04-4
サミュエル=マーベリックにとって空とは
彼らにとって地球とは戻るべき場所であり、大気の質量を恐ろしいと心の底から思ってはいまい。空気とはあって当たり前の、自分達を抱きしめる母親の腕と同じ存在なのだから。
サミュエルは白い繭のような、もしくは葉巻型のUFOのようにも見える降下カプセルに格納された愛機の操縦席に座ったままそんな益体も無いことを考える。
今回の作戦には自分の他に複数のルナティック7が参加しており、そのうち2人は彼と同じ様に降下カプセルで地球を目指している。
月面のリニアカタパルトから射出されてから3時間。彼ら3人が搭乗しているものを含む30機の降下カプセルは軌道上に到達し突入するタイミングを待っていた。
予定では既にロックが敵地を制圧している筈なのだが、未だ突入可能を示す連絡が来ていない。
(何かトラブルがあったのか? それとも悪い癖が出たか……?)
サミュエルにとってロックは不出来な弟のような存在である。月では彼のモヒカンや刺青に対して不快感を抱く人間は多いし彼自身もその一人だ。
更に現皇帝派から地球の音楽を仕入れているという噂もある。それでもサミュエルはロックを嫌いになれない。
本来ただの技術屋でありながら、人員不足から研究中の月面発掘技術を内蔵したIAで前線に立ち国連軍の
サミュエル達が対応出来ていれば、無理にロックが前線に立つ必要はなく、その結果として彼は弾けた。七三分とメガネが似合う典型的な
いやある意味気が狂ったのだろう。ロックは戦って人を殺せるような人間でなく、気が弱い典型的なオタク気質の技術者だったのだから。それが蹂躙する形で他者を殺せば心が壊れても仕方がない。
(だが、それでも機体の防御に頼った特攻に近い戦い方は良くない)
合流した時に改めて注意しようと考えた丁度その時、通信が届く。モードを受信に切り替えると、予想していた陽気なテンションではなく、シリアスなトーンで想定外の事態が告げられた。
『……サミュエル、落ち着いて聞いてくれ。ロックが撃墜された』
「なんだとっ! それは確かなのか!?」
声を荒げ問いただすが、それは事実である事を心の底では理解していた。通信の相手はジャック=マーダン。サミュエルと同じルナティック7の一人であり月面帝国において数少ない大規模な部隊を率いて作戦行動が行える人物である。
サミュエルは何度も彼の指揮で戦った経験があり、悪質な冗談を言うタイプではない事を知っていた。
『それで、作戦はどうなる?』
言葉を失ったサミュエルにかわって、ユェン=ターサンがジャックに問いかけた。弁髪で普段からパイロットスーツの上に道着を羽織った姿は、安っぽいスペースオペラを思わせる。
だが彼は1000機以上の撃墜数を誇る史上最高のエースパイロットであり、指揮官であるジャック、そしてサミュエル自身も彼の事を尊敬していた。
そんな彼の声を聞く事で、サミュエルはどうにか落ち着きを取り戻す。
『止めるって選択肢はなしですね。ロックがメガフロートを制圧出来ていない以上、降下はやや危険が伴うが出来ないほどじゃありません。3機程降下カプセルを先行させて強引に着地点を確保させます』
「そして迎撃に来た戦闘機は――」
『勿論サム、お前の担当だ。無茶をやらせることになるが……』
本作戦はロックがメガフロートを確保する前提として計画されており、その上でジャックが指揮する本隊が降下する流れとなっていた。
しかしそれが失敗した以上、本隊の切り込み隊長として降下するサミュエルのリスクは非常に大きくなる。彼の機体はグラ・ヴィルドの様に重力加速度を制御し迎撃が間に合わない速度で降下する能力も、高い防御力も持っていない。
「やってやりますよ、弔い合戦だ。地の底で這う地球人共に天罰を与えてやります」
あえて過激な本音を吐きながら、ジャックに対し作戦遂行の意志を示す。サミュエルは月面帝国の理想を正しいと信じており、だからこそ支配を受け入れようとしない地球を見下している。
『分かった…… それじゃ30秒後にお前のカプセルを降下させる』
『焦り過ぎるな、ロックの死に報いたいなら生きて事を成せ』
「……了解っ!」
ジャックとユェンに対し一言纏めて返事を告げて、サミュエルは降下に備えシートを調整。
降下までの時間、瞼の裏側にロックの思い出を、そして心の中に愚かなる地球人類への憎しみを抱きつつ、地球へと墜ちていくその瞬間を待つのであった。
◇
小森少尉にとって、それは生まれて初めての実戦を意識した出撃だった。彼の駆る
月面帝国が終戦協定式典で行ったテロ。そして直後に30機の降下カプセルが領空に侵入した事を確認。それに対して国防空軍は
日本の領空に月面帝国が6年ぶりに侵入した事態に対し、
小森少尉の先輩である柿里中尉や、隊長の卯月大尉は何度も月面帝国の降下カプセルを迎撃しているプロフェッショナルである。事実停戦直前まで降下カプセルを迎撃した経験を持ち、しっかりと実績も上げている。
F-35J改は空戦において強力な機体だ。しかし十分な航空戦力を持たない月面帝国相手なら降下カプセルを撃破可能な大型ミサイルを装備出来る機体が有利である。
「しかし、柿里中尉。月面帝国も懲りませんよねぇ」
『おいおい、お前は初めての実戦なんだからもう少し緊張しろって』
「一応、北海道や福岡の飛行隊でスクランブルは経験してますよ?」
『タマ撃たない出撃は遊びみたいなもんさ』
自分とペアを組む先輩相手に軽口を叩きながら、実戦への緊張を紛らわそうとするが軽口を窘められる結果となった。事実小森少尉が国防空軍に入隊したのは1年前。既に月面帝国との戦争が休戦状態になってからになる。
『ファイター3、ファイター4。無駄口を叩くなとは言わんが慢心はするな。特にファイター3は先輩風を吹かせているようだが、実戦での撃墜数は一桁だろうに……』
『流石に卯月大尉と比べればアレですけど、ちょっと自慢してもいいじゃないすか』
ファイター3こと柿里中尉は情けない声で、第101飛行隊を指揮する卯月大尉に抗議する。実際に彼はお調子者である点を除けば十分に優秀なパイロットで、小森少尉も頼りになる先輩だと認識している。
本人にそれを直接告げた事は無いが。
しかしそれでも卯月大尉は別格で、35歳を過ぎても一線で活躍。月面帝国との戦争を通じ100機近い降下カプセルを撃破した国防空軍の英雄と呼べる存在である。
降下カプセル1個毎に9機のIAが搭載されている事を考えれば、撃墜数は4桁に迫ると考える事も可能で、国防陸軍のエースを名乗る連中とは比べ物にならない程の戦果を挙げている。
そして防衛空軍全体で見れば、国内に投下された降下カプセルの半数以上の撃破しているのだ。所詮空も飛べない
そんな卯月大尉や柿里中尉に続くエリート集団の一翼を、自分が担っていると考えれば小森少尉が操縦桿を握る手にも気合が入るというものだ。
『けど隊長、重力加速度を上げて突っ込んだグラ・ヴィルド以外のIAはどっから来たんすかね? まぁ空軍がカプセルを見逃したって事は無いでしょうけど』
『大方戦時中に降下して、陸が撃破しきれずに潜伏していた機体だろう。どうやったかは分からんが、海中の警戒網を突破すれば今回の様な奇襲は不可能ではない』
「じゃあなんで、本隊もそうやって送り込まなかったんですかね?」
『そりゃ、そんな隠密行動で隠せる機体には限りがあるだろう?』
「でも、空軍なら30機の降下カプセルなんて迎撃出来るじゃないですか。F-15は大型ミサイル2発、F-2は4発ですよ? 命中率50%でもお釣りが来ますよ?」
『そうだな、何か対策している可能性はある。だから第一波は試しに――』
小森少尉の疑問に卯月大尉は答える事が出来なかった。その前に天から降り注ぐ超音速の散弾が大尉のF-15J改に直撃したからだ。
「卯月大尉っ!?」
『ちっ! こちらファイター3! ファイター1、2がやられた! 次席の俺が指揮を引き継ぐっ!
指示に従い、残った8機のF-15J改が飛行機雲で作られた蜘蛛の巣を広げる。気づけばレーダーに示された30機の降下カプセルの1つがバラバラになり、こちらに迫っている。
いや、分離して何かが飛びだしたのだ。小森少尉はキャノピー越しに敵機を探す。
訓練によって鍛え上げられた視力がそれを捉えた。
直上、太陽を背に白い死神が舞い降りる。まるで弾丸のような、通常の航空機とは違い主翼を持たない流線型のフォルム。そして尾翼の代わりに生えた4本の腕。航空力学をあざ笑いながらその機体は宙を舞う。
「速度―― マッハ3っ!?」
『ファイター4っ! 大型ミサイルを落せ! 空戦用意っ!』
「了解っ!」
大型ミサイルは装備しているだけで機動力を低下させる。攻撃任務なら問題にならないが自機より機動力が高い相手との空戦を行う場合、装備したまま戦うのは自殺行為でしかない。レバーを引き使用前のミサイルを投棄する。
F-15J改の最大速度を遥かに超える速度で、より自由に飛び回る敵機に対して空戦を挑む事態となり小森の心拍数は上昇していく。休戦以前は碌な航空戦力を持っていなかった筈の月面帝国が突如持ちだして来た戦闘機。
その性能の高さは一撃で卯月大尉の機体を撃破したことから明らかだ。
『追い込めっ!
残存する8機のF-15J改が一糸乱れぬ動きで包囲網を形成しようとする――
『ダメですっ! 速すぎるっ!』
『こいつ! こっちを無視してぇっ!』
『あいつ…… 狙いはF-2かっ!』
だが機体の性能差があり過ぎた。敵機はマッハ2から更に早く、3、4、5と大気圏を飛行する物体として信じられないを通り越し狂気じみた領域まで加速していく。
「この速度、AAMより!?」
大気圏内でこれだけの速度を出せば、物体は熱で溶ける。だからこそ
『ちぃっ! F-2とタイミングを合わせて発射っ! 物理法則に乗っ取ってるなら旋回半径に限度があるはずだ。前後からAAMで取り囲めばぁっ!』
柿里中尉の指示に従い、データリンク上で敵機を囲むようにAAMが発射される。前後から迫る20発のミサイルがどう足掻いても通常の航空機ならば回避できない密度の弾幕を作り上げた。
もしも慣性制御が可能なら、逃れる事が出来るのかもしれない。だがIAの基幹技術であるそれは地面に接地することで初めて機能する。
だからこそ防衛空軍は空という戦場で月面帝国を圧倒出来ていた。たとえ地に足を付けられた瞬間から勝負にすらならなくなったとしても。その前に撃破する事で戦う事が出来ていたのだ。
そして、爆発。空中で20発のミサイルが咲き誇り――
「うそ―― だろう!?」
敵機はその花畑の外側を悠々と飛んでいる。航空機が従うべき運動法則を無視した超機動、明らかに慣性制御を使用している。
F-2の中隊は逃げようと大型ミサイルを投棄し、離脱コースを取るが間に合わない。青い戦闘機が逃げ惑う中、白い機影から伸ばされたレールガンが火を吹いた。
超音速の弾丸が1機、また1機とF-2を撃墜していく。気づけばほんの数秒でF-2の部隊は殲滅されて、敵影はそのまま地面に向かって降下していく。
『……っ! 全機残っているミサイルの数を確認っ!』
「あっ!?」
残存しているF-15J改は格闘戦を行う為に大型ミサイルを投棄済。本攻撃を行う為に守ろうとしたF-2改部隊は壊滅状態。降下カプセルに対して有効な攻撃手段を持った機体は存在しない。
「柿里中尉、こうなればバルカン砲で――」
『バカ野郎! その程度でカプセルの装甲は抜けない。抜けねぇんだ……』
この日10分にも満たない戦場で19機の、日本国防空軍が保有する戦闘機の5%が撃墜され。小森少尉を含む生き残りの航空部隊は悠々と降下していく29の降下カプセルをただ見送る事しか出来なかった。
「柿里中尉、陸の連中は―― メガフロートはどうなりますかね?」
『確実な事は言えん、だが1機相手にしただけで在日米軍含めて全滅と聞いている。もしそこに――』
自分を翻弄したあの機体と、残り29機の降下カプセルに含まれる戦力が加わればどうなるのか想像し。小森少尉はその身を震わせるのだった。
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