10-3


 戦いは地球側の長距離ミサイルによる飽和攻撃と、月面帝国上皇派が配備した防空レーザー網の衝突から始まった。


 多数の駆逐艦、巡洋艦から放たれる総数千発に迫るミサイルがメガフロートに対して降り注ぎ、噴煙が青空を白に染め、その先で文字通り光速の閃光が弾体を貫き爆発の華が空中に咲き誇る。



 だが派手な花火は所詮前哨戦でしかない。本番はもっと下、10隻の揚陸艇がIAを満載してメガフロートに吶喊を開始。


 その半数が強襲揚陸艦を改装したものでIA専用母艦と呼べるものではない。しかし今必要なのは何よりも数である。米英仏から選抜されたスペシャルチームによる一糸乱れぬ突撃が東京湾を貫いていく。


 ミサイルに対する対空砲火に集中しているのかレーザーによる攻撃はなく、搭載された重金属を振り撒く対レーザー煙幕を使わずに、200機近い国連軍のダークギャロップが上陸を果たすかと思われたその時。



 メガフロートからレールガンの閃光が走り、1隻の揚陸艦が大破。轟沈した訳ではない。流石にIAが運用出来る火砲が数発命中した程度で沈むほど、強襲揚陸艦は繊細な兵器ではないのだ。


 けれどブリッジに直撃を受ければ、その機能を喪失する。


 国連軍も無策で突撃した訳ではない。十分な飽和攻撃により強襲揚陸艦を撃破するだけの火力の集中を食い止めようとしたのだ。


 その戦術に対し、月面帝国上皇派が出した答えは単純シンプルな物だった。集中させるだけの火力を用意出来ないのであれば一撃必殺。長距離レールガンによる直接射撃。



 メガフロートの中央で1機のIAが身の丈を超える超大型のレールガンを構えていた。ユェン=ターサンのバグ・ナグルスに次ぐルナティック7の古参。ジャック=マーダンのレイジ・レイジ。


 薄緑の装甲に包まれた機体は、バンガード程ではないが太い四肢を持ち、大型のレールガンを単機で支えることを可能としていた。そして最大の特徴はシュモクザメの如く頭部の左右から伸びるセンサーユニット。


 三対六基の光学センサーが蠢き、次の得物を捉える。照準、発射、撃破。更に1隻の強襲揚陸艦が足を止めた。それは10kmを遥かに超える遠距離狙撃。一般的なIAの戦闘距離は1kmを下回る。


 最大の仮想敵であるIAが一般的な火砲では、それ以上の遠距離になると慣性制御システムによって無効化してしまうからだ。現代に突如として現れた神話や英雄の時代の得物、それがイナーシャルアームドである。



 ならばこの常識外れの狙撃を行うレイジ・レイジとは、サジタウルスの矢。神話の時代から蘇った力が、国連軍の主力を有無を言わさず無力化していく姿は、まさしく悪夢と呼ぶべき絶望であった。





「やはり、国連の主力部隊は足止めされたか」


『田村中尉はこれを予測してたんですか?』


「当たり前だ、ルナティック7と戦って生き残った経験で俺以上の奴は早々居ない」

 


 田村豊一はバンガードの操縦席に、その曲を無理やり押し込んだ状態のままで、無線からノイズ混じりの部下の軽口に応える。今彼らがいる場所は陸上ではない、強襲揚陸艦の中でもない。海面から70m下、東京湾の底。


 本来、バンガードは海中で運用されることを想定していない。しかし月面でも小改造で運用出来る高い気密性は、そのまま海中にも転用できる。


 無論IA特有の高機動や超防御をそのまま発揮することは出来ない。海底に設置し他としても海水という莫大な質量を持つ運動ベクトルが、慣性制御システムが十全に機能することを妨げるのだ。



 しかし、だからこそ奇襲用のルートとして海中とは有用となる。特に月面帝国を含む海が無い国はこういった奇襲に対する備えが薄い傾向が強い。そして備えを行っていたとしても、海洋国家日本は多少の機雷防衛網程度なら物ともせずに突き進む。


 今もまた田村の部下が駆るバンガードが、海中に設置されていた機雷を無力化する。月面帝国は古代遺跡による超技術によって、その地位を保っている国家だがだからこそ、その技術は万能ではあり得ない。


 どうしても発掘品次第で出来ることは限られ、そしてこういった海中における嫌い防衛網といったピンポイントの技術は特に苦手とする分野となる。



『また一つ解除っと、しかし司令部への通報すら無いとは本当にただの機雷ですね』


「つまりまだ敵はこっちを認識していないって事だ、言い方は悪いが国連軍が囮になっている間にメガフロートに上陸する。沿岸部までの距離は?」


『あと2000m弱、多少スラストパックに負荷はかかりますが、跳んで跳べない距離じゃありませんぜ』


「よし、全機潜航バラストを排除。海面に到着次第ロケットブースターに点火! 教導隊の実力を世界と、テロリスト共に見せつけるぞ!」


『『『了解っ!』』』



 田村中尉の指揮する教導隊、27機のIA大隊が海底から一気に浮上する。都市迷彩仕様のバンガードが、スクリューによる推進力で海面に到達した瞬間、爆発的な化学燃料の燃焼により、音を切り裂きながら宙を跳ぶ。


 水面効果により、海中を突き進むために切り詰められた短翼の揚力を補い、一気にメガフロートに向けて加速していく。


 ほぼ海面すれすれ、数メートルを飛翔することで防空レーザー網から逃れた教導隊は何にも邪魔されず、攻略作戦におけるメガフロートへの一番槍を成し遂げた。



「よし、特務中隊のガキどもに仕事を残すな! この戦争の始末は俺達でつける!」


『まぁね、あいつらはやりますけれど、こっちにも意地がありますからね』


『20歳になってない青臭い連中に、一番の無理を押し付けるなんて男が腐るぜ』



 実のところ、教導隊も行動としてはタクミ達特務中隊を押しのけ先陣に名乗りを上げた部隊の一つである。けれど彼らが目指すのは特務中隊から栄光を奪う事ではない。敗北の可能性を、死の可能性を奪い取る事だ。


 学生時代既に頭角を現していたタクミやナナカは、何度か教導隊の訓練に参加している。ある意味彼らにとって弟子と呼ぶべき存在であり、人は命がけの戦いの中で人は守るべきものを求める。


 彼らにとって特務中隊は守るだけの意味と、価値を持つ存在と化していた。無論それは自分達より相手を下に見ている側面も孕んでいる。けれど、それでも前向きな心意気で戦いに挑む。理屈の先にある納得を得る為に。



『おかしいですね、隊長…… 哨戒中のマスカレイドと遭遇しない』


「なに? 周囲に敵影は?」


『ありません、異常に静か――』



 それを言い終わる前に、彼らの駆るバンガードのセンサーから警報が放たれた。慣性反応イナーシャルエフェクトとそれに伴う重力変動。


 田村中尉がそのとき回避行動を取ったのは完全に直観でしかなかった。常識を超えた部分に存在する超理論が彼の腕を動かし、操縦桿を捻り、半ば倒れ込むように愛機である都市迷彩仕様のバンガードが身を屈める。


 その上を大型のワイヤークローが通り過ぎ、横凪に振るわれた。1機部下のバンガードがそれに引っかかりそうになるものの、他の機体が放った40mm突撃機関砲によって辛うじ片腕をもぎ取られるだけの被害でとどまる。



『ふぅむ。重力波を使って軌道を変えてみたが…… 使い勝手は良くないか?』


「その声―― まさか!?」



 次の瞬間、ユェン=ターサンが放ったのは田村への返答ではなく、追撃の一撃であった。ワイヤークローが唸り、次々と教導隊のバンガードに襲い掛かる。油断すればどれも一撃必殺の絶技。


 しかし受ける側も教導隊、一般の兵士に対して教育を行う為に編成された日本最強を集めた部隊である。本来前線に出すべき存在ではないが、だからこそそこに所属する誰もが世界最強の一撃を凌ぐだけの実力を秘めている。


 けれどそれを予測した上でユェンの攻撃は彼らにダメージを蓄積させていく。センサーを破壊し、通信機を砕き、装甲を歪ませ、長期戦になれば効果が出るよう、その力を削り取っていくのだ。



「攻撃角度―― あそこかっ!」


『全機、40mmでポイントA3を集中砲火!』



 タッチパネルで田村が示したポイントに、20機以上のバンガードが集中砲火を開始する。途端にザザザと空間が歪み、ボロボロになったマントを羽織ったバグ・ナグルスの姿が現れる。



『まったく、舐められたものだ。我々とてこの程度の小細工はする』



 恐らくは慣性制御システムを停止させた状態で、光学迷彩を羽織って待ち構えていたのだろう。どうやら月面帝国は彼らなりに海中からの奇襲に対して、策を持って当たっていたのだ。



『教導隊のバンガード27機、以前ならば撤退する場面ではあるが――』



 バグ・ナグルスは既に弾幕でボロボロとなり、用をなさなくなった光学迷彩を脱ぎ捨てる。その下にある姿に対し田村は驚きの声を上げた。



「バグ・ナグルスに、グラ・ヴィルドのパーツを組み込んだのか!?」


『その通り、本来なら起動するかも怪しかったのだがな。ちょっとした工夫でこの通りよ―― この無限拳の矛と、重力障壁の盾。矛盾を現実に成し得ればどうなるのか教えてやろう!』



 青いバグ・ナグルスの装甲の上から、黒いグラ・ヴィルドの装甲を纏った姿。機動性を確保するために追加装甲は一部だけにとどまっている。しかしグラ・ヴィルドが持つ防御力の本質は、装甲ではなく重力障壁である。


 文字通りの矛盾を目に前にして、田村中尉はただ覚悟を決め重斬鉈ヘビィザンナッターを構え、史上最強に対し戦いを挑む。


 例えそれが勝ち目のない勝負だとしても、せめて一矢報い次につなげる為に。

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