01-2


「姿が見えないと思っていたらやっぱりココ…… タクミ、起きてる?」



 外から聞こえる凛とした声に呼ばれて、西村巧にしむら たくみの意識は現実に引き上げられる。暫く惚けていたようで、画面に表示された動作ログもエンドマークで止まっていた。


 彼はあくびを吐き出して目を擦ろうとする。だが狭い操縦席ではそれは難しい。何せ体を囲うように機器が配置されているのだ。外に一声かけてハッチを開くボタンを押し込む。


 その瞬間、視界の上部がシリンダーで開き。数時間ぶりに外気に晒されて、熱が身体から出ていくのが心地よい。



 夕方の体育館に広がる澱んだ空気でも冷房を切った操縦席よりも涼しく。彼は一旦眼鏡を外し額に汗で張り付いた髪と一緒に不快感を振り払う。


 すぐに汗で湿ったジャージとびしょびしょの下着が不快になるのは分かっている。だが密室からの解放感は、しばらくその事を忘れさせてくれる程に心地が良かった。



「ちゃんと起きてたよ、ほら機体の動作ログを見てたんだ」



 照れ隠しで分かり切った嘘をつきながら。そのまま乗っていたバンガードの腰部。慣性蓄積器イナーシャルキャパシタに足を下ろしそこからひょいと地面に跳び下りた。


 直立時なら3mの高所になるが、待機状態である正座時なので2m弱。飛んで降りれない高さ。安全を考えれば手順を踏んで降りるべきだが、注意する人間はこの場に居ない。


 今体育館にいるのはタクミと、セーラー服を着込んだショートポニーの彼女。そして4機の教習用に軍から払い下げられたバンガードだけである。


 体育館に身の丈5m近い巨人が並んで正座している光景は、人によっては異様な光景に映るのかもしれない。だが彼らにとっては慣れ親しんだ日常の一幕であった。



「こんな時でもそんな風だから、アームドジャンキーって呼ばれるだよ?」


「いやぁ、そんなに褒められると照れるねぇ」


「そう本気で言い切れるタクミは大物、間違いなく」



 はぁと大仰にため息をつきながら半眼でタクミをにらむ少女は御剣那奈華みつるぎ ななか。本人曰く明治時代の苗字制定令で誕生した由緒正しいミーハーな剣術ニワカの家系。


 クールな雰囲気を纏っているが、可愛らしいショートポニーが似合う幼げな顔立ち。そして自称150cmの低身長から、高校生3年生でありながら未だに小学生に間違われる事が多い事実を気にしている。


 しかし意外な事に彼女が刀を握れば様になる。分かりやすく表現するなら、低身長のハンデを無視して高校女子剣道日本一に輝く程度にはずば抜けた腕前なのだ。


 剣士として超一流、その上で無表情かつ言葉が少ない事も合わさって変人に分類されるタイプの人間。つまり同じ変人同士でアームドジャンキーと呼ばれるタクミと気が合うのかもしれない。



「けど、何故わざわざ卒業式の日に?」


「この子を弄れるのも今日が最後だし。この前にやった模擬戦のログをもう一度見返したくて…… それに打ち上げが始まるまでには終わらせるつもりだったんだよ?」



 最終的にあの模擬戦はタクミとナナカの二人が暴れ回り、士官候補生チームが文字通りほぼ壊滅状態にまで追い込まれる結果となった。予定外の大番狂わせに上も下も騒ぎになって暫く騒がしかったことも記憶に新しい。



「つもりじゃ無意味、時間はちゃんと気にして欲しい」



 だがその思い出を反芻はんすうするタクミの行為は彼女にとってはあまり共感出来なかったようだ。もしくは出来たとしてもそこまでする意味が分からないのだろう。



「それに関しては、その前向きに善処しますから許して?」



 あははと愛想笑いをしながらタクミは眼鏡をかけ直す。彼にとって慣性機動兵器イナーシャルアームドとは己の半身に等しい存在である。


 月面帝国が地球との戦争に投入した、月に有史以前に存在していたとされる超古代文明の遺産。人類史丈初の宇宙戦争においてIAはこれまでの軍事的な常識をひっくり返した。


 もっとも彼が生まれる前に地球側もリバースエンジニアリングを行いIAを実戦配備している。だから敵の超兵器というより現代の主力兵器という実感が強い。


 その汎用性と性能の高さ、そしてコストの低さから、万を超える数の機体が生産された。そのため旧式の機体は訓練機として、払い下げられる場合も多い。この体育館に並んでいる地球産第一世代IA『バンガード』もそんな機体の一つである。



「ただ、3年も乗っていれば愛着が出るのは分からなくもないかも」


「でしょ? バンガードは素直でいい子だからね」



 タクミは先程まで搭乗していたバンガードの深緑に塗られた装甲を優しくなでる。人と比べてパーツが太くマッシブなボディを装甲で覆った姿はスマートではない。


 しかし頭部に仕込まれたカメラアイが双眼で、兵器としての剛健さを持ちながらデザインがヒロイックな為、代表的なIAとしてメディアへの露出も多い。


 ただ実戦投入から10年近く経過した古い機体である事は確かで、部品調達の問題や地球側のIAにおける基本運用の変化から、一線を退き作業用や訓練用の機体として運用される事が多くなっている。


 瞬間的な機動力と防御力、特に白兵戦においては新型機に引けを取らないスペックを誇るが、連携や火砲による飽和攻撃に向いた機体ではないのだ。



「それで、いつまでそう見上げているつもり?」


「べ、別に名残惜しんでないし!」


「十分触ったと思うんだけど、もうそろそろ教室に行こうか?」



 言葉とは裏腹な態度で名残惜しそうに操縦席を見上げるタクミにしびれを切らし、ナナカは機体のふくらはぎのレバーを引いて操縦席を格納する。その衝撃で他の機体よりも少し長めなプレートアンテナネコミミが左右に揺れた。


 あぁ、と彼が上げた抗議の声を無視して、彼女はその袖口を掴み体育館出口横に設置されたシャワー室まで彼を無理やり引っ張っていく。



「さぁシャワーを、着替えて出て来るまで待ってるから」


「流石にここまで来れば観念して着替えるからさ、先に――」


「半年前、私が先に行った後。もう一度バンガードに乗った事があった」



 ジト目で下から睨みつけるナナカの視線を、タクミは斜め上を見つめて避けようとする。このままゴネてIAを弄りたい気持ちも確かにあった。


 しかし、タクミ自身も卒業式後の打ち上げに一切顔を出したくない程、クラス内部で孤立していないしクラスメイトの事を嫌ってはいない。


 ついに彼も観念しシャワールームに入っていった。



「まったく、もう少し。けど…… 昔と比べればずっとマシ、かな?」



 それを見送ったナナカはため息をついて空を見上げる。夕焼けは既に夜の黒で塗り替えられて、綺麗な月が浮かんでいる。しかしそれは彼女達にとって生まれた時から敵と呼ぶべき存在であった。


 アポロ計画で発見された月面遺跡、その調査の為に作られた月面基地が月面帝国を名乗り反乱り地球に侵攻する、それも人型二足歩行兵器を主力にしてだ。


 一昔前のアニメそのままな筋書きは、残念ながら現実で。そしてもうすぐ終わりを迎える。


 ここ数年の交渉によって4月の半ばに結ばれるのは停戦ではなく終戦協定であり、生まれて初めて彼らは戦争のない時間を過ごす事になるのだろう。



 しかし彼女達にとってその実感は薄い。



 日本を含む先進国は戦時中、積極的に普通高校の科目として軍事教練を導入しており。若者は皆必要があれば戦場に向かうのが彼女達にとっての常識で、平和なんて言葉は古いドラマか漫画の中にしか存在しない。



(もしも平和になったなら、月を綺麗と思えるのかな?)



 そんなことを考えていると、いつの間にかシャワーの音は止まっていた。振り返ればタクミが濡れた髪をタオルで拭いながら、ペットボトル片手に現れる。


 耳に水が入って気持ち悪いとこぼすタクミに対し、ナナカはもう一度ため息をつき今度は袖ではなくその手を握る。そして二人は自分達の教室を目指すのであった。

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