10-2



「西村、久しぶりだね。3月の卒業式以来かな?」


「細…… 川、細川。うん久々だね。あんまり体重は減って無さそうだけど」


「ははは、西村は相変わらずだなぁ。こっちもストレスで食事が増えちゃってね」



 既におなじみとなっている横須賀基地の格納庫における、エクスバンガードの整備士との顔合わせは、タクミにとって思わぬ再会となった。


 クラスメイトだった細川、3年間自分の愛機を任せていた、ある意味ナナカよりも付き合いの長い相棒といえるのかもしれない相手。


 制服を見る限り、どうやらタカクラ重工からの出向者のようだ。自分が兵役が終わった後、入社予定だった会社に、友人が社員として在籍しているという事実に少しだけ動揺しつつも、そういえば進路について話した事はなかったとタクミは思い出す。



「もしかして、細川がエクスバンガードの整備主任なの?」


「まぁね、なんだかんだ言って半分位部品は取り替えたけどさ。3年間弄って来た相棒だからって、僕が選ばれちゃってさ」


「ああ、道理で動かしやすいと思ったら」



 その言葉でようやく、エクスバンガードに改装された機体が、自分が3年間乗り続けた愛機である事をタクミは理解する。実のところ操縦席を含め、多くの部品が入れ替わり、シルエットも大きく変わっていたので面影は残っていない。


 けれど3年間乗り続けた機体の癖は、細川の体に似合わぬ繊細な整備と調整によって可能な限り保たれていたようだ。だからこそ、ぶっつけ本番でありながらタクミはエクスバンガードを乗りこなす事が出来たのであろう。



「そう考えると、なんか感慨深いね」


「まぁ、装甲は全部Ex仕様に変更して、操縦席も新型と入れ替えたから。元の機体から流用で来たのは一部の設定と、基礎フレーム位かな?」


「前言撤回、折角の感慨深さが台無しだよ」



 高橋とはまた別種の気安さ、違うベクトルで同じ物を扱う故の、距離があるからこその中の良さが心地よく会話が弾む。細川との久々の再会であったことも大きいのかもしれない。



「それでさ、メガフロートの攻略作戦の日取りが決まったんだよね?」



 一通りエクスバンガードに関する話が終わった後、制圧されたメガフロートの攻略作戦という、ある意味国防軍の兵士にとって今一番ホットな話題に移る。



「うん、六月上旬までには実施されるって殆ど決定。正確な日付はスパイの存在を考えてギリギリまで伏せるらしいけど」



 4月からの1か月半で、ようやく日本はガタガタになった軍隊を再編。反撃する為の用意を整えた。関東圏に配備されたIAの20%近くを失って、それでもここまで立て直したのは驚嘆に値する。


 もっともそれはタクミ達の上げた戦果で、通常兵器によるルナティック7を撃破する目途が立ったという理由も大きい。


 希望はそれだけで人の動きを前向きにする。もしもグラ・ヴィルドや、エア・ファネルを撃破した実績がなかったならば。未だに東京湾メガフロートに核を落すかどうかの議論が続いていたかもしれない。



「西村は、最前線に行くんだよな」


「そう、だね…… 教導隊と協力して、バグ・ナグルスか、ジャック=マーダンのレイジ・レイジのどちらかを相手にする事になると思う」


「長距離射撃でIAを撃破出来るレールガン、だっけ?」



 レイジ・レイジ、バグ・ナグルスに次ぐ古参のルナティック7でありながら。その正体は謎の包まれている。主力武装は大型のレールガンであり、かなりの高精度でIAを撃破可能な難敵である。


 最大で10km以上の遠距離狙撃でバンガードを撃破した記録も残っている。


 出力が安定しないのか、より近距離の射撃で失敗した記録も残っており、またルナティック7としては機体出力が低く、どのような理屈で強力な遠距離攻撃を行っているのは不明。


 超電磁突撃砲アサルトレールガンはレイジ・レイジのそれに対抗する為に開発された武装だが威力と取り回しの面では兎も角、その射程において今だ及んでいない。



「なぁ、西村。僕は御剣や高橋みたいに一緒にIAで戦えないけどさ」


「まぁ、ダイエットしても体格的にアウトなんだっけ?」


「そうそう、肩幅とか無理らしいんだけど、はなしを続けていいかな?」



 どうぞ、と一声かけて続きを促す。今のやり取りは半ば二人の間でテンプレになったものであり、いつもの軽口なのだが、今日の細川の瞳はいつもと同じ笑みは浮かべておらず、自然とタクミも姿勢を整える。



「出来る限りの事はさせてよ。本当にさ戦いが始まったら、僕らみたいなメカマンに出来ることなんて殆どないからさ。後から死んだって聞かされる位なら、無茶言ってくれよ」


「言えることは、全部言うつもりだけどさ。大丈夫なの?」



 メカマンとしての細川の腕前をタクミは信頼している。3年間自分の愛機であるバンガードを任せた相手なのだから。ついでに恰幅のある腹からは無駄に貫禄が漏れているのも多少は関係しているのかもしれない。


 けれどいくら技術を信頼していると、出来ることと出来ないことはある。それこそ現状でも十分な精度を持った間接パーツのクリアランスを、もう二桁上げたいと言っても通らないだろう。


 それこそ部品メーカとの協議や、生産数の問題から即却下されても仕方がない。なによりエクスバンガード自体が、技術資料として残されていたパーツを無理やり組み込んで形にした機体である。


 そもそもパーツその物が用意出来ない可能性の方がずっと高いのだ。



「ほら、タクミってさ。兵役の後で、タカクラに就職する予定じゃない?」


「細川は授業料を支払って、兵役義務を免除してもらった感じ?」


「それでも予備役で、結局こんな風に軍の方で出向って形で仕事してるけどさ」



 言外にそっちの方が気が楽だと匂わせつつ、小腹が減ったのかポケットの中から携帯チョコバーを取り出し食べ始める。あまり行儀がいいとは言えないが、いつもの事なのでタクミはスルーした。


 完璧な人間はどこにもいないし、この程度なら細川の様な大食漢なら愛敬と笑って許せる範囲である。



「そうそう、人事の東山さんって覚えてる? あのメガネの」


「ああ、あのメガネのタカクラの人?」



 細川の言葉でギリギリ記憶を掘り起こす。確か一年前。学校で企業説明会があった時、わざわざ自分を探してやって来て、丁度高校球児に対するスカウトの要領でタクミに声をかけてきたのだ。国防軍から面白い学兵がいると話を聞いたと、どこからか噂を聞きつけたのがきっかけだったらしい。



「その人がさ、可能な限りタカクラがタクミの我儘に応えるってね」


「だからエクスバンガードを?」


「あれは小手調べみたいなものだってさ、それこそラインが閉じてるバンガードをもう一機組み上げかねない勢いだよ」


「なんでそこまで、してくれるんだろう?」



 広告効果を考えれば、エクスバンガードを用意した時点で十分すぎる。むしろ過剰なレベルですらあった。更にそれを超えて支援を申し出る理由が分からない。



「未来の社員の命を守る為って言ってたよ。ほら戦争が終わって、兵役が終われば、タクミはタカクラ重工に就職するんだろう? だからね」


「ああ、確かにそうだった」



 たった1年前に決まって、1か月前までは既定だった筈の予定が、今は余りにも遠くて霞んでいた。それが細川との会話で自分の未来としての実感が湧き出してくる。



「だから、死ぬなよ。西村」


「まぁもう二度、いや三度もルナティック7と戦ってるんだし、そう簡単に死にはしないよ」



 細川の組んでくれたエクスバンガードもあるしね。と小さな声で付け加え、タクミはそっぽを向く。実際にタクミ自身、そこまで生き残れる確信がある訳ではない。


 けれど未来を示して生きろと言ってくれた友人に、見栄をある程度の矜持は、タクミの胸に輝いていた。





 2020年、6月5日、金曜日。数日前より日本近海に集まっていた、米国主導の国連軍艦隊が東京湾の周囲に終結していく。


 F-35C改を艦載機とする米空母アル・ゴアを旗艦とし、英国、仏蘭西。それだけでなく印度や更には中露の艦艇すら含まれている。規模、戦力共に人類史上最大の艦隊と呼んでも間違いではない。



「空母10隻に、護衛の巡洋艦に至っては100隻越えの大艦隊か……」


「ただし主力であるミサイルと航空機はうかつに出せません。メガフロートに月明帝国のテロリストが配備した対空レーザー網によって撃墜される可能性が高すぎます」



 その大艦隊の様子を、横須賀司令部にゲストとして招かれている、アルテ=ルナティアスと西村重蔵は分析する。ここが海軍の基地である事もあり、オブラートに包んでいるが実のところこの大艦隊は張子の虎だ。


 慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータと直結された無数のレーザー防空網は既存の航空兵器では突破することは難しい。仮に出来たとしてもリスクに対してリターンが少なすぎるのだ。


 それこそ日本国防空軍と、現在東京湾付近に存在する空母全ての艦載機を消耗し、ようやく可能性が見えると言えば分かりやすい。


 そこまでして対空レーザー網を潰したとしても、更にIAを撃破する必要があるのだ。積み上がる屍は更に跳ね上がっていき。そうやって手に入れた勝利はもはや敗北と大差ない。

 


 なにより地球人類の敵は月面帝国上皇派だけではないのだ。この艦隊を構成している国同士も微妙な軍事バランスの上で成り立っている。特に意図的にこの場に空母を派遣していない2か国のことを考えれば、そのような策を取るのは愚の骨頂。


 そうやって実質航空戦力が封じられた以上、戦場の勝敗を左右するのは陸戦兵器、即ちIAの部隊である。大艦隊に護衛されたたった10隻の揚陸艦、それこそが実質的な国連軍の戦力だ。



「海から国連軍が、陸から日本国防軍が波状攻撃を仕掛ける…… か」


「皇帝陛下はこの作戦にご不満が?」


「先鋒が国連軍と教導隊になっているのが多少気にはなる程度だ」



 その言葉に対し、重蔵は複雑な表情を浮かべる。判断を尊重すると弟であるタクミに言っておきながらこのざまだ。彼としても平静な気分ではいられない。



「特務中隊は戦果を上げ過ぎました。英雄として知名度が上がり、下手に負けた場合士気に大きな影響が出る可能性があると……」


「すまない、言いにくいことを聞いた」



 実際の処、タクミを含む特務中隊が予備戦力に回されたのはほぼやっかみである。全員が4月に高校を卒業したばかりの新人のみの部隊が、ルナティック7を2回も撃破したという事実は、彼らの英雄視以上に、侮りを生んだ。


 新兵でも倒せるのならば、勝てる戦いならば戦果が欲しい。新人が目立って気に食わない。勝ち筋が見えた途端に命がけの戦場は浅ましい成果の奪い合いと化す。


 彼らが何故勝てたのかを考えるものは少なく、派閥の力学で決められた部隊が投入される。辛うじて教導隊が組み込まれたのは最後の理性といえるのかもしれない。 



(……この戦い、誰がどう勝つのだろうな?)



 月面皇帝アルテ=ルナティアスが皮肉な笑みを浮かべる中。午前10時の時点で、国連軍と国防軍の共同のメガフロート攻略作戦が発動する。

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