10-4
メガフロートに続く道路の前。かつて脱出する時に使った道に、今度は進行する為にタクミ達はイナーシャルアームドに乗って待機していた。
合計15機。稲葉中尉のダークギャロップを指揮官機として、11機のバンガードを指揮し、月面帝国皇帝派のマスカレイド3機と協調する変則的な中隊である。
全員20歳未満の新兵ではあるが、国防軍側は3年間の訓練と、密度の高い実戦経験。そして
それこそ一機当千と歌われたルナティック7のグラ・ヴィルド、バグ・ナグルス・エア・ファネルと立て続けに戦い、そのうち2機を撃破する戦果を挙げたのだ。
それ故にメガフロート攻略決戦において良くいえば温存。悪くいうなら周囲からやっかまれて戦果を上げられないよう後方に回されてしまったのだが。
『ねぇタクミ…… どうなると思う?』
「たぶんこのまま待機して終わりって事はないんじゃないかな』
『だよな、出来ればこの重装備が無駄になりゃいいんだけどよ』
通信機の向こうでため息を吐き出しながら、高橋のバンガードが両手で抱えたガトリング砲を軽く持ち上げる。米軍で対戦車用に開発された30mmガトリング砲アヴェンジャー。
それを元にして対IA用に試作されたのがこの60mmガトリング砲『ヘルアヴェンジャー』である。稼働状態にあるIAを正面から撃墜することを目的として作られた武装。
けれど静止状態であれば耐え抜かれ、機動状態であればその重さから直撃が狙えない。帯に短く襷に長い特性から、在日米軍の倉庫で埃を被っていたのを、タカクラ重工を通じて供与してもらったのである。
タクミやナナカレベルの操縦士には弾倉込で重量25tの重火砲に使い道はない。しかし高橋のように後方支援を行うのなら話は別だ。雑に機動戦時にばら撒ける火砲はそれなり以上に使い勝手が良い。
無論、タクミやナナカの動きを十全に把握し彼らに当てないだけの連携があるからこその選択肢。彼もまたタクミやナナカと互角ではないが相応に修羅場を潜り抜けて来た精鋭なのである。
『確かにその通りかも、剣は抜かずに済めば無事平穏って言葉もあるし』
そう返したのはナナカではあるが、彼女の機体もこの決戦に際し相応の装備を整えていた。両腰に近接ブレードを2本。両肩に増設されたブレードラックに2本のロングブレードを装備したフルブレード仕様と呼ぶべき状態。
切り合いで損耗した刀を投げ捨てつつ戦う剣豪将軍の足利義輝に近い戦い方。彼女の剣筋は繊細ではあるものの、IAのパワーで振り回せばどんな刃物であれ損耗していく以上、ある意味最適解と呼べるのかもしれない。
「ナナカ、装備してるブレードは全部抜身じゃない?」
「たとえだし、炸裂ボルトで固定されてるなら実質鞘に収まってるのと同じだから」
しかしタクミのエクスバンガードは
他の面々も40mm突撃機関砲、ユニークなものであれば120mm滑腔砲や大型ハンマー、トマホークといった武装を装備している。統一感はないがこの短いながらも密度が高い実戦で自ら理解した適性に沿った得物を握りしめていた。
『それで、稲葉中尉。戦況の方はどうなってます?』
『そうだねぇ、ちょっと待って。情報が錯綜していて――』
稲葉涼のダークギャロップも多少の改修を受けている。ただし大型の通信アンテナを装備した程度で、火力面ではほ通常の機体と同様だ。あくまでも指揮官である以上それに徹するという彼の考えが見える強化でしかない。
『うん、あぁダメだね。やっぱり予定通りに出番がないってパターンは無さそうだ。先行した部隊が大きな被害を受けている。国連軍の突入部隊はレイジ・レイジ。教導隊はバグ・ナグルスと遭遇して足止めされて、多少なりとも被害が出ているらしい』
そして集まったデータを解析した結果から、攻略は難航している事が発覚し、予定通りだと特務中隊の全員が笑みを浮かべる。状況か決して良くないがこれまでと比べれば、火中のど真ん中から自体が始まるより、受け身で襲われるよりはずっとマシだと現状を笑い飛ばす。
『それで、我々も同行して問題はありませんね?』
これまで言葉を控えていたレナ=トゥイーニ大尉が稲葉中尉に声をかける。階級では彼女の方が上ではあるが、あくまでも月面帝国皇帝派からの援軍の形であり、実質的な現場指揮官は稲葉中尉だ。
『勿論、下手な国防軍の部隊よりずっと信頼出来ますからね』
「美的センス以外はおおむね大尉の事は信用しています」
『おいタクミ、空気を読まないお前でも言っちゃいけないことはある」
『あ、あれは深く考えなかっただけで…… ちゃ、ちゃんと今は可愛いですよね?』
大尉の態度に改めて特務中隊の面々は、増援として派遣された
『大尉、ちょっとその…… 可愛いとは違うかと』
『そ、そこまでですか? ナナカさん?』
『大尉には作戦終了後、特務中隊の予算から可愛いぬいぐるみをお贈りしましょう』
ううう、と年相応な悔しそうな声を上げ、納得いかないとふて腐れるレナ大尉と、我々もちょっと可愛いとは思いませんと、
『よし、茶番はここまで。上の方から突撃の許可が下りた。ルートは前回撤退した道の逆にたどるプランAでいく。全機、対レーザー防護マント着用!』
稲葉中尉の指示で、11機のバンガードと3機のマスカレイドが、耐熱に特化した防護マントを羽織っていく。5mの巨人を覆い隠す、巨大な複合繊維で編まれた布でバンガードの濃緑と、マスカレイドの白色が灰色に染め上げられた。
『まぁ、僕のダークギャロップには装備できないんだけどね』
「中尉は最後方から指揮をお願いします。前線は自分とナナカで」
『頼むよ、
稲葉中尉の声に、タクミのエクスバンガーと、ナナカのバンガードが最前線に進み出る。陣形は航空機の編隊におけるアローヘッドに近い。二人が切先として敵陣を切り開く非常に攻撃的なフォーメーション。
これまでの防戦一方であった戦いでは、使用する事のなかったもの。これまで状況に翻弄されて来た彼らが、それをひっくり返す側に回った故に。
「それじゃ、行きましょう。予定通りに、計画通りにメガフロートを取り返しに」
『ほんと、余裕だねぇ。責任は僕に押し付ける訳だ』
「ですね、前回と同じく責任も、名誉も中尉殿にプレゼントします」
グラ・ヴィルドを撃破する時のやり取りをもじった会話を合図に、タクミはバンガードの操作系統を、
特務中隊はメガフロート奪還の為に征く。タクミ達というこの戦場を決定づける最後のファクターが組み込まれ、戦いは終局に向けて加速していく。勝負の行方は今だ誰にもわからないままに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます