ルナティック・ハイ

ハムカツ

第01話『砕かれた時』

01-1

 まだ僅かに朝に遠い夜。冬の身を切る寒さは複合装甲と野暮ったい操縦服である程度防げているが、体の芯をゆっくりと冷やしていく。旧式の暖房では精々足元を温くするのが限界だ。


 西村巧にしむら たくみは狭い操縦席の中、気を紛らわせる為に横目で戦術データリンクに目を向ける。また一つ、味方を示す光点が消えた。作戦通りなのは理解しても気持ちの良い光景ではない。


 廃墟の中に身を潜めてから15分、既に味方の1/3は撃破済みとなっている。



「まだ?」


『焦るなよ、西村。実際に死んでる訳じゃない』



 味方が減っていく状況に、指揮官であるクラスメイトの高橋相手に疑問を呈す。味方を単独行動させて撃破させ、鳴子として敵の動きを可視化。


 タクミが立案した本来ならば不可能な作戦を指揮しながらも、高橋は涼しい顔のままで状況の推移を見守り続けている。


 そう、これは実戦ではない。士官学校に通う学生向けの卒業試験。そして今廃墟に潜む彼らの役目は敵役。それも教導を目的とするエリート部隊でなく、その辺りの普通高校に通いながら軍事教練を受けている烏合の衆。


 完全に士官学校のエリート相手に華を持たせる為のやられ役だ。



「……高橋、これ以外に方法があったと思う?」


『知らんが、お前の考えたこれ以外意味がある意見は出なかった』



 数の上ではタクミ達の方が多い、3大隊100機弱。けれどこちらは10年前の旧式機。対する士官学校側は1大隊30機強、恐らく最新鋭機。レーダーやデータリンク等の操縦システムに関して言えば雲泥の差が存在する。


 単純なシステム面で勝負にならない格差があった。



「だからって、倒されることで敵の陣形を読み取るなんて無茶をよく」


『まぁ皆一矢報いたいって思ってるんだ。よし―― 敵の動きが読めた』



 高橋の一言でタクミは思考と機体の操縦モードを切り替える。肩膝立ちの停止ストップ安全セーフティから、低速ロー戦闘コンバットへ。


 廃墟の中に隠れていた緑色の巨人が立ちあがる。全長4.8m、総重量20tの第一世代型慣性機動兵器イナーシャルアームドバンガード。



 確かに旧式ではあるが、20年前に始まった月面帝国との戦争で投入された人型機動兵器であり。先んじて月面が投入したIAに対抗する為に作り上げられ、そして月との戦争を終わらせた名機でもある。


 デュアルアイ、背後に向けて伸びるプレートアンテナネコミミが特徴的なヒロイックな頭部。丸太じみた太さを持つ上腕と脚部。全体的に丸みを帯びたフォルムと合わせ古き良きスーパーロボットを思い起こさせる。



『動きは読めたが、お前と御剣が倒せるかどうかが勝負だからな?』


「小隊規模に分断出来たんだよね?」



 高橋の激に対し、いつもの平坦な口調で返す。右手で機体を起動しながら、僅かに乾いた唇をぺろりと舌で拭って、バイザーを開き眼鏡の位置を調整する。状態はオールグリーン、自分のテンションも悪くない。



『ああ、いける。まずはポイントA13の奴らを潰してくれ』


「了解、バニー2。行きます!」



 操作モードを低速ローから巡航クルーズへ、タクミの駆るバンガードが朝焼けを背に走りだす。別に士官候補生が憎い訳ではないが、それでもただやられ役として倒される義理もない。


 5年前、月面と地球との戦争が止まったことである程度は平和に。けれども今だに普通高校で軍事教練が行われる程には緊張しているこの時代を全力で駆け抜ける為、タクミはバンガードの操縦桿を更に押し込むのだった。





 訓練区画とは名ばかり、実質復興が行われていない廃墟を、タクミの駆るバンガードは進む。停戦から5年が過ぎたが、未だ都内の立て直しすら十分に行えていないのが日本の現状である。


 また一機、単独行動を取っていた味方が撃破判定に変わる。それで敵機の位置を捕捉した。数は3、機種は直前の通信から最新鋭機のダークギャロップで間違いない。


 肩に40mm機関砲を2門、そして120mm速射滑腔砲を1門。四脚の安定性を最大限に生かし圧倒的な火力を詰め込んだ制圧型IA。対するタクミのバンガードが装備するのは40mm突撃機関砲を2門。


 単純な火力で3倍を遥かに超える差が存在する。ここから撃ち合いをすれば確実にすり潰されて終わりだ。



(けど―― IAの戦闘は、火力だけで決まらない)



 ならば、距離を詰めればいい。慣性機動兵器イナーシャルアームドならば、その中でも正面決戦に特化したバンガードならばそれが可能だ。操縦桿のレバー押し込み移動モードを巡航クルーズから一気に限界機動オーバードライブに切り替える。


 タクミは月面帝国による爆撃でボロボロになったビルの合間から飛び出し、曲がりくねった市街地の道路を、F1カーを超える速度で敵に向かって突っ込んでいく。


 常軌を逸脱した行為、もし操作を間違え障害物に躓けば大事故になるだろう。


 だがタクミにとって、特に気にすることではない。そもそもこの程度の芸当なら目をつぶっても出来る自信があり、事実としてそれだけの実力を持っている。



『実質廃墟とは―― 市街地で限界機動オーバードライブっ!?、正気か!』


『120mmで迎――ける― 思う?』


『駄目だ、平地なら兎も角市街地を――』



 通信機の向こうから、慌てふためく士官候補生達の声が聞こえて来る。実戦ではないからか暗号化は甘く、ある程度距離を詰めれば傍受することが出来る。


 この状態で120mm砲を喰らえば、バンガードとはいえど無事ではすまない。だが亜音速まで加速したIAを大型の火砲で狙い撃てる人間の数は多くない。


 むしろそれを認識し、接近されることを前提に、肩の機関砲での攻撃に切り替えようとしている彼らは優秀なのだろう。



(けど、それも――っ!)



 このまま道を進めば十字砲火に丁度良いポイントが存在する。もしそこに限界機動オーバードライブのまま突っ込めばバンガードの緑色の装甲が、模擬ペイント弾の赤で染まり撃墜判定を貰うことになるだろう。


 カメラアイが敵影を捉える。ステルス機を思わせるフォルム。胴体から突き出した短い砲身。左右の肩に装備された機関砲。そして四本の足。人とも獣とも違う、強いて自然界で似たものを選ぶなら黒い蟲だ。


 それが3機、こちらを狙って機関砲で照準を向ける。


 装填されているのは模擬ペイント弾。しかし限界機動オーバードライブ中に直撃を貰えば撃墜判定が出るのはほぼ確実。それを防ぐなら速度を落とす必要がある。だがタクミは興奮する脳を理性で乗りこなしながら移動モードを切り替える。



(移動モードを限界機動オーバードライブから回避アヴォイド低速ローっ!)



 一度緊急回避モードを挟み、操縦桿で重心を後方に移し速度を殺す。間髪入れずに模擬ペイント弾が降り注ぐが、撃墜判定は出ない。



『こい――っ!』


『予想より、遅い!? さっきまで亜音速だった――ぞ!?』



 たった100m、1秒に満たない時間でで一気に速度を1/10まで落して防御力を確保。慣性機動兵器イナーシャルアームドは静止状態ならば120mm滑腔砲すら無効化する。


 地に足を付けている限り、静止したIAを撃破するには核兵器を持ちだす。もしくは慣性制御システムの限界まで砲弾を打ち込むしかない。だが高い機動力がそれを容易に許す事はないのだ。


 虚実を交え、速度を制御し、機動力と防御力を必要に応じて切り替える。腕の良いパイロットが駆ればIAは、いやバンガードは最強の陸戦兵器として君臨する。


 だがこれはタクミが高校生活の3年間、文字通り青春の全てをIAの操縦訓練につぎ込んだ結果であり、並の人間では真似できない。それこそ彼の腕前は才能と合わさって一般的な兵士を超え、教導隊レベルに到達していた。



『くそっ! 突っ込むっ! ――は120mmを』


『まて、このレベルの動きをする相手に格闘戦は――』



 前に出たダークギャロップが40mm機関砲2門によるフルオート射撃をタクミに浴びせかける。近接専用インファイトモードによる毎秒60発の弾丸が装甲に直撃するが、100km/hを下回った状態のバンガードならば装甲で止められる。


 だが集中砲火を受けている状態で加速する事は不可能。IAにとって防御力と速度はトレードオフ。この状態で慣性制御を速度に割り振れば、一瞬で撃墜扱いになってしまうだろう。


 動きを制限されたタクミのバンガードに向け、更にもう1機ダークギャロップが迫る。彼らの武器は機関砲だけではない、距離を詰め前足による打撃でプレッシャーを与え、そして残った1機による120mmでトドメを狙う連携。

 

 彼らも士官候補生として相応の訓練を積んでいたのだろう。ここまでの対応で致命的なミスはなく、確実にバンガードを追い詰めていく。


 タクミは後方のダークギャロップが構える120mm砲の射線と、前に出て来た敵機が重なるように移動。その上でこちらに迫りながら前足を振り上げた敵機相手に距離を詰める。2機のIAが激突する、敵味方識別で撃墜判定を確認。


 倒れたのはバンガードでは無く、打撃戦を挑んだダークギャロップ。操縦席の真横に設置されたセンサーに向けてバンガードの足が突きつけられていた。



『バンガードで、蹴りだとぉ!?』



 基本的にバンガードは蹴り攻撃を行わない。地球の自転エネルギーを速度と防御力に変換する都合上。その接点となる足は多い方が良い、ただしある程度の不安定さも必要なので純粋な出力を求めるなら2足歩行が最適解となる。


 だからこそ、蹴りという足を使う攻撃はリスクが非常に高い。片足を失った時点でIAは無敵の機動兵器から鉄の棺桶に変わってしまう。


 最悪足を2本失っても行動可能な4脚型でなければIAの近接専用インファイトモードには蹴り技は用意されていないのだ。


 しかしタクミはその常識を無視して、わざわざ足にレーザーマーカーを仕込んでいた。緊急時にのみ使用する完全手動マニュアルモードの切り札でまずは1機撃。



『だが、片足で――るかっ! ――120mmでとどめだっ!』


『りょうか――!?』



 バンガードが倒れ込む。不安定な片足立ちの体勢を崩し、姿勢を下げ位置エネルギーを運動エネルギーに変換。その勢いでレッド2に向かって一気に加速。


 一般的な軍事教練を受けた高校生を遥かに超えた、トップエースに匹敵するレベルの慣性機動イナーシャルマニューバに敵機の反応が間に合わない。


 前に出たダークギャロップの機関砲がバンガードを捉え、敵味方識別上のステータスが低下するが、小破に至る前に止まる。先程から続けたブルオート射撃で弾丸を全て撃ち尽くしたのだ。


 タクミはバンガードの右手に装備した突撃機関砲を地に落とし、腰に装備した近接ブレードのグリップを握りしめる。そのまま直進、機体を格闘モード切り替え前足で迎撃しようとするが一手遅い。


 刃の代わりにレーザーが振るわれて、2機目を撃破。



『ま――く、嫌になる――っ!』



 最後の一機に左手に装備した40mm突撃機関砲を向けるが、どうやら状況を見切って逃走を選んだようだ。突撃機関砲を向けて発射するも、速度が出ていなかった事もあり有効打にはならない。



「まずは、2機かぁ…… 出来れば3機とも倒したかったけど」



 少しの悔しさ。そしてそれ以上に自分の全力を振るい、結果を出せた高揚感に包まれながらタクミは通信機に耳を傾け――



「――クミ、そこにいるんでしょ?」



 通信機越しではない、涼やかな声で西村巧にしむら たくみは目を覚ました。

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