最終話『ルナティック・ハイ(前編)』

12-1


「ねぇ高橋。終わってしまえば案外、世紀の大作戦もあっけないものだね」


「うるせぇ、そういう事は少しくらい後処理に参加してから言ってくれ」


「こっちだって、それなりに、いろんな所に引っ張りだされてたんだよ?」



 メガフロート攻略決戦から1か月、季節は完全に夏に移り変わった後。制服は当然長袖から半袖に切り替わっている。タクミと高橋が待ち合わせた都内の喫茶店も、東京砂漠でオアシスを求めた人々で埋め尽くされていた。



「あー、確かにTVを付けたら基本お前の顔が映ってたな」



 もし奥まった席に案内されていなければ。メガフロート攻略決戦の英雄として祭り上げられたタクミが周囲の話題になっていただろう。その程度にメディアに引っ張りだされ、今でもインタビューや、戦闘後に改めて撮影されたエクスバンガードを駆る姿が繰り返し放送されている。


 月面帝国上皇派の作戦を止めることは出来た。けれど全てが綺麗に解決出来た訳ではない。最強のエースパイロットであるユェン=ターサンの撃破で隠されているが、作戦を指揮していたジャック=マーダンは行方不明であり、場合によってはこれからもう一波乱あってもおかしくない。


 そんな状況であるからこそ、あえてタクミを英雄と祭り上げることで、事態を収束させる余裕を稼ごうとしているのだろう。



「お蔭さまで、墓参りにも、お見舞いにもいけなかったよ」


「……まぁ、なぁ。俺だって最近ようやくって感じだ」



 カランと飲みかけなアイスコーヒーの中で氷が揺れる。メガフロート攻略決戦における地球側の戦死者は63名。そのうち5人が特務中隊に参加していた操縦士である。15人中5名、部隊に所属する人間の30%が命を失い、生き残っても重傷の人間の方が多いのだから。


 無事と呼べる人間は、それこそタクミと高橋を以外は殆どいなかった。誰も彼も多かれ少なかれ、体かもしくは心にそれなりの傷を負っている。



「稲葉中尉はどうだった?」


「ああ、意外と元気そうだった。骨折だけだったからそろそろ退院するってさ」



 稲葉中尉は機体が受けた被害の割は軽傷で済んだ方である。もっとも右手と左足を骨折。肋骨にヒビが入る重症っぷりなのだが。それでも後遺症が残らない程度なのでタクミ達に次いで身体へのダメージは小さいグループだ。



「レナ大尉は、今日来るんだったよね?」


「だな、事前にクローニングしていた臓器の移植でどうにかなったとか…… 割とその辺りは月面超技術ってスゲェって感じだよ」



 生き残った人間の中で、一番身体的なダメージを受けていたのは彼女で間違いない。両足を失い、片方の肺が物理的に潰れていたのだから。事前にクローンを用意していなければ良くて一生車いす生活、悪ければ普通に死んでもおかしくなかった。


 もっともクローンの培養に時間がかかる以上、そう何度も使える手ではないし。即死したら移植用に用意した肉体も無駄になってしまうのだが。



「そんで、御剣は……」


「ん、まぁ、今朝。会いに行った」



 一瞬、会話が止まる。周囲のガヤガヤと騒がしい声が遠くなった。気まずさによって生まれた間隙を、タクミは一度アイスコーヒーに口をつけることで、どうにか埋めて言葉を繋ぐ。



「元気そうだった。もう1~2週間入院すれば退院出来るって」


「そうか……」


「けど、操縦士としての復帰は難しいって。オーバードライブの後遺症が割と強く出て。リハビリを続ければ日常生活には問題はないみたいだけど……」



 タクミはシンプルな病衣の端々から包帯がはみ出た痛々しい外見とは裏腹に、意外とあっけらかんとした顔で自分の状態を語るナナカの事を思い出す。


 普通にベッドの上で起き上がって自分を迎えた辺り、相応に回復は進んでいたのだろう。けれど全身の骨にはヒビが入り、主要な臓器は破裂寸前で病院に運び込まれた重病人であったことは間違い無いのだ。


 一番大きなダメージは毛細血管の破裂による脳の損傷。特に運動中枢への影響が大きく、未だ彼女は一人で歩くことは出来ない。


 医者曰く、本来なら半身不随どころか、死んでもおかしくないと言われたらしい。



「まぁ、生きてるなら。儲けもんだよな」


「そう、だね…… 近衛騎士団が2人、同期で3人。だもんね」



 タクミはあまり顔を合わせていなかったマスカレイドのパイロット3人と、どうにか顔と名前が一致するようになった直後に死んでしまった同期の事を思う。彼らが死なない手段は無かったのか? と改めて考えるが、メガフロートの決戦で全力を尽くした事は確かであった。


 何度も自問自答した上で、それでも更に考えるのを止めることが出来ない。タクミは再びコーヒーを口に運んで気まずさを誤魔化してから話題を変える。



「それで結局、上皇派は何をしようとしていたの?」


「一応公式じゃ生物兵器を米国に撃ち込もうとしていた。って事になっている」


「わざわざ、慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータを使って?」



 そもそも国連からの公式発表を信じている人間はそう多くない。詳しい情報を知らない一般人なら兎も角、少し軍事的な知識を持っている人間ならば、いくつも矛盾点が指摘できるレベルで穴だらけの理屈。


 ただ生物兵器をアメリカに撃ち込むだけなら、それこそグラ・ヴィルドを使った重力加速降下でそのまま突入すれば済む話。大部隊を用意してわざわざ東京湾メガフロートを制圧し、数か月に渡って修復する必要は無いのだ。


 それこそ地球の自転を狂わせ、世界を滅ぼそうとしていたと説明された方がまだ理屈が通っている。



「それに関しては、私の口から説明させて頂きます」



 ふと、顔を上げると。いつの間にか店員に案内されレナ=トゥイーニ大尉の姿があった。先程話した通りなら、手足や内臓を移植したばかり。しかし立ち振る舞いからは大規模な移植を行った直後だと読み取れないレベルでしっかりしている。


 いつも通りのメイド服風味のパイロットスーツではなく、本日はベーシックな女性用のスーツと眼鏡を付けているのは、人目を避ける為であろう。金色でロングな髪もシニヨンヘアに纏め上げ、どうにか衆目を集めない。いや集めるとしてもギリギリビジネス街に馴染む程度に仕上がっているのは、彼女のお洒落に対する経験値が上がったからなのだろう。



「呼び出したのはそれを説明する為ってことでいいのか?」



 レナ大尉が悩む前に、高橋がすっと立ち上がりタクミの隣に座り直す。タクミ達が向かい合ったままならば、座る場所に関してひと悶着あったかもしれない。こういう部分は高橋には敵わない。


 大尉はすっと中央に座り、案内してくれた店員にメロンフロートを注文した。まだ実年齢が10歳に満たないのだと、妙な処でタクミは実感する。



「はい、貴方達には知る権利があると思います。余りにも愚かで、身勝手で、それ故に地球側が積極的に広めようとしない。月面帝国の目的を――」



 その言葉で改めてタクミは意識する。自分達が月面帝国の目的を知らぬまま、戦いを続けていた事実を。だからこそ知るべきだと、この戦争に参加した人間として、そして、月と地球の戦争を終わらせる為にも。





「ジャック=マーダン、貴様にとって現状はどこまで想定通りなのだ?」


「想定範囲内ではあるが、その中でも最悪に近いルートって感じだな。投入したルナティック7の5人中3人が撃破されるのを前提に作戦なんてたてやしないさ」



 常人ならば発狂しかねないと表現するのはやや過剰か。だが圧迫感のある室内は一般人であれば長期に渡って過ごすことは難しいのは間違い無いだろう。


 けれど彼らににとって、この澱んだ空気や余剰スペースの少ない"船内"は慣れ親しんだ環境に近い。宇宙と深海はある意味非常にに通っている。ユーラシアの紛争によって流出した094型原子力潜水艦。その1隻に今現在彼らが地球上で運用出来る全ての戦力が集められていた。



「俺個人としては、貴様が犯した失態は看破しがたい」



 椅子に座るジャックを見下ろしながら非難する男の名はシュルバン=ステイレット。月面帝国に所属する最後のルナティック7で、今現在唯一ジャックと同格の人間であるとも表現できる。


 無精髭を生やし、だらしなく白のパイロットスーツを着崩したジャックとは対照的に無感情な表情。そして地上でありながらキッチリと装備を着込んでいる姿から、過剰な程の生真面目さが溢れだしている。


 そして、ジャック以外では数少ない指揮官としての教育を受けた人間でもあった。



「そんなことを言われてもな…… これ以外に手があったなら教えて欲しい位だぜ」


「人財資源の摩耗を加味しても、より長期的な作戦を行うべきだった」


「10年先まで俺達は持たない。それに何も成果が得られなかった訳でもないしな」



 ただし基本的に慎重論に偏りがちな事と、そもそも月面帝国上皇派における諜報活動を一手に担っていることもあり、今回の作戦において最高指揮官に任命されなかったのである。



慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータ の稼働データか?」


「そう…… こいつがあれば、"箱舟"を起動させられる」



 ジャックは指先で最新式の大容量USBメモリを弄ぶ。ここ数か月100人に迫る技術者が心血を注いで計測したデータである。残念ながら月面からの発掘遺物には地球のPCや記録媒体と同じレベルで使い勝手の良いものは存在していない。


 無論これらのデータを月面まで送信する手段もない。あくまでも彼らは発掘されたシステムを使っているだけで、完全に解析出来ている訳ではないのだ。



「月面遺跡に残された、慣性推進式恒星間航行システム――」


「そう45億年前に地球に生命を送り込んだ、異星系の繁種船はんしゅせん、ノアの箱舟。そのメインエンジンを起動させる事が出来る」


慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータ を使った、繁種艇はんしゅてい発射よりも成功確率は低いがな」


「まぁ文字通り45億年前の箱舟の骨董品だが。俺達の手で大いなる祖先から受け継いだ遺伝子を他星系に広げようとするなら、もう他に方法はねぇんだから仕方ない」



 それこそが彼らの目的。月面遺跡の奥底に潜む『神』以外に表現しようのない超越知性から与えられた月面帝国の存在理由レゾンデートル。月面遺跡を組み上げた生命が地球に送り込んだバトンを、次の惑星ほしに送り届ける。その為に彼らは地球と戦争を行ったのだ。


 そのために月や地球の自転エネルギーが消費され。結果として起こり得る環境の変化によって、地球の生命が滅びてしまう事も彼らにとっては些細なことである。



「……ジャック=マーダン、我々の努力は報われると思うか?」


「さあね、無駄になるかも知れない。けれど、確実に言えることがある」



 ジャックはふと、ポケットの中に突っ込んでいた煙草の存在を思い出す。ユェン=ターサンが吸っていた銘柄で、彼の遺品代わりにメガフロートからの脱出時に持って来た代物だ。最もそれを吸おうにも火が無いし、そもそも喫煙したこともなかった。


 けれどこのどうしようもない会話の隙間を埋める小道具としては優秀で。彼も案外そんな理由で煙草を吸っていたのかもしれない。



「アルテ皇帝が進める融和主義じゃ、遺伝子のバトンを次の惑星に繋げられんさ」


「生命の拡散という存在理由レゾンデートルを無視して、目先の闘争と享楽の為に月面遺跡を、大いなる遺産を喰い潰すだけ…… か」



 遺跡に触れ、目覚めた月面人ルナリアンと地球人は根本的な感性に差がある。人類が築き上げた文明は遅かれ早かれいつか衰退するという実感。そしてそれまでに他星系へ遺伝子を拡散しなければならないという使命感だ。


 それが遺跡の奥に存在する超越知性によって植え付けられたものなのか、それとも伝えられた知識から自分達で勝ちえた結論なのかは最早分からない。


 だが、既に彼らにとっては人の命や、世界の平穏、そして文明の存続よりもずっと重要な命題である。



 東京湾メガフロートを制圧したのも、慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータ を利用し、月面帝国が作り上げた無動力式の繁種艇はんしゅていを他星系に送り込む為であり、世界を滅ぼす事が彼らの目的ではない。


 地球の慣性を、自転を消費し、結果として世界が滅びたとしても、数光年先にある地球に近い環境を持つ惑星への遺伝子拡散こそが彼らの望み。



「まぁいい、それで月面への帰還の目途は立っているのか?」


「ああ、既に丁度良さそうな打ち上げ基地はピックアップしてある。お前の力を使わずとも制圧出来るレベルだ」


「ふん、万が一があってはならん。俺も出る」


「OK、それなら余程のことが無い限り大丈夫だろう」



 既にファーストプランは失敗したが、それでも彼らは止まることはない。セカンドプランである月面遺跡の中核、箱舟を起動を目的に帰還を目指す。目標はロシア最南端のロケット発射基地。


 深く静かに、彼らは海の底を征く。

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