第3章

#29 かなり喜ばれました

「ええ!? それで、その後どうなっちゃったの……?」

 可愛らしいケーキもそっちのけで真奈は私の話に目を輝かせる。


 修羅場の金曜日を生き延び、陽向の両親へ結婚の挨拶を明日に控えた土曜日、私は真奈と約束していたホテルのランチビュッフェに来ていた。

 そして、陽向が大翔や瑞希と駅近くの店で昨日までの出来事を話した結果がこれだ。


「陽向は日付が変わった辺りに帰ってきて、なんかものすごくざっくりした説明をした後、抱き枕状態で私に抱きついてきてそのまま寝ちゃった」

「朝は?」


「今日は早くから仕事があるから、朝起きたら陽向はもう出勤してた」

 陽向の仕事は歩合制なので、最近は結婚資金を貯めると言ってかなり仕事を頑張ってくれている。

 引越し業務の数は時期的に減っても、勤めている運送会社での家具の運送等の仕事をまわしてもらっているので仕事そのものはあるらしい。


 そして、更に明日は陽向の両親に私との結婚の挨拶に行く予定である。

 ……陽向の心境を考えると、胸が痛いどころの騒ぎではない。

 昨日、何をするでもなくしがみつくように私を抱きしめながら眠りについた陽向は何を考えていたのか。


「ものすごくざっくりした説明って?」

「大翔も瑞希も私を諦めるつもりは無いらしいけど、婚約破棄はするつもりないって言われた」

「やんっ、情熱的!」


 私が説明したら、真奈はキャッ! と恥らうように自分の腕を抱きながら言う。

 完全に楽しんでいる。

 まあ、私も誰かに話して頭を整理したかったので、タイミング的にはちょうど良かったけれど。


「あと、今後大翔や瑞希と出かける時は必ず事前に陽向に言う事を約束させられた」

「という事は、お兄さん達と出かける事自体は容認してるって事よね。一体お兄さん達とどんな話したのかしら?」

 不思議そうに真奈は首を傾げる。


「わかんない。それで、午前中に電話で大翔と瑞希に昨日何があったのかそれぞれ個別に聞いてみたんだけど」

「どうだった?」

「大翔は……」


「最終的に決めるのは幸だから、幸の思うようにしたらいい、誰を選んでも荒れるだろうが、それもきっと時間が解決してくれるさ」


「……って」

 私の質問の答えになっていないうえに、三人の間でなんか勝手に話がまとまってしまっている感がある。


「要するに一番上のお兄さんに言わせれば、なるようになるって事?」

「身も蓋もないけど、まあそういう事だよねえ」

 本当に一体何があったのか。

「その後、瑞希にも電話で聞いてみたんだけど、そしたら……」


「三人で話し合ってさっちゃんの意思を尊重する事になったんだよ。だから、陽向は結婚話をそのまま進めるつもりみたいだけど、僕と大翔は好きに動くよ。結局、陽向は僕達を切り捨てられないんだ。甘いよね」


「……って言ってた」

「……なんか、具体的な事はわからないけど、彼氏君がお兄さん達に丸め込まれたんだろうって事はわかったわ」

「やっぱり、そういう感じかなあ」


 言い合いになった時、大抵大翔は理詰めで、瑞希は情に訴えて自分の意見を通そうとするフシがある。

 乗せられやすく、情が深い陽向があの二人に言いくるめられたとしても、不思議じゃない。

 それだけに、あの後に続いた瑞希の事が対照的だった。


「僕にとっては元々大翔も陽向も他人だし、父親も他人みたいなものだったからね。別に縁を切るのも惜しくないよ」


 瑞希は、今は家族とうまくやっていると言っていたけれど、それはあくまで表面上は、という事なのだろうか。

 少なくとも、陽向は本気で瑞希を慕っているように見えるのに。


「それで、どうするの?」

「え、どうするって?」

 可愛らしいケーキをほおばりながら尋ねてくる真奈に私は首を傾げる。


「誰を選ぶの?」

「え、選ぶも何も、明日には陽向の両親に結婚の挨拶に行くんだし、私は陽向と結婚するに決まってるじゃない!」

 そうだ、私は陽向と結婚するのだ。


「ふーん? まあ、瑞希くんと一番上のお兄さんがこのまま引き下がるともわからないけれど、幸には一つだけ言っておくね」

「な、なに?」

 真奈は持っていたフォークを皿に置いて、席から立ち上がり、身を乗り出す。


「私は、幸が誰を選んでも、何が原因で悩んでも、幸の味方だし、困った時は私に言ってくれたら、出来る限りの手助けはするからね!」

 まっすぐ私の目を見ながら、真奈が言う。


「真奈……」

「だから事の顛末は包み隠さず教えてね!」

「やっぱりそれか~」

 そんな気はしていた。


「利害の一致と考えれば下手な奇麗事より信用できると思うの!」

 なんてまっすぐな目なんだ。


「真奈って昔からそういう妙にドライというか、自分の欲望を最優先するところあるよね」

「あら、そんな私は嫌い?」

 私の言葉に、イタズラっぽく真奈は笑う。


「むしろわかりやすくて好き~」

「私も幸のそういうまっとうな人間になりきれないとこ好き~」

「えっ」

 ちょっとそれは納得いかない。

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