第10話『メガフロート決戦(前編)』

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「――多少、戦力が目減りする程度は許容範囲だったんだがな」



 東京メガフロート国防軍基地中央指令区画。その中心でジャック=マーダンは報告書を手放した。やる気のない動きで放られた書類はバラバラと床に散らばり、清掃の行き届いた空間を散らかしていく。



「全滅とは、完全に想定外過ぎるだろう。こりゃ……」



 実のところある程度の被害は織り込み済みであった。ジャック=マーダンは今回のメガフロート制圧作戦の最高指揮官ではあるが、そもそも月面帝国に体系立てられた指揮系統は存在していない。


 精々自然分娩で生まれた人間に対して、培養槽から生まれたクローンは絶対服従だとか、ルナティックコードを与えられた人間はより上位者として扱われるといった古代社会レベルのルールがあるだけだ。


 そんな理由でジャック=マーダンは、サミュエル=マーヴェリックの暴走を止めることが出来ず。その結果として多くの貴重な月面人の若者が死んでいったのである。



「そりゃ、やや見積もりは甘い自覚はあったが」



 現状、メガフロートにおける指揮系統はほぼ壊滅状態と言っても過言ではない。本来ならば自由意志と判断力を持つ、サミュエル=マーヴェリックを中心としたグループは下士官としての活躍を期待されていた。


 ついさっきまで、ジャックは一部の技術者を 慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータ の改造からクローンの記憶修正処理に回し、指揮官適性を強引に付加した個体に、権限を与える作業に追われていたのだ。



(まぁ、それもどこまで意味があるかって言われたら微妙なんだがね)



 指揮官適性を与えられても、所詮記憶を焼き込んだだけのクローンは単純な命令しかこなせない。AIによるルーチンワークよりはマシ程度の行動しかとれない。最もサミュエル達のように指示を超えた行動を起こす事はないのだが。


 そこまで考えてジャックは一人で自嘲する。結局のところ彼が求めていたのは指示を聞いた上で、それ以上の事が出来る兵士であって。自分の意思を持ったサミュエル達を必要としていなかったのだ。


 彼らに期待という形で勝手な理想を押し続けた結果が、彼らの全滅を招いたとするならば。それは上位者として押さえつける事も、同志として語り合う事も出来なかったジャックの罪でしかない。



(ああ、そうなら…… この人形だけの軍隊は、俺にとって相応しい物なんだろうな)



 司令部の中を動き回るクローン達を横目に、漠然とそんな事を考える。彼らはジャックが散らかした紙を踏む事はないが、拾うことすらせずただ与えられた命令をこなし続けるだけだ。


 彼らも遺伝子的には人間であり、長期間の教育を行えば自我が発生する。


 けれどその手間を惜しみ、ただただレオニード=ロスコフの掲げた理想の最短距離を走ろうとした結果が目の前の光景。



(ああ、どうせ。人類はジリ貧なんだ。だからさ――)



 未来よりも今この瞬間に、己の手を持って大望を成す。前の戦争における"敗北"と新皇帝アルテ=ルナティアスの出現によって、完全に追い詰められた上皇派の決断である。



「暇つぶし程度の人生を、納得できる思想に捧げられるなら。まぁ幸せなのかね」



 そんな事を考えながら、自ら散らかしたクローンによってまとめられた、報告書という名の事実が羅列された紙を拾い上げる。


 そこに書いてある12人の人名と、24個のクローン識別コードに目をやった後。ジャック=マーダンはそれを、ゴミ箱に放り込んだ。





(エクスバンガード…… アレを乗りこなせる操縦士が生まれたとはな)



 ユェン=ターサンが格納庫で凶暴な笑みを浮かべる。ただしその場所は愛機の前ではなく、120mm滑腔砲によって撃ち抜かれたグラ・ヴィルドの残骸の前である。

 

 原型を保っていはいるものの、コックピットを砲弾が貫通し、力を失った機体はそれがもう既に動く事のない残骸である事を周囲に知らしめていた。けれど、それは完全に死んでいるわけではない。



「ユェン様、量子計測器により、グラ・ヴィルドのルナティックコードを確認。これならば重力障壁を再起動することが出来ます」



 コックピットから響く技術者の声にうむと返事をしながら、ユェン=ターサンはエクスバンガードに対して考えを巡らせる。純粋な戦力という意味で、あの機体は彼にとって初めて、総合戦力で上回る存在であった。


 単純な速度、出力、装甲。その全てにおいてバグ・ナグルスを上回っている。無論跳躍拳が直撃すれば撃破出来るのは変わらないが、それと超電磁突撃砲アサルトレールガンが組み合わされば、最早一発逆転を狙うことは難しい。



 稼働中のIAを正面から撃破可能な射撃武器。無論パイロットの技量が伴って初めて成し得るものであり、既存兵器に対する機動力と防御力の優位は変わらない。しかし遠距離から確実にIAを撃破可能な武装の存在は、非常に厄介だ。


 これまで表に出なかった事と、そもそも出力過剰から整備性の問題を抱えるエクスバンガードを持ちださなければ使用出来ない点から見て。安定性に問題がある可能性は考えられる。


 だからといって希望的観測を元に、無策で相対する真似は愚の骨頂。その為にわざわざ放置されていたグラ・ヴィルドの状態を確認しているのだ。



「しかし、本当にバグ・ナグルスに重力障壁を組み込むんですか?」


「それが実現できるのなら、無敵の盾と矛を組み合わせた機体が誕生する」


「ですが、ルナティックコード同士が干渉する可能性があります。そもそも遺跡の発掘技術を未解析の状態で同時に使用出来ないようにする安全装置としての――」



 その言葉の途中で、コックピットで作業する技術者の背後に人影が現れる。それは先ほどまでグラ・ヴィルドの足元にいたはずのユェン=ターサンであった。たった一瞬意識を外した瞬間の神業に、たらりと技術者の額に冷や汗が流れ落ちる。



「出来るのか? 出来ないのか? 解答はシンプルにして貰えないかね?」


「か、可能ですが…… 安全性と起動の保証はで、出来ま、せん」



 笑みの内側にあるのは純粋な強さへの欲求。事実と外れたことを口にすれば、無駄な装飾を付け加えればどうなるのか想像することすら恐ろしい。技術者は可能な限りシンプルに自分が把握する真実を口にする。



「成程、リスクが大きいと?」


「は、はい…… ですのでこのまま機体を復元し、別のパイロットを――」


「そんな余裕が、今この場にあると、本当に思っているのか?」



 ユェンが放った問いに技術者は言葉が詰まる。余剰のパイロットなど存在していない。サミュエルを含む若手の壊滅は、ギリギリで回っていた月面帝国のメガフロート制圧部隊に致命的なダメージを与えていた。


 仮にクローンのパイロットを乗せたとしても、グラ・ヴィルドの特殊性から使いこなすことは不可能に近い。



「何かを得ようとするならば、リスクは発生する。この状況下で我々の使命を貫くには強力な力が必要なのだ。ルナティック7の力を2つ束ねた―― デュアルコードとでも表現すべき力が」



 自分の意思を既定路線で語るユェンを前にして、技術者は考えることを止めた。そもそも彼を止めることは不可能である事を悟ったのだ。


 そして何より彼自身が、グラ・ヴィルドの重力障壁と、バグ・ナグルスの跳躍拳を併せ持つ機体に対し。まるで誘蛾灯に引き寄せられる虫のように魅力を感じてしまっていたのである。


 乾いた笑みを顔面に張りつけたユェン、粘性の高い狂った笑みを浮かべる技術者。二人の歪んだ笑みがただ格納庫の中に広がって。しばらくした後、作業の音に切り替わる。


 最強のバンガードに対抗する、新たなる切り札を生み出す為。ユェンは死したロック=アーガインが死して留めたグラ・ヴィルドという皮を、死して名を残す一助としてバグ・ナグルスに組み込んでいく。


 バグ・ナグルスとグラ・ヴィルドの力を併せ持つマシーンが真に強力であるかは、今はまだ分からない。けれど、ユェンは確信していた。グラ・ヴィルドを組み込むことで、自らの愛機がより強力になる未来を。





「俺、なんかやらかしましたかね?」


「どちらかといえば、やらかしたのは西村上級曹長候補かな?」


「二等兵から5階級特進で伍長に、そこから3階級特進で上級曹長ですか?」



 時は既に5月の半ばを過ぎていた。特務中隊の為に用意された建屋は今だにプレハブではあったが、最新のコピー機やクーラーが設置され、設備の質で言えば地域方面司令部に匹敵するレベルである。


 そんな中で稲葉少尉と高橋伍長は、クーラーではなく5月の心地よい春風の中で、必死に書類の山と格闘していた。数日前のエア・ファネルによる横須賀基地襲撃の後処理がまだ終わっていない。


 いや、それ自体は既に目途がついており、明日に仕事を回しても問題無いのだが。それに伴う特進の処理が山の様に積み重なっているのだ。



「あー、そういえば少尉は中尉に昇進するんでしたっけ?」


「ははっ、そういう君も准尉に昇進するみたいだよ? 階級的には上級曹長と同格だけど士官としてのルートが開けたからね。手間の面で言えば一番キツイと思うよ?」


「なんでこう、こんなことになってしまったんですかね」



 高橋の愚痴を、あはははと稲葉は聞き流す。実際のところ戦時中であってもあり得ない特例の特進ではある。


 しかしこれまで戦術核以外の方法での撃破が、不可能であったルナティック7。それを戦闘レベルで撃破した実績に対し、少しでも報いようと。あるいは可能な限り使い潰す為に立場を上げようとしたのだろう。


 どちらにせよ、ギリギリ下士官の範囲に収められたタクミやナナカ。年齢の若さを考えれば異常だが、少尉から中尉という1階級の昇進でしかない稲葉よりも。同年齢かつ下士官から士官に繰り上がった高橋が一番苦労が大きいのは間違いない。



「何だかんだで、西村上級軍曹や御剣上級軍曹だけじゃ、グラ・ヴィルドもエア・ファネルも撃墜できなかったって、上の方が高橋准尉を評価してるって事だよ」


「まだ内定の段階ですよね。そして西村と御剣に毎回その上級付けるんすか?」


「まぁ、ちょっと口に出すと間抜けな感じがするけどね。それに見合う成果は上げていたとしてもさ」



 そんな雑談を続けつつ、稲葉と高橋は書類仕事を片付けていく。実のところ士官の仕事は戦闘よりもこういった書類仕事の方がよほど多い。戦争は始まる前に決着していて、準備こそが勝敗を左右する。


 実際にエア・ファネル迎撃作戦も、事前に可能性を検証し、それが可能になる訓練を施し、エクスバンガードを用意したからこそ得られたものなのだ。


 確かにタクミの活躍無くしてあの勝利はあり得なかったが、そもそも高橋が事前にあそこまで用意出来なければ勝負すら出来なかったと言っても過言ではない。



「そういう意味だとさ、月面帝国は何を考えてるんだろうね?」


「……少尉、いやもう中尉って呼んだほうがいいですか? 一応月面帝国のテロリストって言わないと不味いでしょ。アルテ皇帝が事実上の亡命政権で、向こうが実権を持つ軍事政権であったとしてもです」


「あははは、高橋君は硬いなぁ。あ、呼び方に関しては正式に任官してから切り替えて頂戴。けど実際テロリストな上皇派が何を考えているのか分からなくない?」



 確かに改めて考えると、月面帝国上皇派の動きは余りにも軍事的に意味不明であった。皇帝暗殺が目的だったなら、より徹底的な殲滅をメガフロート制圧時に行うべきだった。


 行動から推測するに目的がメガフロートの確保である事は明らかである。けれどそれで何をしようとしているのかは今のところ謎に包まれたままだ。



「……地球でも割ろうとしてるんですかね?」


慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータ で?」


「出来なくはないでしょ、性能的に見れば」



 その一言が引き金となり、稲葉少尉が吹き出してそのまま腹を抱えて笑い始める。完全にツボに入ったらしく、そのまま数分の間、長髪の美丈夫はまともに話す事すら出来ずただ震え続けた。



「いやぁ、地球割りって発想はちょっとダイナミック過ぎるでしょ? なんか昔ロボットアニメで無かったっけ?」


「ロボットアニメって、またクラシックな趣味ですね」



 高橋の言いぐさももっともで、ここ10年程ロボットアニメの新作は絶無ではないがほとんど存在していない。そもそも現実にIAという巨大人型ロボット兵器が搭乗した時点で、ありとあらゆるロボットアニメは文字通り過去の物となったのである。


 ノスタルジーから見続けるファンは存在するも、新作が積極的に生み出されることもない。それこそ年に1本程度のペースで、実写のバンガードが活躍するドラマの方が多い位だ。



「まぁ実際、上皇派はロボットアニメから出て来たとしか思えない連中だ。それこそ目的が地球割りでもおかしくないのかもしれないけどね。ふふふ」


「そんなにからかわんで下さいよ、中尉殿」


「だから正式に任官してからでって言っているでしょ准尉君」



 その一言で何となく笑みを浮かべて、二人は書類仕事に戻る。カチャカチャとキーボードを叩きつつ、けれど高橋は、今だに目的が見えぬ月面帝国上皇派に対する不安を、止めることが出来なかった。

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