#28 修羅場になりました
「瑞希は、私の幼なじみで……」
「だとして、なんでただの幼なじみが脱がさないとわからないような位置にあるほくろの位置なんて知ってるんだ?」
感情を抑えた声で、形だけの笑みをうかべながら陽向が尋ねてくる。
「あんまり小さい頃だと、けっこうその辺ゆるいからね」
「瑞希は黙っててくれ。俺は幸に聞いてるんだ」
横から口を出す瑞希に、ぴしゃりと陽向が言い放つ。
「……高校から大学にかけて、そういう関係だった時があって」
「へえ、瑞希とは未だにしょっちゅう出かけてたよな?」
「うん……」
どこまで陽向が瑞希から聞いているかわからない分、これは下手に隠した方がこじれそうだと判断した私は、言葉を選びながら陽向に説明する。
空気が一気に重くなる。
「大翔は? 大翔とも実は前からの知り合いなんだろ?」
「えっと、瑞希の次の元彼……です」
一体二人共、どこまで陽向に話したのか。
「ふーん、ものすごい偶然だけど、そういう事もなくはないよな。それで、二人とはそれだけなのか?」
呆れたような、嘲るような、そんなわざとらしい丁寧な態度で陽向は尋ねてくる。
これは相当怒り心頭のようである。
「……二人には、大翔にプロポーズされる前にプロポーズされました」
「つまり、三股をかけてた?」
「違うの! 二人には前からよりを戻さないかみたいな事は言われてたけど、私は彼氏がいるからって断ってたし、陽向が一番好きだから陽向のプロポーズを受けたの!」
直後に私は声を大にして否定した。
「一番がいるって事は、じゃあ二番は誰なんだ?」
「一番以外は二番も三番も変わらないよ! 私は陽向と結婚したいの!」
揚げ足を取ってくる陽向に、私は真っ向から反論する。
「俺にとって重要なのはそこじゃない。今週末には俺の両親に結婚の挨拶をしに行こうって話になってる横で何やってるんだよって事だよ!」
「だとして、許せないのなら、別れればいいだろう?」
苛立ったように陽向が言えば、大翔が余裕そうな笑みを浮かべてとんでもない事を言い出した。
「あ?」
陽向がドスの利いた声を出しながら大翔を睨む。
「両親に挨拶する寸前に浮気が発覚して婚約破棄、悲しい事だが、無い話じゃない。その後、俺が婚約したとしても、何の問題も無いよな?」
「あるよ!?」
思わず私は声をあげる。
むしろ問題しかない。
「陽向が許せないのなら、別れればいいだけだよ。性分や考え方が合わないのに一緒にいてもお互い疲れるだけだしさ……さっちゃん、僕ならさっちゃんのする事、何でも許してあげるよ」
陽向を宥めるのかと思いきや、盛大に煽りつつ瑞希は私を見てにこやかに宣言する。
「……人の婚約者を横からかっさらおうとしておいて、他にいう事は無いのか?」
陽向の顔から笑顔が消える。
「どちらかと言うと、横からかっさらっていったのは陽向の方だろう?」
大翔がニヤリと笑いながら返し、場の空気が凍りつく。
密室の凶行! その時三兄弟に何が? 三男の婚約者と兄達との隠された関係とは!?
なんて、週刊誌の煽り文が浮かぶ。
だめだ、現実逃避している場合じゃない!
今選択を誤ると、本気でその見出しが実現されてしまいそうだ。
「……幸」
「は、はいっ!」
突然、陽向に名前を呼ばれて、私は緊張する。
「幸はどうしたい?」
「わ、私は……陽向とは別れたくない…………でも……」
「でも?」
「それを決めるのは陽向だから、陽向がもう別れたいって言うなら私は大人しく身を引きます……」
「…………」
ここで下手に弁明したり追いすがっても火に油を注ぐだけだろうなと判断した私は、正座して陽向に向きなおりながら言う。
何事も姿勢や態度というのは大事だ。
「……大翔、瑞希、駅前の適当な店で待っててくれ。俺は幸と二人で話してから行く」
「うん、じゃあ店に着いたらラインするね」
「お互い話す事も多いだろうけど、手短に頼む」
重々しい雰囲気で陽向が言えば、瑞希と大翔はびっくりする程いつも通りの態度で自分達の荷物を持って玄関へと向かって行った。
二人共、全く悪びれる姿勢が見えない。
私と陽向の間を沈黙が支配する中、瑞希と陽向が靴を履いて家を出て行く音が妙に大きく聞こえる。
というか、二人共よくもこの状態で私と陽向を二人きりにしてくれたなと思う。
これ、私がいつ刺されてもおかしくない状況じゃないだろうか。
「幸」
「は、はいいい!」
瑞希と大翔の足音が聞こえなくなった所で陽向が話しかけてきたけれど、マジで怖い。
今にも人を殺しそうな目でさっきからずっと私を睨んでくる。
陽向からしたら色々と許せないのだろうけれど、瑞希とも大翔ともまだ一線は越えてないのでそこはわかって欲しい。
……言ったら言ったでそれこそ余計に陽向を怒らせそうだけれど。
「俺は別れないからな」
「えっ……?」
思ったよりもあっさりと許されて、私は思わず聞き返す。
「もちろん浮気は許さないし、もしそれでもしたら……」
「し、したら……?」
私の両肩を正面から力強く掴んで、今にも触れそうな程、陽向は私に顔を近づけて言う。
先程からの雰囲気も相まって今にも東京湾に沈められそうな恐怖を感じる。
「その時考える」
「う、うん……」
私の肩を掴んだまま、すっと身体を離して陽向が言う。
「ただ、一つだけ言えるのは、笑って許すのは今回が最後だ」
「陽向、痛い痛い!」
両肩を掴んでいる陽向の手に力が込められる。
私が声をあげたらすぐに手は離されたけれど、これは、マジで何をされるかわからない!
そして、このタイミングで陽向のスマホが鳴る。
ラインの通知音のようで、どうやら瑞希と大翔が店に着いたらしい。
「じゃあ、俺はこれからちょっと大翔と瑞希と話してくるから、今日は先に寝ててくれ。帰りは遅くなる」
陽向はそう言うと立ちあがる。
「え、そんなに……?」
「色々はっきりさせないといけない事があるからな……」
再びドスの利いた低い声で陽向は言う。
……瑞希と大翔は、無事に明日を迎えられるのだろうか。
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