なのだ。


 薄々気づいていながら、ずっと気づかないフリをしてきた。

 だって、もし気づいてしまったら、私はその手を振りほどく自信がないから。


 瑞希は私のする事をなんでも許してくれる。

 同時に私も瑞希の希望はなんでも聞いてあげたくなって、そんな状態でずるずると向かう先は、きっとお互いにとって良くないものだ。


 だから、近づきすぎてはいけないのに、それでもやっぱり離れがたいのだ。

 私と瑞希はたまにごはんに行く仲の良い友達くらいが一番ちょうど良い距離なのに、どうして……。

 そこで、考えが堂々巡りをしている事に気づいて、私は首を横に振った。


「今日は一緒に服を見て、ごはん食べて帰るだけ。昨日と同じ。大丈夫」

 自分に言い聞かせるように私は呟いた。


 でも、あんな事があった後で、瑞希と二人きりで出かけるなんて、どんな顔をしたらいいのだろう……。


 そんな考えがよぎったものの、私はぺチンと両手で自分の頬を叩いて自分に活を入れる。

 やることはいつも遊びに行く時と同じじゃないか!

 これはただ一緒に遊びに行くだけなのだから、瑞希が何を言ってきてもいつも通りの反応をすればいいだけだ。




 午後二時、約束の場所に到着すれば、すぐに瑞希が目に入る。

 声をかければ、瑞希がしばらく無言でじっと私を上から下まで見る。


「なんか今日可愛いね。デートだから?」

「ち、違うから! 今日はちゃんとした服買うからあわせやすいようにストッキングを履くような服着てきただけだから!」

 ニコニコと尋ねてくる瑞希の言葉を、慌てて私は否定する。


 ちなみに今日は水色のアンサンブルに紺色のフレアスカートにベージュのストッキングとクリーム色のパンプスを合わせて、白いトレンチコートを羽織っている。


 陽向がスーツを着ていくのなら、私もそれに合わせたきちんとした服を買いたいし、そうなると、ストッキングを履くような服装の方が試着するにしても便利だろうと思っただけだ。

 来週、陽向達の両親に会いに行く時の服も、陽向はそんなにかしこまらなくていいと言っていたけれど、きちんと見える服装がいいので、そっちも見たい。


「あはは、今日のさっちゃんは反応も可愛いね」

「いいからさっさとスーツ見に行くよ! 今日はその後私の服も見るんだからっ!」

 からかうように言う瑞希を引っ張って、私は話を切り上げる。


 とりあえず、私達はスーツのチェーン店の大型店舗へと向かった。

 陽向は普段スーツを着ることは無いので、それを考えると何かあった時用に一着は持っておいた方が良さそうだけれど、予算の事も考えればこういう店で買った方がいいだろうという事になったのである。


「結婚の挨拶に行くとして陽向なら、柄物とかは避けて無地、形も普通なやつが無難かな、色は黒、紺、グレー辺りがきちんとして見えると思うけど」

「黒だと色々使い勝手良さそうだけど、陽向は結構強面だからなんだか怖そうな感じになりそうだよね」

 マネキンに着せられたスーツを見ながら私は呟く。


「ならワイシャツの色を水色にしてみたら、少しは柔らかい感じになるんじゃないかな」

「でも瑞希、ちょっと想像してみて、こんな感じの黒いスーツを着て更にサングラスとかかけちゃった陽向の姿を……」

「……堅気の人間じゃないね」

「でしょ?」


 話してみるとそんな事は無いのだけれど、陽向は黙ってると顔が怖い。

 そして、そんな陽向が黒いスーツを着た姿を想像してみれば、体格も相まって武闘派な雰囲気が漂ってきそうだ。


「というか、サングラスなんてかけさせるからだよ……まあ、かけなくても威圧感は出そうだけど」

「でも、こっちの紺色のスーツとか学校の制服みたい」

 なんだか楽しくなってきて他のスーツに目を向けてみる。


「明るい色を選ぶからだよ、こっちのみたいなもっと濃い紺色とかならまだ……」

「柔道部で主将とかやってそう」

「部活はずっと野球部だったのにねえ」


 そんな話をして、私達は思わずふきだしてしまった。

 なんだ、瑞希もいつも通りじゃないか。

 そう思ったら、急に身体の力が抜けたような気がした。

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