#25 家に誘いました
私達が席についてしばらくすると、辺りが暗くなって上映が始まる。
瑞希は少し動けば肩や腕が触れ合う程すぐ隣にいるけれど、触れてくることは無い。
だというのに、なんだかその方が余計に瑞希の事を気になってしまう。
どうしよう、プラネタリウムの内容が全く入ってこない……。
席をリクライニングしてしばらく頭上に映し出される星をぼんやりと見ていると、不意に瑞希の左手が私の右手に触れた。
体が跳ねそうになるのをなんとか押さえる。
瑞希の指先がゆっくりと私の右手をなぞるように撫でる。
私はどうしていいかわからなくて、ただされるがままに任せる。
どうしよう、こんな時、どうしたらいいんだろう。
瑞希の手を振り払う気にはなれなかった。
でも、その手を握り返す事もできない。
そうしてる内に瑞希の左手が私の右手の内側にまわり、私達の手は恋人つなぎになる。
瑞希の気配が近づいてきたような気がして、咄嗟に私は目をつぶる。
「ね、さっちゃん……」
右耳から瑞希の甘えるような声が聞こえてきて、私はどうしていいかわからなくて、そのまま寝たフリをした。
「…………」
しばらくの沈黙の後、瑞希の気配が遠のいていくのを感じる。
ホッとしつつも、心臓はうるさいくらいに脈打ってるし、瑞希とつながれている右手の手汗がヤバイ。
星座の説明をするナレーターの声をどこか遠くに聞きながら、結局私は上映が終わるまで狸寝入りを決め込む事になった。
「さっちゃん、さっちゃん起きて、もう上映終わったよ」
目を覚ますタイミングがわからなくて、会場が明るくなっても目をつぶっていたら、瑞希が軽く私の右肩を叩いて呼びかけてくる。
「ううん……あれ、終わっちゃった……?」
本当はずっと起きていたけれど、本気で寝ていたような、まだ眠そうな小芝居をしならがら私は瑞希を見る。
「うん、立てる?」
既に立ち上がっている瑞希は、呆れたように私に手を差し出してくる。
「ん、立てる……」
私はさっきまでつながれていた瑞希の左手をとって立ち上がった。
「じゃ、行こうか。足下気をつけてね」
「うん……」
そう言いながら瑞希は私の手を引く。
瑞希に手を引かれながら、私は会場を出て、通路を抜け、エレベーターに乗る。
サンシャインシティ60通りを歩きながら、私はふと気づく。
手、つなぎっぱなしじゃない……?
「瑞希、もう目が覚めたから……」
「そう? まだ心配だなあ」
遠回しに手を離すように瑞希に言えば、瑞希はからかうように言いながら私の右手ごと左腕をコートのポケットに入れる。
「手を離したらまたさっちゃんが寝ちゃうかもしれないから、店まで責任もって僕が連れてってあげるからね」
どこか楽しそうに瑞希が言う。
……まあ、この前行った店は本当にここから徒歩五分もかからないくらいの近くなので、これくらいならいいか。
「ここもまた来ようって言いつつ、また来るまでに結構かかっちゃったね」
「この前来たの初夏だったもんね」
店に着いて席に案内されれば、当たり前だけど瑞希の手はあっさりと離れた。
「昨日は大翔と何食べたの?」
席についてオーダーを済ませると、瑞希が世間話をするように尋ねてきた。
「牡丹鍋だよ」
「美味しかった?」
「うん、とっても! 思ったよりも癖がなくて、鍋にすごく良い出汁が出て……」
なんだか……。
「いいなあ、今度僕もそのお店に連れてってよ」
「わかった、いつ行く?」
「できるだけ早く食べてみたいけど、さっちゃんの都合のいい時でいいよ。今忙しいだろうし」
大翔の話が出た時は何を言われるのだろうと思ったけれど、思ったより普通だ。
「まあ、お互いの両親に挨拶が終わったら少し落ち着くから、その時にでも」
「楽しみだなあ」
そう言って笑う瑞希は、この前の告白なんて嘘のようにいつも通りだ。
……でも、プラネタリウムでの事を考えると、そうでもないのかもしれないけれど。
「さっちゃんはうちの両親とはもう会った事あったっけ?」
「そういえば、高校の運動会とかの行事でたまに会ってた。後、お父さんの方は保育園の時、瑞希の送り迎えの時にも会ってたよね」
考えてみたら、陽向の両親は瑞希の両親でもある訳で、厳密に言えば今回会うのが初めてという訳ではない。
……陽向の彼女として会った事はまだないけれど。
「ああ、言われてみればそうだね」
「大翔って、お母さん似だったんだね」
今更ながら、高校の時に会った瑞希達のお母さんを思い出して私は気づく。
「うん、きれいな人だよね」
まるで他人事のように瑞希は言う。
「瑞希は、まだお母さんとは距離があるの?」
「今はたまに二人で買い物に出かけて父さんや大翔をからかって遊べるくらいには仲がいいよ」
けれど、心配して私が尋ねれば、あっけらかんと瑞希は答える。
「それはそれでどうなの……というか、陽向はそこに入ってないの?」
「ああ、陽向にとっては母さんが自分をとても大切に思っているのは当たり前の事でそれを疑いもしないから。まあ、それは家族全員に対してそうなんだけど」
「すごくわかる気がする」
そう、陽向はそういうところがあるんだ。
自分が愛されている事を疑いもせず、当たり前に相手を信頼して懐に迎え入れる。
「僕、陽向のそういうところ嫌いだなあ、一番好きなところでもあるけれど」
「うん、私もそう思う」
「その点さっちゃんはいいよね。利己的で打算的で自分勝手で、その癖意味も無く優しいんだ」
「なにそれ、褒めてるの? 貶してるの?」
どうせ私は陽向とは全く違う。
かすりもしない。
「褒めてるよ。僕はさっちゃんのそういう所が大好きだ。昔からね」
「……そう」
まっすぐ私の目を見て瑞希は言う。
私は瑞希のそういう所が好きで、そして怖い。
「あ、話戻るけど挨拶に行く時の服装さ、あれとか良いんじゃないかな。前に着てた白のワンピースの上にこの前着てたグレーのジャケット」
「えー、あのワンピースはカジュアル過ぎない?」
瑞希はそれ以上何か言う事もなく、話題は私がお互いの両親に挨拶に行く時の服装へと移っていく。
「ジャケットが結構かっちりしてるから合わせたらありだと思うけどなぁ、あとは秋口に着てたグレーのスカートに今着てるアンサンブルとか」
「うーん……どうだろう」
「帰ったらちょっと合わせてみなよ。僕も直接見れたらもっと色々言えるけど」
……雑談の延長のように瑞希は言うけれど、これは流石に私でもわかる。
「じゃあ、この後ちょっと家に来て見てくれない?」
だけど、私は瑞希のその遠回しな提案を、断る事ができなかった。
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