#24 ドキドキしてきました

「あ、でもこの灰色のスーツみたいのなら……堅気に見えそう!」

「確かにグレーなら程よく柔らかい印象になりそうだね」

「うん、これならこういうネクタイとか合わせたら良さそう!」


 私はスーツやネクタイの写真を撮って、値札も確認する。

 うん、上下スーツにワイシャツ、ネクタイでギリギリ予算内に収まりそうだ。


「幸、靴は見なくていいの?」

 今日一番の仕事は終ったとルンルン気分で売り場を後にしようとする私を瑞希が呼び止める。

「……あ、そういえば陽向スーツに合わせられそうな靴も持ってなかったかも」


「じゃあコートは? 十二月は流石にスーツだけじゃ寒いと思うけど」

「あー……そっか。スーツにダウンコートってやっぱ変かな」

「物によるとは思うけど……」


「ほら、冬場に陽向がよく着てるフードがついててテラッとした感じの赤い縁取りのラインが入った黒いコート」

「あー……あれは温かそうだけどやめた方がいいと思う」

「だよねえ……陽向ってスーツに合いそうなコート持ってない事に今気づいた」

 すっかりスーツの事だけしか考えていなかったけれど、追加でコートや靴もとなると、なかなかに重い出費になりそうだ。


「うーん、僕のコートを貸すにしても、サイズが合うかどうかわからないし、スーツにも普段着にも合わせられるようなやつを新しく買った方がいいんじゃないかな」

「だよねー……」


 瑞希と大翔ならまだしも、瑞希と陽向だと服をシェアするには少し体格差が大きい気がする。

 つまり、兄二人からは借りられそうに無い。


 ……まあ、この辺は持ち帰って陽向と話し合うとしよう。


「次はさっちゃんの服だっけ」

「うん」

「正直、わざわざ買わなくても今みたいな服でいいと思うけれど」

 もう一度私の格好を上から下まで見ながら瑞希は言う。


「私の働いてる会社はオフィスカジュアルで大丈夫だから、手持ちでそれっぽいのはいくつかあるんだけど、もう少しきちんと感を出したいというか……まあ、見るだけね」

 やっぱり結婚の挨拶に行くのだから、普段から着て若干くたびれたものよりは新しいものを買いたい。


 まあ、場合によってはトップスだけ新しいのを買って手持ちの物と合わせるだけでも違って見えるだろう。

 今後の事を考えると、やっぱりちょっとでも出費は抑えたい。


「あれ、買わないの?」

「ちょっと様子見かな」

「ふーん」


 瑞希は不思議そうにしてたけれど、それ以上は特に何も聞いてこなかった。

 それから私達はしばらく女性向けの服や雑貨なんかを見てまわる。


「今日はさっちゃんの行きたい所に付き合ったんだから、ちょっとこの後夕食の時間まで僕の行きたい所に付き合ってよ」

 一通りウィンドウショッピングを楽しんで、手近な喫茶店で一休みしていると、瑞希がそうそう、と思い出したように言い出した。


「どこ?」

「プラネタリウム」

「瑞希って星とか好きだったっけ?」

「うん、結構好きだよ」


 私が尋ねれば、瑞希はにっこりと答える。

 そんな一面があったとは、保育園の頃からの付き合いだけど知らなかった。


「そうなんだ。いいけど」

「わあっ、ありがとう」


 私が了承すれば、瑞希は少し大げさに喜んだ。

 確かに今日は私の都合で瑞希を色々な店に引きずりまわしてしまったし、瑞希も嫌な顔一つせず笑顔で付き合ってくれたのだから、これくらいは付き合っても罰は当たらないだろう。


 それから私は瑞希に連れられてサンシャインシティの最上階にあるプラネタリウムへとやって来た。

 瑞希はプラネタリウムに着くと、スマホにバーコードを表示させて係員のお姉さんに見せる。

 お姉さんは何か専用の機械らしきものでそれを読み取って、私達の受付は完了する。


「え、予約とかしてたの?」

「うん、急だったから雲シートとか芝シートとかはとれなかったけど」

「なにそれ?」

 通路を進みながら私は瑞希に尋ねる。


「寝転んで星が見られるシートなんだけど、雲シートは雲に見立てたふわふわのベッド、芝シートは芝に見立てた広いシートで親子連れでものびのび見られるらしいよ」


 通路を抜けた先には少しライトの明るさを落としたラウンジのような場所があって、どうやら会場が開くまではここで待つらしい。

 そういえばプラネタリウムに来るのは初めてだ。


「へー、ふわふわの雲に見立てた席とか気になる」

「じゃあ、今度は雲シートを予約してまた来ようか?」


 ニコニコしながら瑞希は提案してくるけれど、そこで私はハッとした。

 寝転んで星が見られるふわふわのベッドとか、多分会場は映画館並みに暗くなるだろうし、なんだかそれはすごく……。


「……ま、まあ、その辺は保留で」

「会場が開いたら、座席を見てみたらいいよ」

「う、うん……あっ! あの壁なんだろう!?」


 なんだか気まずい気がして、私はちょうど目に入ったキラキラ光っている壁に駆け寄る。

 どうやら壁に鏡のようにぼんやり映った影の動きに合わせて星のようなキラキラした明かりがつくようだ。


 私がキラキラ光る壁にはしゃいだフリをしてみると、瑞希はそれ以上食い下がってくる事はなかった。

 それから私は会場が開くまでしばらく壁で遊ぶ事になった。


 ウッディな香りが微かに漂う。

「森の中みたいだね」

 瑞希も香りに気がついたようだ。

 でも隣で微笑ましそうに私を見る瑞希との会話が変な方向に行くのが怖かっただけなので、ムードに流されないようにスルーして光と戯れる。


 だから、会場が開いた時はとてもホッとした。


「ほら、あの左手奥にあるのが芝シートで、その一つ手前にあるのが雲シートだよ」

「ふーん、フカフカそうだね……」

 会場に入ると、瑞希が丁寧に先程話していたシートを指差して教えてくれた。


 そして、雲シートを見た私は、その丸い形のベッドからラブホテルにあるベッドを想像してしまって、丸いクッションや白熊のぬいぐるみが添えられているその可愛らしいシートを純粋な目で見られなかった。


 雲シートじゃなくて良かった……!


 心の中でそう思いつつ、瑞希についていって自分達の席に座る。

 良かった。

 こっちはリクライニングできる映画館の座席みたいなシートのようだ。


「よいしょっと」

「え、何してんの!?」

 ……そう思っていたのに、瑞希は私と瑞希の間にあった手すりを上げ、私達の席が繋がる。


「ああ、ここ手すりを上げると広々と座れるんだよ」

「……そ、そう」


 爽やかな笑顔で瑞希は言う。

 これじゃあ結局雲シートと距離感はあんまり変わらないじゃないか……!


 でも、ここでまた手すりを下したりしても、瑞希を意識しているような感じになってしまう。

 というか、瑞希とは保育園の頃からそれ以上の事を散々してきたのに今更この程度で照れるのもおかしな話だ。


 おかしな話なのに……。

 なんで私はこんなにドキドキしているのだろう。

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