#44 久しぶりでした

 火曜日、陽向が今日は県を跨いでの運搬の仕事で帰りが遅くなると出勤前に告げてきた。

 その日の昼休み。


 大翔:今日、一緒に夕食でもどうだ?


 瑞希:仕事が終わったらさっちゃんの家に遊びに行きたいなあ


 というメッセージがそれぞれラインに届いていた。

 一昨日の事もあって、瑞希と密室で二人きりになるのは避けたかったけれど、放っておくと勝手に突撃してきそうだったので、急遽大翔も呼んで三人で夕食を食べる事にした。


 献立は、陽向がいる時は作れない、ごろごろ野菜のたっぷり入ったカレーライスである。

 この日、レトルトでないカレーを私は久しぶりに食べた。


 水曜日には大翔と瑞希がそれぞれ手土産を持参してやってきて、その材料を元に夕食を作った。

 陽向の分は残していたけれど、私達は先に食べ終わり、ちょうど帰ってきた陽向と入れ替わるように大翔と瑞希は帰って行く。


 陽向が休みの木曜日には、逆に陽向から大翔と瑞希を誘って鍋を作ったりした。

 ……多分、水面下でのやりとりやけん制があったのだろうけれど、私は私で、隙あらば距離を詰めようとしてくる瑞希を何とかかわすので精一杯だった。


 そんな日が続いた金曜日、


 瑞希:今夜、二人きりで会えないかな


 というラインメッセージが届く。


 幸:個室じゃないお店でごはんだけだったらいいよ


 と、私は返信した。




「ひどいなあ、そんなに警戒しなくてもいいのに」

 その日の夕方、私の最寄り駅近くのチェーン居酒屋で、ニコニコといつもの笑顔を浮かべて瑞希は言った。


 言葉は拗ねているようにもとれるけれど、その口調には特に棘のようなものは感じられない。

 けれど、瑞希がそうやって私に感情を見せようとしないという事は、きっと傷ついているのだろうなと思えた。


「……ごめん」

 だからと言って、私がこうして謝って何か変わる訳でもないけれど。


「ねえ、さっちゃんは陽向のどこがそんなにいいの?」

 お通しの漬け物を一切れ食べて、世間話のように瑞希は言うけれど、きっとこれが本題なのだろう。


「……前に瑞希、陽向の自分と近しい人間を切り捨てられない所、嫌いって言ってたでしょ?」

「うん、嫌い」

 何のためらいもなく、笑顔で瑞希は頷く。


「私もね、陽向のそういうまっすぐでキラキラしたところ、本当は少し苦手なんだ。だけど、そういう所が眩しくて好きなんだ」

「……陽向の側にいても、陽向にはなれないよ?」


「知ってる。だけどさ、今の陽向が出来上がったのって、きっと瑞希のおかげでもあると思うんだ」

「なんでそう思うの?」

 不可解そうな顔で瑞希は私を見た。


「陽向のあの性格って、多分生まれ付いてのものだと思うけど、もし高校の時に弟として出会ってたら、きっと私は羨ましすぎて、いじめぬいて陽向を全くの別人にしてたかもしれない」


 それくらいには色々と荒れていた自覚はある。

 だからこそ、わざわざそれに付き合ってくれた瑞希に対して、私は強く出られない部分もある。


「……まあ、あの頃のさっちゃんは色々と負のエネルギーを持て余してたよね」

 当時を懐かしむように瑞希は言う。


「私はね、陽向や大翔は全くの他人だと思うけれど、瑞希は私とは別人だけど、まるで自分の一部みたいな近い存在に思えるの」

「近い存在?」


「考え方や、精神構造が近いというか、人間としての根本的な部分が似てるような気がする」

「……かもしれないね」

 そう言って、瑞希は続きを促す。


「だから、瑞希が高校生の頃、陽向をいじめないどころか、その後なにかと気にかけて面倒を見てあげてたの、すごいなって思う」


 私は自分の事でいっぱいいっぱいだったけれど、瑞希は当時からちゃんと周りに気を配る事ができていたという事だ。


「さっちゃんがいたからだよ。一番大事なものがあると、他はどうでもよくなるし、どうでもいいから相手が望むような反応を何も考えずに返せるんだ」

「うん、そんな事だろうなとは思った」


 私は小さく頷く。

「ふーん、知ってたんだ?」

 どこか茶化すように瑞希が言う。


「月曜日に大翔とお茶した時にヒント貰って、なんとなくそうじゃないかなって思ったの。大翔はヒントとかそう思って言ってたんじゃないと思うけど」

 だから気づいたのは本当に最近。と、私は付け足す。


「大翔は観察する力も考える力も高いのに、肝心な所で気持ちが邪魔して答えを見誤っちゃうところあるよね。そういう所は好きだよ」


 瑞希の好きだとか嫌いだとかは、劣等感を刺激されるのか、むしろ優越感を感じさせてくれるのか、というのが基準になっているような気もする。


 そう思うのは、私が陽向を好きで、同時に憎らしく思うのと同じ理由だから。


「きっと、嫌いなのは自分が欲しくても手に入らない物を持ってるからで、本当は羨ましくてたまらないんだ」

「でも、だからといってずっとそんなに眩しいものを見つめてたら、目がつぶれちゃうよ」

「うん、でも、自分がそうはなれなくても、そうであるものが手に入るのなら、欲しいじゃない」

「そっか……」

 瑞希は、どこか寂しそうに小さく頷く。


 その日、私は何事も無く帰宅した。

 アパートの前まで瑞希は送ってくれたけれど、その日は珍しく家に寄っていく事もなく瑞希は帰って行った。


 陽向は相変わらず不機嫌だったけれど、そのくせ、私が着替えるのを手伝ったり、私がお風呂に入った後は洗った髪をドライヤーで乾かしてくれたりと、甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくる。


 そんな陽向があんまりにもいじらしいものだから、つい久しぶりに押し倒してしまった。


 一週間ぶりの陽向は、とても元気だった。

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