#37 実母に会いました
私の実の母との再会は、思ったよりも早く決まった。
両親に切り出して一週間もしないうちに連絡が取れて、七月の終わり頃には駅近くにあるファミレスで会うことになった。
ただ、父親に関してはいない、とだけ告げられて、それだけでも訳ありという気配が漂い、その時になって急に私は不安になり始める。
実の子供を養子に出す時点で訳ありなのだけれど、当時の私は、それは何か特別などうしようもない理由があったからで、相手も自分の事をずっと思い続けてくれていたのではないか、という淡い期待を抱いていた。
決して自分を育ててくれた両親に不満がある訳では無かったし、実の親と会った所でその親と暮らしたいなんて思っていた訳でもない。
頭ではそうとは限らないとわかってはいても、どうしても自分は愛されていたという幻想が捨てきれずにいた。
だけど、そんな事、親にも学校の誰にも相談できる訳が無かった。
ただ一人を除いて。
「会って来なよ。愛されてなかったとも決まった訳じゃないし、そうじゃなかったとして、別に今の暮らしが変わるわけでもないし、おじさんもおばさんも良い人達じゃないか」
瑞希は私の話を最後まで黙って聞いた後、そう言って笑った。
その頃には両親にも瑞希を紹介していて、母の帰りの早い日や休日には私の家でごはんを食べて行く日もあるという馴染みっぷりだったし、夏休みも当然のように私の家に入り浸っていた。
「わかってるけど……」
「じゃあ、もし本当のお母さんに会ってさっちゃんが何か辛い思いをした時は、僕が慰めてあげるよ」
良い事を思いついたとばかりに瑞希が言い出す。
「……どっちの意味で?」
「どっちがいい?」
「健全な方で」
言いながら私は瑞希の脚を揃えて伸ばさせると、その太ももの上に頭を置いた。
膝枕の足を伸ばしたバージョンみたいな形で、当時私はこうして瑞希に膝枕もどきをよくさせていた。
「わかった。だからさ、安心して行ってきなよ」
瑞希も馴れたもので、優しく私の頭を撫でてくる。
なんだかこうされると妙に胸がポカポカして、私と瑞希はよくこうやって互いに膝枕をしたりさせたりしていた。
「ねえ瑞希、もし予定が開いてたらで良いんだけど、その、私を産んだお母さんと会う日さ、一緒に来てもらったりとかって、できる……?」
本当のお母さん、とは言えなかった。
だって私の本当のお母さんは私を育ててくれたお母さんだから。
「いいよ。第一、こんなに毎日のようにさっちゃん家に入り浸ってるのに、そんなに忙しいように見える?」
どこかおかしそうにくすくすと瑞希が笑って、その時私はなんだかものすごく瑞希を頼もしく思ったのだ。
そうして瑞希には、私が実の母と会う日、瑞希には私と母が座る席のすぐ近くの席で様子を見守ってもらう事になった。
実母との対面は、散々なものだった。
「君の父親に当たる奴はとんでもないクズだったよ、借りた金は返さないし、女にだらしないし、子供できたって言ったら俺の子供な訳ないとか言って蒸発するし、挙句他の女の家に転がり込んでたし、ホンット最低のクズ!」
「なんでおろさなかったかって? だっておろせる期間内だったらおろせって言われて終わりじゃん! おろせない状態になってから妊娠を伝えて責任とらせるつもりだったのに、ホント使えないあのクズ!」
「いやいや、あの時は私まだ十九だよ? 子供産んで育てるとか色々無理でしょ。でも棄てずに施設の前に置いてったんだから勘弁してよ。それで今は良い人に拾われた訳でしょ?」
「私もあの後は色々大変だったんだって~いっぱい苦労もしたし、元々毒親から逃げてきたから帰る場所も無いし。だけどそっちは良い人に拾われて苦労もしてないみたいで羨ましい」
「まあ? 一応今は私も良い人見つけて結婚してるけどさ、前に子供産んでるなんてもちろん言ってないし、絶対面倒な事になるから言うつもりも無いんだよね」
「今は旦那との間に子供が二人いるし、あなたも今は新しい両親の所で幸せに暮らしてるんでしょ? なら会うのはお互いの為にも今日が最初で最後にしようよ」
他にも何か色々言われた気はしたけれど、一番印象に残っているのは、幸という名前は私が捨てられていた時の手紙に『名前は
「え? そうだっけ? 私そんな名前付けたっけかなー……そんな事した憶えないし、多分施設の人か拾ってくれた人が付けたんじゃないかな。いい名前じゃん」
私は、両親に自分が実の子供じゃないと説明された時に、実際にその紙を渡されている。
私の両親がそんな聞けばすぐバレて、しかもその事で私が傷つくような嘘をつく訳なんて絶対にない。
それだけは物心ついた頃から今の両親にずっと育てられてきて、断言できる。
だからこそ、私はショックだった。
それはつまり、彼女は自分が娘に付けた名前すら憶えていないという事だから。
取ってつけたように名前を褒められても、もはや嫌悪しか沸かなかった。
ファミレスで、彼女が伝票を持って去って行ったのを確認した瞬間、私はただ静かに泣いた。
すぐに瑞希がやってきて、私に席を移動させると、アイスクリームを奢ってくれた。
あの時、瑞希がいてくれて本当に良かったと思う。
瑞希があの場にいてくれなかったら、私は無事に帰宅できていたかも怪しい。
だけど、きっとその頃からだ。
私が瑞希に極端に依存しだしたのは。
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