13-2


(コイツは…… ザコが1体増えたかと思っていればねぇ)



 先程までと比べると、エクスバンガードの速度は大幅に低下してる。文字通り瞬間移動と呼べる跳躍は封印され、数機纏めて薙ぎ倒す破壊力も残っていない。フルアーマーバンガードと連携する為に、ある程度動きを合わせる必要があるからだ。


 けれどそれでもなお攻撃が当たらない。カウンターでマスカレイドが落される。


 正確には致命傷を叩き込むタイミングをずらされる。2機のバンガードが互いに援護を行いジャックとシュルバンの連携を切り離すのだ。



「シュルバン! 動きが悪いんじゃないか?」


『無茶を言うな! 俺は遺跡内部に突入した部隊まで相手にしているんだぞ!』



 記憶同調は使い方次第では切り札に成りえる。同一の知性が複数の人間を制御出来るという事実は諜報活動だけでなく、戦術レベルでの連携において大きな優位になり得るのだから。


 だが今回は戦闘レベルにおいてそれが不利に働いた。


 記憶の上書きと量子通信による同期を行っても、一つの知性が持ち得る瞬間的な判断力には限界が存在してしまう。複数の戦場に展開すればその分、処理能力は分散されてしまうのだ。



(命令しなければならないクローンよりはずっとマシだがねぇっ!)



 そして何より2機のバンガードによるコンビネーション。機体性能を把握した上で互いの動きを予測した動き。互いが制止する瞬間、それを狙い撃とうとする敵機に牽制を行いフォロー。


 先程までのエクスバンガード単機による攻撃を己の命を削る叫びとするならば、こちらは響き合う交響曲、耐えれば止まるものではない。このままならばジャック達を全滅させるまで彼らは止まらない。



(さっきまでの無茶と違って、耐えれば終わるもんじゃないから始末が悪いぜ)



 どこで自分が間違ったのか。あるいはこの結末しかなかったのか。それは彼が月面遺跡と語る事が出来ない以上、分からない。けれどそうだとしてもジャックに戦いを止めるという選択肢は存在しないのだから。





(ほんと西村や御剣は、ほっとくと死ぬような無茶を!)



 高橋の操縦技能は、タクミやナナカと比べればずっと低い。完全手動マニュアルで攻撃を行う曲芸染みた真似は不可能。精々ものを拾って投げる程度が関の山。今ですら回避アヴォイド射撃専用ガンファイトに操作モードを固定することで辛うじてフルアーマーバンガードを操縦しているのだから。


 だが、タクミやナナカ。月面遺跡への突入に回った教導隊の田村豊一中尉。あるいは皇帝派のレナ大尉。無論ユェン=ターサン、ジャック=マーダン達より、実力が低いという事実は、彼が操縦士として無力である事を意味しない。



 重装甲を纏ったバンガードが、白い荒野を踏みしめ120mm滑腔砲の照準を合わせる。発砲ファイア。超一流と比べれば命中精度はお世辞にも高いとは言えない。だがその一撃で、タクミを狙おうとレールガンを構えたLGマスカレイドの出鼻を挫く。


 その一撃で生まれた余裕をもって、また一機タクミが敵機を撃墜する。



「って、こっちに来るよなぁ。そりゃ!」



 当然足を止めれば、チャンスとばかりに手足を増強し、人型から外れたマスカレイド達が一斉に迫る。月の弱い重力下だからこそ成り立つ細長い手足を振るい、距離を詰め、左腕に仕込んだワイヤードクローを振り回す。


 自機より巨大な機体による釣り上げ攻撃、接地した状態で機能を発揮する慣性機動兵器イナーシャルアームドにとって、直接的な砲撃よりもずっと危険度が高い。



(だが、こいつら。知識焼き込んだクローンよりはマシだがよ――)



 操縦桿を小刻みに左右に振るい、フットペダルを切り替えジグザグに機体をバックステップさせる。それだけでワイヤーはフルアーマーバンガードの、装甲に触れることすらなく空を切った。



「西村や御剣と比べりゃなぁ!」



 敵は確かに強い、けれどそれでもタクミのエクスバンガードには遠く及ばない。彼ならワイヤーで逃げ道を塞ぎながらレールガンを叩き込むだろう。ナナカのバンガードにも当然及ばない。彼女ならば確実に腕の1本は奪って来るだろう。


 高橋であっても、数機に囲まれた状況で30秒は無傷で粘れる。そして時間を稼げるなら――



『残り、30機。切った!』



 タクミのエクスバンガードが、伸びきったワイヤーを横合いから掴む。既に近接ブレードは砕け散ったのだろう。だがまだ攻撃手段が失われた訳ではない。



『頭、下げて!』


「分かったぁ!」



 声が届くより先に、エクスバンガードの肩部に刻まれた排熱溝が赤熱。両腕でワイヤーを伸ばしたままの敵機を振り回す。チャンスとばかりに距離を詰めようとした敵機が2つ回転に巻き込まれた。


 ハンマー代わりに使ったマスカレイドを手放せば、手足がもがれ胴体だけになった機体がクレータを月面に刻む。



「残り、27…… いや、26だ!」



 そしてチャンスとばかりに攻め入った、新たな機影に高橋は超電磁突撃砲アサルトレールガンを叩き込む。タクミから託された必殺の一撃、数少ない稼動中のIAを正面から撃破可能な超兵器。


 絶対的な破壊力に貫かれ、また1機マスカレイドが沈んだ。



(冷却―― あと10発は行けるか?)



 タクミは気軽に連射していたが、想像以上に火砲の癖が強い。発射直後の放熱で弾道特性が歪む。その状態で下手にトリガーを引き絞れば負荷で主機が壊れる可能性すらある。それを使いこなせるだけの才能が彼にはあって自分にはない。


 デュアルコードを組み込んだエクスバンガードの戦闘機動に、超電磁突撃砲アサルトレールガンが耐えられないという事情が無ければ。この武器が高橋に渡されなかっただろう。



(ああ、クソ…… ほんとアイツはどこまでっ!)



 嫉妬の炎は胸の中にまだくすぶっている。彼に届かないことを完全に認められた訳ではない。けれどそれがどうしたというのだ。その上で背中を支えようと決めたのだから。今はただそれだけで充分と気合を入れ直す――


 この時の高橋に油断は無かった。戦場に配置された敵、味方、その配置。レーダーで捉えられる、画面に映し出される要素を統合し、あらゆる可能性を考慮していたと言っても過言ではない。


 だがその上で、オーバー・レイジの動きが急に変わる。無数の火砲を格納した胴体部分から放熱と同時に蒸気が吐き出され、月面と設置する為のスタビライザーがたわみ一気に加速する。



「……っ!? 限界機動オーバードライブかっ!」



 IAにとっての切り札、タクミの十八番おはこ。機体と操縦士に対する保護を解除し、スペックを超えた機動力を得る諸刃の刃。艦首像フィギュアヘッドの如く、円錐状のユニットに据え付けられたレイジ・レイジのセンサーアイが蠢き、高橋のフルアーマーバンガードの姿を捉える。



(カウンター…… 速射モードっ!)



 ここで撃破出来れば、そんな欲が頭をもたげて。高橋は超電磁突撃砲アサルトレールガンの射撃モードを変更し撃鉄を引き絞る。誘導体コイルにパルスレートで発射信号が叩き込まれ、小刻みに砲門から火花が散った。



「っ!? くそぉ!」



 だが三点バーストで発射された砲弾は高橋が予測したコースと、別の方向に飛んでいく。勝利を焦り、超電磁突撃砲アサルトレールガンの特性が頭から抜け落ちてしまった結果生まれた致命的な隙。


 タクミに視線を向けるが、他の敵機に囲まれ高橋を援護する余裕を失っている。



(やっちまったっ!)



 オーバー・レイジの胴体に据え付けられた無数の砲身が、フルアーマーバンガードに向けられる。回避する余裕などない問答無用の一斉射撃。ギリギリのタイミングで辛うじて防御姿勢を取った直後に衝撃が走る。


 リアクティブアーマーがはじけ飛び、慣性限界イナーシャルリミッターがレッドアラームを吐き出す。横目で確認した機体状況ステータスで両腕が吹き飛んでいる事を確認。まだ動けるが超電磁突撃砲アサルトレールガンを失った以上、戦闘力は十分の一以下、といったところか。



『高橋っ!』



 タクミの声が通信機から響く、ああここでタクミに庇われるのかとズキリと高橋の胸が痛む。背中を守ると啖呵を切りながら余りにも無様。けれど――



『20秒、敵を引きつけて! ここで勝負を仕掛ける!』



 予想外の内容を理解した直後、口元に笑みが浮かぶ。アイツタクミは出来るかとも、やってくれる? とも口にせず、無様に両腕と、超電磁突撃砲アサルトレールガンを失った自分にただやれと言い放ったのだ。



「分かった! キッチリ稼いでやらぁ! 決めてやれ、タクミっ!」



 返事と共に機体モードを回避アヴォイドから限界機動オーバードライブに切り替える。既に追加装甲フルアーマーは吹き飛んだ、ならばもう足で引っかき回すだけ。一発必死の晴れ舞台に、高橋は獰猛な笑みを浮べて跳び込んでいく。





 校庭から見える月は、雲一つない夜空の真ん中でただ白く輝いていた。はぁとナナカが漏らした吐息が冬の冷たい空気へ散っていく。


 ダッフルコートとマフラー、そしてミトンを付ければ。12月の真夜中に散歩が出来なくもない。


 時刻はクリスマスイブまであと数分。丁度今、月面で人類の存亡をかけた戦いが繰り広げられている事実に反して、深夜の学校は驚くほど静かなまま。たった半年離れただけで余りにもここは遠くなった。


 事実上の不法侵入だと理解しながら、けれど他に行く場所など知らない。ザクザクとしたグラウンドの感覚が、まっとうに体が動いていた時期の記憶を呼び覚ます。



(本当に、取り繕うだけで精一杯)



 医者の見立て通り、日常生活において大きな問題はない。既にリハビリは終わり、国防軍における事務仕事をこなす程度には体は動いている。けれどそれだけ。体の反応が鈍い、力が弱くなっている、体力が下がった。


 気晴らしに木刀を振るおうとして、手からすっぽ抜けた時には何事かと慌ててしまった。結局、客観的に見れば。後遺症として剣の業を全て失って、普通の女の子になってしまったという所だろうか。



(普通の女の子が、こうも歩くだけで苦労しているかは知らないけれど)



 もし自分が剣を学んでいなければ、体を常に制し続ける経験がなければ、それこそ寝たきりになっていてもおかしくない。無論ただの女の子であれば、そんな無茶をすることも無かったのだが。



「ただ、後悔はしていない」



 あの時の自分にタクミと並び立ちたいという意思が無かったと言えばウソになる。けれどその上で、ああしなければどちらか一人、下手をすれば二人ともユェン=ターサンに殺されていたのは間違いなかった。


 その上で今この瞬間、戦っているであろうタクミの力になれない事実に胸が痛む。


 ぎゅっと袖口の内側に巻き付けた腕時計を握りしめる。横須賀で買ったそれをタクミは身に着けてくれているのだろうか? 彼に普段から腕時計を付ける習慣は無いので、もしかすると持っていないかもしれない。



 そのまま胸に両腕を押し付け、改めて空に目を向ける。もう月面での戦いは終わっただろうか? 少し前に、1度だけ月の上で光が爆ぜた以外、目に見えた変化は何もない。


 もっとも目に見える形で何かが起これば、それは世界が滅ぶのと同意だろう。


 それはそのまま、ナナカが愛する、唯一好きと呼べる相手が自分よりも先に居なくなってしまう事と同じで。チリチリと心がどうしようもなく震えて、何も考えられなくなる。


 ふと夜空を見上げると、雪が降っていた。意味もなく手を伸ばす。そうしても雪は捉えられず、月には届かないと理解した上で。ただ月で戦っているタクミに、少しでも近づきたいと。


 時計を巻いた左手を、高く、高く、月に向けて掲げ続けた。




 

 カチリ、カチリ。操縦席に時計の音が響く。操縦の邪魔にならないよう、胸ポケットに押し込んだ腕時計の針が回る。



(レイジ・レイジが限界機動オーバードライブで仕掛けるってなら……)



 敵にも余裕はない。それこそ諸刃の剣で一気に勝負に出なければならない程追い詰められているのだ。既に敵機の数は20機と少し、数の上では残存戦力は1/10。


 軍事的には大敗と呼んで差し支えない。


 けれどこの戦いは、それこそ最後の1機になるまで勝負は分からない。相打ちになれば攻めるタクミ達の勝ちだと考えればやや有利か?



(だからといって、引き分けで、死んで終わりたくはない)



 出来ることを積み重ね、戦うだけの日々が充実していなかったと言い切るのは嘘だ。間違いなくこの半年は西村巧にしむら たくみの20年近い人生において、一番輝かしい日々だった。


 他者から評価され、英雄として祭り上げられ、満たされた物はあるのは確か。


 その上で、自分は何も手に入れられていない。それは敵を倒して奪われるものを守るだけの行為。決してそれは無意味な事ではないと理解して。



(ただ、壊して、守って。そうじゃなくて、もっと先を……っ!)



 取り戻すのではなく、積み上げたい。守るのではなく、作りたい。自分が何を残せるのかも分からない。けれどそれでも生きて、皆と笑って、何かを残して――



「それが、生きるって、事だろう!」



 操縦席で叫び、手元に追加された炸裂ボルトの作動スイッチを叩き割る。今現在の機体に予備のブレードは装備されていない。狙いはギガンティックバンガードの残骸、その中に混ざっているロングブレード。衝撃と共に装甲と月砂レゴリスを巻き上げながら刃が舞った。



(距離はある、けれどっ!)



 操縦桿のサブボタンを押し込み、腰部ワイヤードクローを起動する。先端にクローが取りつけられたアンカーが真空を切り裂き、宇宙空間を漂うロングブレードの柄を握りしめる。



「っ――! おぉぉぉっ!」



 動作モードを跳躍機動ステップドライブ近接専用インファイトに切り替え、再び跳ぶ。あと一歩で限界だが、次の瞬間死ぬほどでもない。高橋と共に戦った時間で得られた肉体的な余裕が、ここに来て意味を成す。



(この10秒で、終わりにする!)



 タクミが新たな得物を手に入れた事に気づき敵機がこちらに振り向く。それに対して跳び、ワイヤーを巻き取り、改めて右手で握りしめたロングブレードを振るう。


 エクスバンガードの大出力に支えられた一閃が、マスカレイドを切り払った。



(残19…… いや15!)



 両腕を失った高橋のバンガードが想像以上に奮戦していた。両肩に据え付けられた120mm滑腔砲を叩き込み、4機のLGマスカレイドを撃破している。


 カチリと針が進む。再び跳躍機構にパルスを送り込み、30tのエクスバンガードが月面で踊る。1秒に満たぬ刹那。刃が振るわれ、白く細長い手足が虚空を漂い。また1機、敵機が墜ちた。


 その直後、タクミに向けて中口径レールガンによる弾幕が突き刺さる。オーバー・レイジによる一斉射撃。高橋の反応を確認すればまだ健在で、先にこちらから片付ける腹積もりのようだ。



 カチリと時間が回る。数発被弾したが致命傷ではない。軽く後ろに下がり、姿勢を整えロングブレードを腰で構える。強いて言うなら居合いの型に近い。



(白兵動作パターン、コマンド……っ!)



 ペダルを踏み込み、本来入力する事の無い方向に操縦桿を傾ける。衝撃と共に腰の稼働を制限するリミッターが解除される音が左右から響いた。


 カチリと未来が迫る。つまるところ人間とイナーシャルアームドは可動域も、そして動作原理も全く別のもので。腰の回転を使った横薙ぎこそが最も威力が、速度が速くなる。



 カチリと時が来た。タクミはただオーバー・レイジ以外を自分の世界から押し出した。無数の可能性が思考を過って消えていく。複数のルートが脳内で火花を散らし、そしてその中から反射的に彼は可能性を掴み取った。


 エクスバンガードが跳ぶ、オーバー・レイジが迫る。砲撃とレーザーの弾幕が装甲を焼く。構わないまだ機体は持つ。土煙を上げながらのヘッドオン。瞬間移動に近い超速度の最中さなか、砂塵の中に違和感を感じた。


 瞬間姿勢を前に傾けて、虚空から放たれた弾丸を正面装甲で受け止める。確かに知らなければ突かれただろう。だが既にインビジブル・バレットは種が割れた手品で、来ると思っていればそれなりに対応出来る程度の代物に過ぎない。



 最後の踏み込み、装甲が焼けただれ、凹み、今にも倒れそうなエクスバンガードが刃を振るった。胴を全力で使った超音速の横一閃。


 オーバー・レイジのスタビライザーが切り落とされた、だがまだ終わらない。エクスバンガードが跳ね、横に振るわれた刀がそのまま上段に向けて襲い掛かる。月の底を泳ぐ深海魚のハラワタが飛び散った。



『ったく、本当に。たった一機でここまでひっくり返しやがって……』



 距離が近づいたからが、通信機から名も知らぬ敵ジャック=マーダンの声が響く。死に体の追加ユニットを脱ぎ捨て、レイジ・レイジが無事な本体を切り離す。その手にはレールガン。万全な状況なら耐えられる、けれどここまでの無理で慣性限界イナーシャルリミッターは警告を発していたが――


 けれどタクミは、気負いなくその限界を踏み越える。その動きを見た時、ジャック=マーダンが何を思ったのかは誰にも分からない。少なくともタクミの耳には何も聞こえなかった。


 エクスバンガードに組み込まれたのは跳躍ユニットだけではない。エア・ファネルに組み込まれていた慣性の熱量変換もまたその内部に組み込まれているのだ。つまるところ無理をするなら、もう1歩だけ踏み込める。


 再び振るわれた刃がレールガンが放たれるよりも早く、レイジ・レイジをそれを駆るジャック=マーダンの妄執と共に切り捨てた。





『……西村、20秒こっちはきっちり稼いだぜ?』


「高橋、敵いくつ残ってる?」


『はは、あと9機まで削れた。もう終わりだけどよ』



 オーバー・レイジの残骸、その横にエクスバンガードが擱座かくざする。どうやらタクミよりも先に、機体の方にガタが来てしまったらしい。サブモニターに目を向ければ、高橋のフルアーマーバンガードも動きを止めていた。



「終わりって、あと9機は――?」


『大丈夫、こっちで上皇と中枢を抑えた。どうやらクローンは一括制御だったみたいでさ。中枢で管理権限を奪えばこの通りと』



 通信に割り込んだ稲葉中尉の声で、ようやく高橋が口にした終わりの意味を知る。改めて見渡せば、残った敵機の動きも止まっていた。



「なんというか、ちょっとあっけない幕切れですね」


『アニメじゃないからね、まぁ綺麗に纏った方じゃない?』



 稲葉中尉の言葉に、そんなものかなと思いつつ。タクミは胸元のポケットから時計を取り出せば、日本時間ナナカと合わせた時計の針は0時を過ぎ。月面から地球を見上げるが、残念ながら東京に雪が降っているかも分からない。



「クリスマスが終わるまでに、帰れますかね?」


『何だかんだで、年末までかかるんじゃない?』


『早いとこ、ちゃんとした大地を踏みしめたいんですけどねぇ』



 帰れないと理解した瞬間、無性にナナカのぬくもりを求め。タクミは月の海の底で、地球に向けて手を伸ばす。意味がないと分かった上で、それでもただ彼女の傍に近づきたいと、そう思いながら。

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