第05話『戦いの意味』

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 兵員輸送車、軍用トラック、果てにはIA輸送用の大型車両。国防軍基地の西口周辺はさながら軍用車両の展示会的な様相を呈していた。しかしにあふれているのは商品を紹介するコンパニオンでも、それを実際に運用する兵士たちでもない。


 終戦式典の参加者、基地に存在する軍属の作業従事者、安定はしているが重傷を負い既に戦う事が出来なくなった兵士達。


 戦闘がようやく収まったメガフロートで、彼らは疲れと疲労に彩られた顔で割り当てられた車両に乗り込んでいく。


 その全てが、月面生まれのレナ=トゥイーニーにとって初めて見るものだった。



(リナや皇帝陛下は…… リムジンではなく、兵員輸送車でしょうか?)



 通常なら見栄えの事も考え、防弾仕様のリムジンを使用するのだがこの状況下では難しい。自分も含め10機以上のIAが護衛に付くとしても、上皇派による攻撃を受けた時、間違いなくそんな目立つ車両は集中して攻撃を受ける事になる。


 言い方は悪いが、他の車両をダミーとし最終的な生存率を上げる選択だ。


 

(それにしても――)



 レナが目を向けると、兵士がさっと明後日の方を向く。先程ブリーフィングに参加していた者を含め、護衛に参加する兵士の多くが彼女を遠巻きにして見つめている。



(やはり、月面帝国の人間である事実が問題なのでしょうか?)



 実際、レナが心配するように月面帝国の軍人を警戒している人間も少なくはない。だがそれ以上に彼女が注目されているのはその背格好の要素が大きい。


 金髪ロングの美少女が、軍事基地のど真ん中でメイド服を着ているのだ。それもミニスカガータゴスロリ仕様。ついでに詳しく観察すれば操縦服を兼ねている事も理解出来る。


 もし彼女がもう少し笑顔を浮かべていれば、あるいは違った展開になったのかもしれない。しかしクールビューティという言葉を擬人化したような彼女に、それも月面帝国の人間に気楽に声をかけられる程空気が読めない人間はそうはいない。



「――レナ=トゥイーニー大尉殿、少々お話を宜しいでしょうか」



 いや、一人だけ存在していた。振り返るとそこにはメガネ以外の印象が薄い、ぼんやりとした青年とショートポニーが可愛らしい少女の様な兵士が並んで立っている。


 

「構いません。連携を考えれば多少なりとも会話する意義はあると思いますので」



 階級を考えれば大尉相当のレナに話しかけて来るのは異常なのだが、彼女の浅い経験では理解出来ても、実感として感じることは出来ない。月面には軍人の教育機関を用意する余裕も、人財資源も存在していないのだ。


 

「っと、私は西村巧二等兵であります! 作戦の内容に関しましてより深い部分までお話しできればと思い、こうして話しかけさせて頂いております」



 その言葉に場が凍り付いた。本作戦は双方の間で秘匿する情報が多い為、緩い形で連携する事を前提に組まれている。開示する事によるメリットよりも情報漏洩のデメリットを回避しようとしたからだ。


 それでもレナにはある程度現場の判断で、自分の駆る機体の性能を語る許可が与えられている。そしてそれを察して聞き出そうとタイミングを探っていた人間が複数名存在していた。


 具体的にはやらかしたタクミに対して全速力で駆け寄り――



「西村ァっ! お前はなんでこう、致命的な時にやらかすんだ!」


「いや、けど聞かないと不味いでしょ? 皆が聞かないならもう自分で――」


「タイミングって奴を測ってたんだよ! ほら見ろ俺のこの手、大尉殿喉が渇いておりませんかって、そういう感じで話しかけて世間話から間合いを探ろうとしていた俺の苦労をどうしてくれるんだ!」



 全力でツッコミを入れた高橋、そして――



「いやぁ、高橋二等兵、少し抑えようか? 大尉殿も困惑されていますし?」



 それを諫める形で会話に割って入った稲葉少尉の二人だ。



「あ、私は稲葉涼少尉。先程のブリーフィングで紹介されたように副官に近いポジションでしょうかねぇ…… 本来なら少佐の下により階級の高い方が任命されるべきなのですが、やはり人員不足でして」


「ご丁寧にどうも、それほどまでに被害の方は深刻なのでしょうか?」



 そこから会話の流れを強引に作りだし、どうにか場の空気を整える。周囲から不安そうな視線が注がれるが、最悪のケースは避けられたという安心感も同時に広がっている。



(……高橋、これは結果良ければすべてよしって事でいいかな?)


(……西村、本当に心臓に悪かったんだからな。あと、御剣も止めろよ?)


(最悪高橋が止めてくれるって信じてたから)



 会話する大尉レナ少尉稲葉の後ろで、高橋はコミュ障二人組に対し、大きなため息を吐いたところで気が付いた。二人ともこちらも、そして会話してる二人の方も見ていない。


 周囲を気にしていない時の瞳ではない。高橋がまだ気づいてない何かを見つめている時の目。それが何なのか確かめようと彼が2人に声をかける前に、全員が携帯している戦術データリンクタブレットに通信が入る。



『全員格納庫に集合、敵の増援が来る前に脱出作戦を開始する』


 

 その通信で、高橋は空軍による増援の迎撃が失敗したことを悟る。国防空軍はいけ好かないが優秀である事には間違いはない。想定以上の戦力が襲い掛かって来ることは予想出来た。


 そしてヘルメットを被り直しながら走り出したタクミとナナカコミュ障2人を見送りながら、会話を切り上げたレナと稲葉上官2人と共に格納庫に向かうのだった。





 空軍からの連絡で追加の部隊が来る事は分かっていた。メガフロート国防軍基地には既存の航空機なら、中隊規模を迎撃可能な防空システム網が張り巡らされている。


 だがグラ・ヴィルドを含む先発隊によって中核となるレーダー施設は沈黙状態。万が一のために用意されていた米軍とのデータリンクも機能停止。


 目立つ場所に設置してあった対空ミサイルサイロは徹底的に破壊されている。

 

 辛うじて用意出来たのは換装を終えたダークギャロップ5機。40mm機関砲の代わりに片側4発、左右合わせて8発、合計40発の対空ミサイルは並の航空機であれば撃破出来たかもしれない。


 だが、この場に舞い降りたのは並の戦闘機ではなかった。


 主翼を持たない流線型のフォルム。そして尾翼の代わりに生えた4本の腕。それがミサイルが追いつけない速度で突っ込んで来る。



(まずは―― 2機っ!)



 サミュエルは外側の機体に照準を合わせ、発射。4発の超音速の弾丸は機体の2倍の速度で目標に迫る。高度は10km、残された余裕は10秒。



(次は―― アレだ)



 引き伸ばされた感覚の中、コンマ1秒以下の時間で次の目標を設定。超音速で飛行する中、溶ける事なく形を保つ白色の腕が震え、その先に据え付けられたレールガンが再び火を噴く。高度は9km、残された時間は9秒。



(レーダー波は微弱、基地のメインレーダはロックが壊しているな?)


 

 ここまで明確に言葉になっている訳ではない。引き伸ばされた感覚の中、複数の思考が稲妻の様に走りながら、間に散った火花が反射的に機体を操作しているのだ。


 地上のダークギャロップが対空ミサイルを放つ。レーダーの連動無しに個別に発射しているのだろう。それでも2秒の以内のスパンで放つのは高い練度の表れである。だが放つミサイルの速度が遅い。


 それを確認しながら更にレールガンを放つ。その1秒後、初めに放ったレールガンが直撃して2機沈黙。高度は5km、残された余裕は5秒。


 残り1機、だがこのまま直進すれば放たれた対空ミサイルに直撃する。強引に操縦桿を傾け、オレンジ色に染まった慣性制御限界イナーシャルリミッターを示すゲージが更に朱を強くする。


 機体の機動があり得ない方向に歪み、炸裂した対空ミサイルの効果範囲の外側に飛びだした。この時点で高度は1kmを切っている。


 残った1機のダークギャロップから見れば完全に理不尽な事態。だがサミュエルにも余裕はない。ほぼ墜落と同意のタイミング、その直前機体のモードを切り替えた。





 「やった――のか!?」



 ミサイルを放った直後レイブン1の目と鼻の先100mに月面帝国の新兵器が墜落した。砕かれたアスファルトが焼け、煙が立ち上り中心点の様子は見えない。だが辛うじて原型を保っている事だけは見てとれた。

 


「こちらレイブン1、レイブン2、3、4、5! 生きているか!?」



 呼びかけながら戦術データリンクを確認するが、僚機は全て撃墜判定。ギリリと歯ぎしりするが、まだ状況は完了していない。彼らが操縦席で生きている事を望みながら敵機の撃墜確認を行わなければならない。



「くそっ! 楽な任務はすだったんだ!」



 思い返せば最近は面倒な事が多かった。受領したバンガードをこれでは任務に支障が出ると言い放ち勤務外時間で整備し出す新人。それを面白がって手伝う隊員。


 レイブン1の価値観からすれば無駄でしかない。しかし基地内部の特に古株の整備員が味方に付いたため苦々しい思いを隠して許可を出すしかなかった。


 その上で二人とも能力があるが言う事を聞かない。命令や任務はこなすが言外に含まれる意味を介せず索敵&殲滅サーチ&デストロイのバーサーカー。そんな彼らをどうにか使いこなせるようになったかと思っていたらこの事態だ。


 彼らがいなければ、先程の戦闘で死んでいた自覚はある。しかしこれ以上彼らと付き合えるような自信はない。事実レイブン1の指揮下を離れた直後、彼らはルナティック・セブンの1機を撃墜する戦果を上げている。



 (前線から下げろとは言わないが、もうあの二人を指揮するのは御免――)



 だが、そこで思考が途切れる。未だに立ち上る煙の向こう側。モノアイとそれを囲むように配置された3対のデュアルアイ。月面帝国の主力IA、マスカレイドより一回り巨大な体躯。


 丁度先程墜落した戦闘機が人型に変形したら、この大きさになるのかもしれない。

 


『あえて名乗ろう、地球人! 我が名はサミュエル=マーベリック。そして――』


 

 通信機から、公用周波数に乗せて月面帝国の操縦士の声が響く。


 煙が晴れ、その姿が露わになる。先程まで展開していた4本のアームの2本が足、残りの2本が腕に。そして全体を覆っていた白銀のボディは左右に展開し、内側から現れたIAの両肩に配置され、まるでマントの様に広がっていた。



『そして、この機体はルナティックナンバー4、エア・ファネルっ! この星の空を支配する機体であるっ!』



 その言葉を聞いて、愕然とする。レイブン1の記憶が正しければナンバー4を名乗る機体は米軍の核攻撃によって撃破されたと記録されていた。つまりはこの機体はそれを修復したか――


 レイブン1のその思考は纏まる事は無かった。その前にエア・ファネルが両肩のスラスターを起動させ加速。その内側に仕込まれた細剣を引き抜いて振るう。


 ずるり、とレイブン1は身体が傾くのを感じた。エア・ファネルが振るった超振動細剣が、彼の駆るダークギャロップの腰部、足と操縦席のつなぎ目を切断したのだ。


 ダークギャロップは他のIAより慣性制御能力が低い。故に白兵戦では他のIAに対して不利になる事が多い。だがそれを差し引いたとしても、サミュエルの放った一撃は絶技と呼べる一撃であった。



『まだだ! まだ、これからだ! ロック=アーガインの弔いを!』



 その声に合わせる様に3機の降下カプセルが着地する。しかし既に東京メガフロートにはそれを食い止めるだけの戦力は無い。更に空の先に2桁を超える光点が地上を目指し降り注ぐ。


 復讐に燃える彼はこの基地に存在する全ての敵を破壊するだろう。誰も逃れる事は出来ない。だがしかし、ロック=アーガインの撃破によって生まれた間隙を縫って、この場から離れようとする一団の運命はまだ分からない。


 彼らが積み重ねた勝利を命に繋げるか、それとも復讐鬼が本懐を遂げるのか。この時点ではまだ確定していないのだから。

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