11-4



 青空に向けて、バベルの如く突き立つ慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーター。その根元に3桁近いマスカレイドが火線を向ける。統率こそ取れていないが、圧倒的な火力はただそれだけで狙われたものからすれば驚異でしかない。



「くそぉ! 有体にいってユェン=ターサンと戦うより厳しいですよね? これ!」



 既に弾の尽きた60mmガトリング砲ヘルアヴェンジャーを投げ捨て、なけなしのグレネードを爆薬として設置する高橋のすぐそばに、レールガンの流れ弾が跳び込んだ。運が悪ければ慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターに設置中の"起爆装置"もろとも自分が吹き飛ぶと、彼は悲鳴を上げる。



『ははは、実質中隊程度の戦力で、敵の中枢に切り込んだ訳だからね! あと1機。ルナティック7がフリーハンドで動いているから襲われたら終わりだし!』

 


 半ばヤケクソに近い笑い声を上げながら、稲葉中尉のダークギャロップがお返しとばかりに120mm速射滑空砲を放つ。本来部隊指揮官である彼が戦闘に参加している現状は良いとは言えない。むしろ悪い。けれどそんな事を気にする段階は既に過ぎ去った後。



『たとえ、どれだけ難易度が高かろうと、ここで慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターを止められなければ、地球が終わってしまう可能性もあります!』



 前線でマスカレイドを撃破しながら、レナ大尉が叫ぶ。同じ機体であっても、彼女達が駆るのは月面近衛騎士団ルナティックインペリアルガード仕様。1対1なら余裕を持って圧倒できる。


 けれど周囲の状況に対して、その程度の性能差は焼け石に水でしかない。味方の戦力は高橋の機体を除く8機のバンガード、レナ達の3機のマスカレイド。そして稲葉中尉のダークギャロップ。合計12機1中隊が今彼らの手札。



 対するはユェン=ターサンを除く、メガフロートに展開する上皇派の全戦力。



 ある意味、彼らがこの場所に辿り着けたのは、あるいはタクミとナナカが命がけで得た勝利よりも奇跡に近かったのかもしれない。その殆どが記憶を焼き込まれたクローンであっても3大隊に匹敵する大軍を、バンガード9機、マスカレイド3機、ダークギャロップ1機の中隊規模の部隊で突破出来たのだから。



『吾輩、もうアレですかね。辞世の句を詠んだ方がいいですか?』


『ラビット5、そもそも読めるだけの教養はあるのかよ?』


『いやぁ、死に際の句なら多少下手でもそれっぽく扱われますって――っ!?』


『ラビット7!? くそぉっ! 援護を、誰か!』



 けれど、奇跡の快進撃はここまでだ。後は順当にすり潰される。運が良ければこちらが全滅する前に、援軍が来る可能性はゼロではない。けれどそれまで持ちこたえられるのは不可能だ。



ラビット2高橋准尉、あと何分?』


「5―― いや、3分で仕上げる!」



 稲葉中尉の問いかけに、部下であることをあえて投げ捨てタメ口を叩く。どうせ死ぬなら、これ位の言いぐさも構わない。


 ガチャガチャとバンガードを操作し、強引にフレームを捻じ曲げ、機体をねじ込み、慣性制御回路イナーシャルサーキットを組み立てる。バンガードそのものをある意味起爆剤として用いて、慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターを暴走させるのだ。不安定な、けれど今手元にあるカードで一番確実な方法。



『……まぁ、本当にギリギリだね。ちょっと僕も前に出るよ』


「援軍は、間に合わないんだな」


『そうだね、もうちょっとちゃんと動いてくれると踏んでたんだけどね』



 実際、高橋達や教導隊の様に全うに動ける部隊の数が少なすぎた。ルナティック7を過小評価するか、あるいは過大に評価し、作戦通りの動きを出来たのはごく一部。もし特務中隊がいなければ、この時点で上皇派の目的は達成されていただろう。



「まぁ、何も分からず死ぬよりは…… ずっとマシですかね」


『それでも最後まで足掻くけどね。まだ慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターを止められると決まった訳じゃないし。最後の一歩で失敗しちゃ、死んでも死にきれない。それに――』


「それに?」


『少しくらい、駄目な大人達に期待してもいいじゃない。僕らはまだ若いんだし』



 記録に残ればお偉方をしかめっ面にすること間違いなしの、稲葉中尉の一言に高橋は軽くふき出した。まだまだ稲葉も高橋も18歳と数か月、子供をやるのは躊躇われるが頼りない大人に文句を吐き出す位は許されるだろう。


 絶望的な状況下の中、それでもユーモアを失わないのは強さでもある。



『稲葉中尉! 前線を抜かれました。そちらにマスカレイドが!』


『りょーかい。こっちに回せる戦力は、ないよねぇ。分かった僕がどうにかするよ』



 けれど多少の精神的な強さで挽回できる局面ではない。レーダー上の味方は1機、また1機と大破し、各座し、特務中隊は戦闘力を失いつつあった。何人生き残っているか、一瞬頭をよぎった無駄な思考を振りほどき、高橋はサーキットの構築に全力を注ぐ。


 けれど、その作業が終わる前に3機のマスカレイドが白兵戦のレンジに突入。こちらの布陣を突破する過程で消耗したのか、既に内蔵式のレールガンを構えず棍棒コンバットクラブ を振りかざす。対する稲葉中尉のダークギャロップは標準装備。射程では有利だが、そもそもバンガードの様に正面からの決戦を想定した機体ではない。



『全く、自慢じゃないけど単独での撃墜数は0なんだよ!』



 速度ではやや有利、だが作業中である高橋のバンガードを守る為にどうしても動きに制限が生まれる。景気よく両肩に装備された40mm突撃機関砲から弾丸が吐き出されるが、関節を狙う程の精度はなく、樹脂製の装甲に傷を刻んだだけで終わった。



『あぁ、もう! 関節を撃ち抜くなんて曲芸が早々出来る訳ないじゃないか!』



 更に追撃で、ダークギャロップ胸部に内蔵された120mm速射滑腔砲を放つ。1発、2発、3発。しかし全て避けられ、更に3機のマスカレイドは距離を詰める。


 あと2分弱、普段なら一瞬で過ぎ去る時間が今この時はまるで止まったかの如く進まない。高橋はよどみなく作業を続けるが、それでも敵が迫るより先に作業は間違いなく終わらない。



『ほんと、1機だったら相打ちで終わればいいんだけど。この数だと、そうもっ!』



 まともに抵抗出来たのはそこまでだった、3機のマスカレイドに稲葉中尉のダークギャロップは詰め寄られる。まずは2機の敵機が両肩の突撃機関砲に棍棒コンバットクラブ を叩き付ける。肩部がはじけ飛び、フレームがはじけ飛び、ケーブルが引き千切れ、それでも稲葉は攻撃を避けようと足搔くが、とどめとばかりに最後の1機が脚部に棍棒コンバットクラブを振り下ろす。


 3倍の戦力に囲まれ、無力化されるまで僅か30秒。命を賭けた奮戦も、終わってしまえば想定通りでしかなく、結果として無意味に終わる。どんなに上手く事が運んでもあと2分、それだけの時間が無ければ慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターを止めることは出来ない。



『悪い、高橋。もうちょっと、粘れ――』



 トドメの一撃が、ダークギャロップの操縦席に突き刺さる。恐らくあの角度なら生きてはいない。ほぼ確実に稲葉中尉の命は失われたに違いない。



「畜生…… ここまで、かっ!」



 高橋に残された選択肢は2つ。最後の最後まで間に合わないと分かり切った慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターの破壊作業を続けるか。もしくはそれを放り出し、この場で稲葉中尉の仇を取るか――


 どちらも何にも繋がらない。タクミ達に無茶を押し付け、特務中隊のメンバーをすり潰しながらここまで辿り着いた意味を投げ捨てる選択肢。


 ヘルメットの内側で、奥歯をかみ砕き、血を吐きながら、結局高橋は、バンガードを操作し作業を続けることを選んだ。万が一のあり得ない奇跡を望み、ゆらりと迫る3機のマスカレイドを睨みつける。


 結末を語るなら、最後まで奇跡は起こらなかった。


 新たな部隊の援軍は届くことなく、周囲の味方は倒され、最後にレナ大尉の反応がレーダの上から消える。彼ら特務中隊にこの状態をひっくり返すだけの手札は既に残っていない。使い果たしてしまった後だ。


 だからこれは必然"彼ら"が、このメガフロートに辿り着いた全ての部隊が、文字通り、命を積み上げた結果――



『お、おぉぉぉぉぉぉっ!』



 突如として1km先に現れる慣性反応イナーシャルエフェクト。無事な味方がいない筈の場所。そう、それは丁度、ユェン=ターサンが教導隊を壊滅させた地点から、広域周波数に咆哮が響き渡る。



『はっ! 俺達はどーしようもない、ガキに戦争のしりぬぐいをさせるダメな大人だがよぉ……! それでもこれ位は、やらせて貰うぜっ!』



 強引に無事なパーツを繋ぎ合わせて復旧された、都市迷彩ハイイロのバンガード。田村中尉が駆る機体は、その最大の武器である重斬鉈ヘビィザンナッターと共に右腕を失ってなお、残された左腕に構えた120mm滑腔砲を構え解き放つ。


 轟音と共に放たれた超音速のAPFSDS 最新式徹甲弾 が大気を切り裂き、先陣を切って高橋に襲いかかろうとしたマスカレイドを撃ち貫く。白い樹脂の装甲が弾け胴体が捻じれ、上半身がはじけ飛ぶ。



『は…… ははっ! まさか、まさか教導隊が復活するなんてね! 死んだふりをした甲斐があったってものじゃないか!』



 両肩と、右前脚部を砕かれ、胴体がねじ曲がったダークギャロップがフラフラと立ち上がる。高橋ですら死んだと思いこんだ迫真の、いや普通なら確実に死ぬダメージを受けてなお、稲葉中尉は立ち上がる力を残していたのだ。


 三脚がギリギリの所でバランスを保ち、新たな脅威に優先順位を割り振ったマスカレイドに対して速射滑腔砲を発射。1発、2発、3発。機体の歪みを操作で補正しながら距離を詰め、強引に接射に等しい距離で徹甲弾を叩き込む。



『これで、撃墜数1…… かな? 指揮官の戦果としては誇れないけど、ね』



 それで全てを使い果たし、稲葉中尉のダークギャロップは足を崩して擱座する。改めて高橋がレーダーを見やれば、田村中尉のバンガードの表示も消えている。恐らく先程の1射で力尽きたのであろう。


 そして今だ1機、マスカレイドは残っている。

 

 作業完了まであと1分30秒、けれど高橋は、ニヤリとその血で彩られた唇を不敵な笑みで歪めて叫ぶ。



「タクミ―― やっちまえ!」



 その瞬間、高橋が駆るバンガードの目前まで迫り、棍棒コンバットクラブを振り上げたマスカレイドが、文字通り吹き飛んだ。今この瞬間、ユェン=ターサンの駆るバグ=ナグルスを撃破した、西村巧にしむら たくみのエクスバンガードの一撃。


 超電磁突撃砲アサルトレールガンが解き放たれる高音が戦場を支配し、敵を示すマーカーが秒単位で、まるで誘蛾灯に焼かれる羽虫の勢いで吹き飛ばされていく。



「……稲葉中尉、意外と大人もやるもんですね」


『……半分以上、僕らの手柄だから、やっぱり情けないよ』


「多少は褒めても、罰は当たらないと思うんですけどね」



 そして高橋は最後の仕上げに入る。この数か月、共に戦った愛機に自爆コードを入力。30秒のカウントダウンがスタートし、それと同時に彼の体が操縦席からゆっくりと吐き出された。



「……流石に、ここまで無理を押し付けると罪悪感が無い訳じゃないが。すまん」



 そう呟いて、安全手順を無視してバンガードの背面から飛び降り、距離を取って、地面に伏せてカウントダウンの表示に目を向ける。残りの10秒があっという間に過ぎ去って、鉄が割れる音と共に、装甲が砕け、フレームが歪み、それと同時にズシンと大地が揺れ、一瞬音が消えた。



 いや、まだ砲火の音は止まっていない。ただこれまで低いうなりを上げていた慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレーターが停止した結果、耳に届く音が半減し、それを無音と錯覚してしまったのだろう。



「ははは、やった…… のか?」



 そして操縦席にデータリンク端末を置き忘れた事に気が付いて、高橋は苦笑いを浮かべ、まあいいかと座り込む。ここまでやった上で、ひっくり返されたのならもう打つ手は存在しない。


 半ばあきらめと爽やかさが入り混じった感情で、高橋は救援部隊が来るのを待つことにした。ヘルメットを投げ捨てた空の青さが無性に眩しくて、彼は目を閉じる。


 いつの間にか、砲火の音が消え、遠くから回転翼が空気を切り裂く音が耳に届く。

ああ、全てが終わったのだと思いつつ、高橋は意識を手放した。

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