01-3


「よう、まーた愛しのバンガードちゃんの処に入り浸ってたのか?」


「愛しの…… というか体の一部みたいなものかな?」


「ジョークのつもりが割とガチな返事でちょっとドン引きだわぁ」



 教室の扉を開けると、そこは宴会場だった。


 クラスで一番のお調子者、高橋が遅れて来た二人を出迎える。彼の背後には普段綺麗に並んでいる机が、全てロッカー側にまとめられている教室が広がっている。


 そうして空いたスペースにクラスメートが思い思いの格好で座り、騒ぎ、踊り、近所のスーパーで買ってきた惣菜や、近所の肉屋で安く仕入れた肉をホットプレートで焼きながら貪っていた。


 更に本来なら大人にしか許されない飲み物を口にしている者もいた。しかし誰も気にしていない。もし教師がこの光景を見たとしても、口頭であまり騒ぎすぎるなと注意して終わるだろう。



 普段ならまだしも専門科目で軍事教練を選択し卒業後兵役につく予定の学生ならば、卒業式後の打ち上げで多少ハメを外しても見逃すのが通例になっているのだ。


 最も4月の半ばに終戦協定が結ばれるのが周知の事実となっている以上、このまま戦争が続く可能性は限りなくゼロで、ここにいるメンバーが戦場に立つ確率は低い。


 それでも学費の割引や、自分の趣味、家族への当てつけ、その他もろもろの事情があったとしても人より多く学び、そして鍛えた彼らがそうやってハメを外すのをこの時代、この社会の空気は許してしまうのだ。



「まぁ、とりあえず駆けつけ3杯って言うだろう?」


「だが内容は指定されてないでしょ、だから自分はコーラを3杯飲み干す!」


「タクミ、逆にそれ辛くないかい?」



 ナナカからの心配そうに見上げる視線もなんのその、高橋が注いだコーラを1杯、また1杯とタクミは一気に胃袋に送り込む。


 最後の1杯を飲み干す瞬間クラスの視線がタクミに集まり、底に残った1滴を飲みほした上でゲップを吐かずに耐えきった彼に対して拍手喝采と称賛が送られる。


 教室全体がお祭り気分の妙なハイテンションに包まれていた。



「よっし、タクミがこんだけの芸を見せたんだ。次は誰が行く?」


「じゃあ俺が行くぜ!」


「いいや、俺に任せろ!」


「はっ! おいおい、ここはこの高橋様が出張るところだろぉ?」


「「どうぞ、どうぞ!」」



 畜生! 分かってたけどこのパターンかぁ! と叫ぶ高橋。破れかぶれでじゃあ脱ぎます! と宣言した彼に対してそれじゃ甘い、いいやもっとハードルを上げろ! 私は脱ぐだけで十分かな、目の保養になるしと外野からやんややんやと声を上げる。


 お蔭で遅れてやって来たタクミとナナカは注目から外れ、騒ぎの中心から少し離れた場所で落ち着いて食事を始める事が出来た。



「ふぅ、タクミがあんな事をするのは少し意外。昔なら空気を読まずに断ってた」


「そりゃ、あれだけ色々言われたら少しは適応する気にもなるよ」



 高校に入学したてだった頃の自分は人付き合いが悪すぎて、無駄な軋轢を生んでいたとタクミは思い返す。あの頃は何もかもがどうでもよくて他人に合わせる事もしていなかった。


 今でも自分の都合を優先する事はあるが、それでも最低限周りの空気を壊さないよう振る舞う事は学べた。もっともそれも高橋というお調子者の世話焼きがいてこその学びなのだが。


 黒板の前で半脱ぎになりながら、道連れを探して騒いでいる高橋に心の中で感謝しながら、ホットプレートを1枚引っ張って肉を焼きながらタレを用意する。ついでにタクミは広げたブルーシートの上にある惣菜を適当に紙皿に盛っていく。



 自分の好きな料理だけを盛るのもどうかと思い、ナナカの好きな白身フライや春雨のサラダなど、軽いメニューも合わせて紙皿に取る。これで良いかと陣取った場所に戻るとナナカがばつの悪そうな顔で迎えてくれる。


 手元を見れば恐らく自分と同じことを考えたのか、タクミの好物であるから揚げやポテトサラダが盛られた紙皿が抱えられていた。



「別に、私の分まで盛る必要は無かった。そういう時は声をかけて欲しい」


「ナナカだって人のこと言えないじゃないか」


「わ、私は女の子で…… こういう場面で気を使うのは義務というか」


「男女差別はんたーい!」



 一瞬真顔でにらみ合い、なんとなく互いにおかしくなって笑い出す。入学してからそれなりの時間を過ごしているし、結構互いの事を理解しているつもりであってもこんな風にかみ合わない事もある。


 その事実が無性におかしかった。



「ああ、タクミ。余計に取っちゃったなら俺にくれないか?」


「いいけどさ、細川大丈夫? なんかさっき目の前にあった肉の塊は?」


「もう食べ終った」


「ああうん、程ほどにね?」



 そんな様子を見かねて、もとい餌があるとクラス1の大食漢の細川が寄って来る。


 少々、いや途轍もなく食い意地が張っているという1点を除けば、名前に似合わず体が大きい力持ち、イケメンではないが愛敬のある顔、頼めば出来る範囲ならウンとうなずく素直さが合わさった優しい巨漢。


 しかしその体重が災いし操縦士希望であったにも関わらず、IAに搭乗適正なしとされてしまった過去を持つ悲劇の男だ。


 それでもIAに関わる事を諦めずに、整備員の一員としてこの学校に存在する機体の運用を文字通り支える側に回った辺り、筋金入りのIA好きなのは間違いない。



「……すごい、見ているだけでお腹が膨れそうだ」


「同感って言いたい気分だけど、ちょっとお腹空いてるからなぁ」 



 げんなりとしたナナカを横目に、タクミは頂きますと手を合わせ、紙皿に盛られた料理に手を付ける。塩だけで味付けされたチープなスーパーのから揚げも18歳の食べ盛りで空腹な男の子にとっては最高のご馳走だ。


 結構な速度で紙皿に盛られた料理が消えていくが、少し離れた場所にそれ以上の速度で食料をかき込んでいく大男がいるので目立たない。



「タクミ、もう少しゆっくりで。彼と張り合うのはその…… 健康に悪そうで」


「いや細川と張り合ってるつもりはないんだけれど」


「けれど?」


「ちょっと1杯お茶が怖い」



 全く仕方ないとうれしそうな表情でナナカは立ち上がる。女の子座りだったのでスカートの中が見えるような事は無かった。しかし少女らしい動きが妙にタクミの瞳に焼き付いて少しだけドキリと心臓が揺れる。


 そこから意識をそらそうとするが、お茶をを探しに行く彼女の後ろ姿から目が離せないまま、そういえばと床に直に座ると汚れないかと不安を感じてしまった。


 ごそごそと学ランのポケットを探ると、よれよれのハンカチが見つかった。しかし手拭きに使って無いとはいえアイロンがかかってないそれをどうぞと差し出す蛮勇はなくそっとしまって存在を忘れる事にする。



「はい、ウーロン茶。ペットボトルごと」


「ありがとう、助かった」



 先ほどコーラを飲むのに使ったコップにウーロン茶を注いでもらって1杯ごくりと飲み干す。少し冷えて固くなったから揚げ、業務用ウィンナー、おにぎり、そして先程から焼いているコマ切れ肉で膨れた腹に染み込んでいくのを感じて人心地ついた処でタクミはナナカにじっと見つめられていた事に気が付いた。



「どうしたの?」


「そうだね、君達の食べっぷりを見るとそれだけでお腹がいっぱいになる事もある」



 いつもよりも饒舌な彼女を見て、気分が良いのかな? と考える事を止める。


 ふと大きな歓声が上がった方を見ると、黒板の前でパンツ一丁の高橋が、リボンを外し靴下だけ脱いだ女子生徒と向かい合ってじゃんけんをしている姿が見えた。


 野球拳、ただし一方的にやられている彼に対して男子から怒号を含んだヤジが、女子からは面白いもの見たさの歓声がぶつけられている。



「じゃあさ、ナナカ。ちょっとばっかり食後の運動に付き合ってくれない?」


「分かった、確かにそれは大切」



 タクミの言葉にナナカはほんの少しだけ微笑んで、再び袖口を掴みそのままズカズカと教室の外に向かって歩き出す。


 その小柄な体からは想像できないパワーに抵抗する事なく、タクミはそのまま引きずられていくこととなった。


 ふと振り返ると細川が食べるのを止め、ガンバレと口を動かしたのが目に止まる。


そういうのではないと返そうかとも思ったが、まぁどうでもいいかと握られてない左手でサムズアップを作りそのまま引きずられながら教室を後にした。


 教室を出た直後男子の怒号と女子の歓声が上がって、高橋が野球拳に敗北した事を知ったがまぁいつもの日常だと。ナナカもタクミも、誰も彼も、たぶん高橋本人でさえ思っているのだろう。


 そして戦争が終わるのなら卒業した後も、似たような平和な日々が続くのだと理由もなく信じる事が出来て、タクミはそれが無性に嬉しかった。

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