11-2


『ラビット3、4以外は距離を! 最低でも100! 支援機は200まで下がれ!』



 高橋は悠然と迫るバグ・ナグルスに対抗するため状況が動く前に指示を出す。タクミとナナカ、そしてレナ大尉を含む3機の月面近衛騎士団以外の機体が一斉に距離距離を取り、包囲網を形成する。


 対ルナティック7戦術として組み上げられ、そして彼らだけが成果を上げた包囲圧殺戦術。ただしグラ・ヴィルドを倒した時と比べれば僚機の数は少なく、戦力としては心もとない。


 当然ラビット1稲葉中尉ラビット2高橋も後ろに下がる。月面近衛騎士団とタクミ達に任せるのは心苦しい気持ちがあっても、どうしても気持ちだけでは埋まらない操縦技能の差が存在しているのだ。



『ほう、前衛が砕ければ脆いが…… 個々人の練度不足を連携で補うつもりか』



 公用周波数で余裕げな口調でユェン=ターサンは語りながら、ゆらりと7mに迫る巨躯を揺らす。次の瞬間、弁髪型のワイヤードクローが宙を舞い、タクミの駆るエクスバンガードに襲い掛かった。



「――っ!?」



 それを回避できたのは半ば直観、いやこれまで培った経験の賜物だったのだろう。以前よりもより速く、足元に向かって放たれた一撃を強引なバックステップで回避。記憶よりも深くえぐられたアスファルトに、タクミはエクスバンガードの装甲であろうと、直撃すれば無事ではすまないことを理解する。



「重力加速でワイヤークローを加速させている!?」


『ほう! 初手で見切るか! コレを振るっていたバンガード乗りですら初撃は喰らったのだがなぁ!』



 笑い声と共に半ばから折れた重斬鉈ヘビィザンナッターがエクスバンガードへ向けて投げつけられた。急な戦闘機動で慣性制御限界が迫っている状況で、10tを超える質量が直撃すれば、無事ではすまない。更に操縦桿を捻り、フットベダルを小刻みに揺らし、半ば倒れる形で強引に回避。



「このぉっ!」


『ははっ! ははははは! 流石はエクスバンガード! 慣性制御システムの出力が違う! 並の機体ならこの時点で終わっていたぞ!』


「やられる、訳にはっ!」



 更に距離を詰めようと加速するバグ・ナグルスに対し、超電磁突撃砲アサルトレールガンを乱射する。しかし直撃コースに乗ったはずの弾頭は、直前で下方向に軌跡が歪み、そのまま装甲を掠めてメガフロートを覆うアスファルトを深く抉って消し飛んだ。



ラビット3タクミ! 重力障壁で止められる!』


『ははははっ! その一撃、正面から受け止められずとも逸らす程度ならなぁ!』



 重力障壁を直接的な防御ではなく、弾道をずらす為に使用し、その僅かな隙間を縫って前進。本来なら机上の空論ではあるが、それをユェン=ターサンは文字通り世界最強の技量を持って現実のものとするのだ。



「まずっ!?」



 拳の届く距離クロスレンジ、たったの2手で圧倒的であった射程の有利を覆される。互いに届くのならば共に一撃必殺。奇しくもタクミが以前立ち合った田村中尉とユェンの戦いとほぼ同じ条件に持ち込まれる。


 振るわれる跳躍拳、しかしタクミはそれに対応することは出来ず――



『ッ――! あぁぁぁぁっ!』



 ナナカのバンガードが、致命の一撃を放った拳を、横合いからロングブレードで殴りつける。辛うじて生まれた一瞬の隙を突いて、タクミはエクスバンガードを下がらせた。



『刀か! その程度の軽い刃で何が出来る!』


『致命傷を狙うつもりはないから―― レナ大尉っ!』


『全機、一斉射撃っ!』



 改めてナナカのバンガードに対し、バグ・ナグルスは腕を振るい跳躍拳を叩き込もうとするが、レナ大尉を含む月面近衛騎士団のマスカレイド3機による中口径レールガンの集中砲火にたまらず防御姿勢を取る。そこに追いうちでバンガードによるロングブレードの一撃が叩き込まれるが、その剣筋は重力障壁に捉えられ歪んでアスファルトを切りつけて先端が砕け散った。


 誰も撃破されることなく、タクミ達はユェンの拳が届く範囲から離脱する。しかしそれは一手でも間違えば即死の綱渡り。グラ・ヴィルドと同じ重力障壁を纏い、けれどそれを防御ではなく回避に使うバグ・ナグルス――


 圧倒的な技量に、無敵の盾と矛が組み合わさった怪物。エクスバンガードとタクミを以てしても攻略の糸口すら見えぬ難敵が、笑い声を上げメガフロートを支配し、止められる切り札が見えぬまま戦いは続いていく。





「くそぉ、この乱戦じゃ援護すら……」


『落ち着いて、ラビット2高橋准尉。手出しが無理なら、僕らがやるべき事は?』


「援護が必要なチャンスが来るのを待つ事と――っ!」



 次の瞬間、奇襲する為に忍び寄って来たマスカレイドに対し、高橋は両手で構えた60mmガトリング砲ヘルアヴェンジャーを叩き込む。戦車を正面から鉄屑に変える銃弾の、いや砲弾の嵐で足が止まった処に、周囲のバンガードによる一斉射撃が決まり、敵機は原型をとどめないレベルで砕け散る。



「乱入者が入り込めないよう、迎撃することですかね?」


『そういうこと、他の前線が落ち着いたのか結構な数が迫ってきてるね』



 改めて戦術データリンクに組み込まれたレーダーの表示を見れば、無数の光点が迫って来るのが分かる。最低でもこちらの2倍以上、そのうえで特記戦力エース抜き。高橋以外のバンガード乗りも腕が悪い訳ではない。単純な連携面では並の兵士を上回っている部分もある。けれどそれでも平地で倍以上の戦力に囲まれ対抗することは難しい。



「稲葉中尉、普通にこの場では戦力として期待していますからね?」


『まぁ、仕方ないね。僕だって少佐まで特進したい訳でもないし。ここに援軍に来れる余裕がある部隊もないみたいだし。逃げ回れば死なない精神で頑張るよ』


「基本方針は先ほどの通りで?」



 迫り来るマスカレイドの群相手に、改めて高橋は60mmガトリング砲ヘルアヴェンジャーを向け確認をする。答えは分かっているが口に出して確認することで齟齬を減らすのは重要なことだ。



『うん、優先順位はバグ・ナグルスとの戦闘に横やりを入れさせないこと。援護はあくまでも可能なら。一番の目的は生き残るで、ここ死んだらつまらないでしょ?』


『吾輩、死ぬのは恋人の膝枕の上と決めておりますので。まだ独り身ですが!』


『だなぁ、せっかく戦争が終わりそうなのに死ねないっすわ』


『やな、多少の無理は通しても生き残りたいですやん』



 残りの面々も思い思いに武器を構える。120mm滑腔砲、大型ハンマー、トマホーク。それぞれが自分が選んだ、命を預けられる獲物に思いを込めて。タクミとナナカ、二人の助けが待てない以上、彼らが命を落とす可能性は決して低くない。戦えば勝利できるとしても犠牲無しで切り抜けられる戦力差ではない。


 それでも彼らは精一杯笑みを浮かべ、自分達が出来る限りで足掻くのだ。少しでもマシな未来の為に、生きるための戦いを続けた結果、辿り着いたこの場所で。後にこの戦場の趨勢を分けたと評される戦いの幕が切って落とされた。





 ユェン=ターサンは人生で一番、死を感じ、そして生も同時に感じていた。大隊規模の部隊に強襲を仕掛けたよりも、数度自分を狙った核攻撃よりも。そして先程戦った教導隊との戦闘よりも。今この瞬間、特務中隊だけが自分を殺せる力を持つ存在だと確信し、その上で笑いながら拳を振るう。



(ああ、あるいはここでなら死んでも良いのかもしれん)



 デュアルコードを組み込み、重力障壁と跳躍拳を併せ持つ、現状最強のルナティック7と化したバグ・ナグルスをもってしても、目の前に立ちはだかるエクスバンガードとの戦力差はやや有利、あるいは互角。


 その上で残った5本の刃を振るうバンガードも、レナ=トゥイーニが駆る月面近衛騎士団仕様のマスカレイドも、どちらも一流の戦力と見て差し支えない。対自分という意味ならば教導隊12機すら上回る。それがユェン=ターサンから見た彼らの評価である。



(だがまだ、"発射準備"は整っていないか。ならば最低限の義理を果たす為、なによりどうせ死ぬのなら、全員倒して相打ち程度には死に様を演出したいものだ)



 ここで無様に生き残れば後は朽ちて生き恥を晒すのみ、ならばとユェンは拳を固める。己が最強である事実を歴史に刻むため、文字通り決死の覚悟―― いや今日は死ぬには良い日とばかりに平常心のまま、彼は戦いを止めようとはしない。


 双方の天秤はつり合い、薄氷の上で歪な楼閣が積み上がり、それを崩すのは偶然か? それとも誰かの意思か覚悟か? その一瞬まで、剣と拳、そして砲弾が終わらないワルツを奏で続ける。

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