第11話『メガフロート決戦(後編)』
11-1
「このタイミングで新しい部隊の投入……か、予想の範囲にはあったがね」
レイジ・レイジのコックピット内で、ジャック=マーダンは状況の悪化に苦笑いを零した。最初から単純な戦力の上では勝ち目はなく、とにかく時間を引き延ばす事が目的の戦場。
ある程度被害を受ければ撤退すると見ていたが、ここで更なる戦力を投入しごり押しをしてくる可能性は意図的に低く見積もっていた。
そもそも、それをやられてはどうしようもない。手は足りていても根本的に頭が不足している月面帝国上皇派にとって、本来は悪手に成りえる戦術の逐次投入、即ち波状攻撃こそ最も対処が難しい攻撃になる。
「それもエクスバンガードがいる部隊、ユェン以外の戦力じゃ焼け石に水だな」
事実として新たに投入された中隊規模の部隊は、破竹の勢いでマスカレイドと対空レーザー網によって組み上げられた防衛網を貫いていく。まさしくそれはルナティック7と同じ一点突破―― いや、個の性能を生かしながらそれを支援する戦力があってこそ成り立つ戦術。
全体としては月面帝国上皇派に有利な戦場。しかしその有利はレイジ・レイジとバグ・ナグルス。この2つの特記戦力、ルナティック7によって支えられている。
その2機が存在しない場所に、エクスバンガードを含む中隊が切り込んだ結果。戦況は加速度的に地球側に傾いていく。防衛ラインに生まれた傷を癒す予備兵力は存在していない。
レイジ・レイジの"狙撃"によって国連軍の揚陸艦を足止めし、得られた数的な有利があっという間にひっくりひっくり返されていく。
「だが、まぁ。それでもワンチャンはあるかねぇ?」
ジャック=マーダンはコックピット内に追加された画面に目を向ける。そこに映るのは
今だ完璧ではない。それでも1射ならば耐えられると技術者達を動員し、戦いの最中でありながら作業を続けていた。発射さえ出来ればそれだけで勝利。もはや狂信を超え、確信に至った思考がただ彼らを駆り立てる。
戦場の狂気を超えた場所で、粛々とカウントダウンが進む。二つに折れた白亜の塔、いや"砲塔"が狙う先にあるものは見えることなく。今だ勝利を示す天秤は傾きは揺らぎ続けたまま戦いは続いていくのであった。
◇
『
「8秒貰えるなら、撃破まで」
『6秒で頼む!』
まったく無茶を言ってくれるとタクミはヘルメットの下で獰猛な笑みを浮かべる。動作モードは
そもそも戦場は建屋が多い港湾地帯。そこまで敵も味方も加速出来るタイプの戦場ではない。それでも時速100km以上の速度で5mの巨人が激突する戦場は、ある意味で音速を超えた戦いより力強さがあった。
透けるような青空の下、アスファルトで組まれた建屋を縫うように、
マスカレイド3機によるお決まりの
発砲、身を隠そうとしたプレハブ建築と共にマスカレイドを1機吹き飛ばす。ここまでで2秒。更に加速、白兵戦に対応するため
樹脂装甲相手に武器を使う必要はない。慣性制御システムに裏打ちされた莫大な出力と、通常のバンガードと比べて1.5倍の装甲を叩き込めばそれで終わり。丁度仮面を叩き潰されたマスカレイドが機能を失い倒れ込む。
しかしその合間に辛うじて
恐らく操縦していたクローンは何が起こったのか、理解することすら出来なかっただろう。その直後、丁度コックピットに向いた砲門が火を噴き、予定より1秒早く、無茶振りより1秒遅く、タクミは3機のマスカレイドを撃破した。
「っと、レーザー照準?」
『ちぃ! まだ残っていたか。レナ大尉、狙えますか!?』
『問題ありません、この程度ならば確実に』
タクミのエクスバンガードが羽織ったマントにレーザーが収束し赤熱する。しかしそれが装甲に届くより先に、
「レナ大尉、お手数をおかけしました」
『いえ、多少以上の働きをこなさなければ、共闘している意味がありませんので』
機体こそヴァル・ボルトというルナティック7の特機から、月面近衛騎士仕様のマスカレイドになったものの、レナ大尉の働きぶりはそう大きく変わらない。むしろ周囲を巻き込む心配がなくなり、より柔軟に共闘出来ているのかもしれない。
『ふぅ、僕はマント羽織って無いんだからさぁ。クリアリングはしっかり頼むよ』
『そんなことを言って、稲葉中尉は働いているんですか?』
稲葉中尉が叩いた軽口に、ナナカが軽口で皮肉を返す。通常の部隊ならば問題になってもおかしくないレベルの発言だが、殆どいつも通りのやり取りと化している。
『あのなぁ、中尉が戦術レベルで指揮を取ってくれるから、戦闘レベルで俺がフリーハンドで動けるんだぞ?』
一応高橋がフォローを入れるが、発言そのものを咎めはしない。良くも悪くも緩い空気と、それに反して必要な場面では集中できる切り替えの良さが、特務中隊をここまで歩ませたのだろう。
「実際全体の動きとしてはどうなんですか? 稲葉中尉」
先程のレーザー砲塔とマスカレイド3機の撃破で生まれた余裕で、タクミは状況確認を優先した。他のメンバーも警戒を解かないまま、弾倉の交換や、刃が潰れたブレードの投棄を開始する。
『うーん、ある程度僕らがここまで突破したことで戦況は有利に傾いているけど…… 未だに教導隊と連絡が取れないのが気になるかな?
それまで何があっても平静を保って、いや
その目に飛び込んできたのは、加速的に数を減らしていく教導隊のマーキング。
それまで辛うじて保たれていた均衡が崩れ去ったかのように、1秒毎にその表示が数を減らす。それはこれまでのタクミ達とは逆、
『ちっ! 全機迎撃態勢! 稲葉中尉、ユェン=ターサンが来ます!』
『確かに―― そりゃ、この状況をひっくり返すなら、教導隊を倒して、その上で僕らを全滅させるしかないんだけどさぁ。それでも本当にやっちゃうなんてねぇ』
『稲葉中尉、こちらでもバグ・ナグルスの信号を捉えましたが。これは―― グラ・ヴィルドの反応も同時に確認しました』
「アレを、復元したんですか……!?」
タクミの脳裏に巨大な黒いIAの姿が思い起こされる。実のところエクスバンガードとグラ・ヴィルドの相性は最悪の一言に尽きる。直接的なパワーでルナティック7の特殊能力を発揮される前に撃破することをコンセプトとしたエクスバンガードは、そのパワーを正面から受け止められるグラ・ヴィルドが相手では圧倒的に不利。
グラ・ヴィルドを倒す為に必要な物は、圧倒的な面制圧火力とそれによって生まれた隙を突く高度なコンビネーション。そのどちらもエクスバンガード単機では用意する事は出来ない。
だからといって、戦力を集中しようにもこの場に向かってくる反応は2機。グラ・ヴィルドに集中しようにも、そこにバグ・ナグルスが介入してくるとなれば、そもそも戦力を集中させることは不可能に近い。
タクミの中でクルクルと状況に対する考察が回る中、更なる一言が全ての条件をひっくり返す。
『いえ―― これは。バグ・ナグルスからグラ・ヴィルドの信号を感知。まさかルナティックコードを二重に搭載して、発掘遺物を同時に起動している?』
感情を感じさせないレナ大尉の声に焦りが混じるのをタクミは理解し、そしてタクミ達の視界にバグ・ナグルスが現れた。ただし両肩とそして胴体へ、強引にグラ・ヴィルドのパーツを組み込んだことで、人型のシルエットが大きく崩れ、より異形と化した姿で一歩、また一歩と迫る。
そして何より一番の異常は、その手に持った
タクミ達は目の前に立つ存在が、文字通りの世界最強である事を改めて認識するのであった。
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