09-3



(これは―― 予想以上にっ!)



 タクミは自らが駆る新しい愛機に対し胸を震わせていた。カタログスペックでは出力に関して1.5倍。実際に操ればその差は歴然、シミュレーターで得られる実感とは比べ物にならない全能感が全身を突き抜ける。


 IA-03-Ex バンガード特装型、通称『エクスバンガード』。月面帝国の有するルナティック7に対し、単純な性能を持って対抗する事を目的とした、バンガード強化改装計画によって生まれた機体の1機。


 総生産数は20機を下回る、文字通り幻の機体である。


 高橋の尽力で、タカクラ重工にて研究目的で保管されていたパーツを使い、本来廃棄される予定だったバンガードを改修し、タクミの専用機として組み上げたのだ。



(そして、この超電磁突撃砲アサルトレールガンも悪くない……)



 そして、右手に装備した大型レールガンに目を向ける。サイズは120mm滑腔砲よりも一回り小さく、それでいて火力と速射性では上回る。欠点を上げるなら、要求性能を満たす為、安定性をやや犠牲にしている点であろう。


 けれど、正面からルナティック7と対決することを、前提とするのならこの圧倒的なスペックに頼らないという選択肢は存在しない。



ラビット3タクミ! 敵がお前を囲もうとしている。可能な限り分断はするが――』


「いや、大丈夫。ラビット2高橋―― エクスバンガードの試運転に丁度いいっ!」


 移動モードを低速ローから限界機動オーバードライブに。タクミの駆るエクスバンガードが、コンクリートを砕きながら、一瞬で亜音速を突破し、超音速に突入する。


 通常のバンガードが腰に装備する慣性蓄勢器イナーシャルキャパシタを、肩に2個装備する事によって生まれる過剰出力を、そのまま加速度に変換。全身に追加されている冷却装置が噴煙を上げ、タクミの駆るエクスバンガードの咆哮が響き渡った。



(まずは――っ!)



 レーダー上で確認した手短なマスカレイドに対し、レールガンを叩き込む。口径こそ120mmを下回るが、超音速を突破した特殊徹甲弾が、攻撃を仕掛けようとしてきた敵機をたった一撃で撃ち貫く。



「次っ!」



 敵機からの集中砲火が背後に炸裂するのを感じながら、タクミは更に超電磁突撃砲アサルトレールガンのトリガーを引き絞る。こちらの攻撃を予測していたのだろう、射線から逃れようとした敵機は、しかしそれを上回った予測射撃によって脚部を撃ち抜かれる。



『タクミ―― 後ろっ!』


ラビット4ナナカ、頼む!」



 背後から迫るマスカレイドを、警告してくれたナナカに任せる。横目で見れば、片手だけのバンガードが、両手剣を振り上げ襲い掛かる敵機を蹴飛ばしている姿を確認出来た。



『こっちは片手なんだけど?』


「無理を言った自覚はあるけどさ――っ!」



 掛け合いの合間を縫って、前方に2発。エア・ファネルともう一機のマスカレイドをけん制しつつ。そしてナナカのバンガードと入れ替わる形で彼女が蹴り倒した敵機にトドメを刺す。



「残りは?」


『エア・ファネル込みで10機以上でお前達囲まれてるぞ!』


ラビット2高橋は基本牽制でお願い。ナナカと二人で数を減らす!」


『ったく! 死ぬんじゃねーぞ!』



 高橋の声援を通信機から受け取って、タクミはエクスバンガードの出力を更に向上させる。ナナカとの連携を考えると、やや彼女に無理を強いる形になる。けれどそれなしでこの状況を犠牲無しに切り抜ける手は存在しない。



「ナナカ、背中は任せた」


『うん、任される』



 タクミのエクスバンガードと、ナナカのバンガードが背中を預け合い。彼らを囲むマスカレイドと、そしてエア・ファネルに対して武器を構える。ルナティック7を含む5倍以上の戦力を前にしながら。


 それでもタクミはヘルメットの下で笑みを浮かべる。


 今自分は一人ではない。背中をナナカが、そして周囲にはレナ大尉や高橋達が、まぁ恐らく稲葉少尉も相応に頑張っていると信じることが出来る。


 ただそれだけで、可能性が広がっていくのを感じる。自分一人では届かない場所まで駆け抜けていける。そんな確信をもって、彼は再びレールガンを構え―― 蹂躙を再開した。





「ふざけるな! 大隊規模の戦力を―― たった1機の!? たった1機のIAが!?」



 サミュエル=マーヴェリックの目の前に信じられない現実が広がっていた。たった5分、300秒で彼が指揮するマスカレイドの大隊が壊滅したのだ。敵機は全て旧式のバンガード。数の上でも、性能の上でも間違いなく圧倒していた。


 けれど、それでも。


 コードEx、対ルナティック7仕様のバンガード。特殊な機能を持たせず、ただ純粋な慣性機動兵器イナーシャルアームドとしての性能を追及したバージョン。知識としては存在を知っていた。だが実戦に投入されながらも大した戦果を上げていない。


 そもそも過剰なのだ。バンガードの時点で才能がある人間が、ギリギリ操作可能なモンスターマシーンであり、だからこそダークギャロップはIAとしての性能を犠牲にして、操作性を向上させている。


 つまりあのエクスバンガードを駆るパイロットは、文字通りの規格外。人の限界に迫るバンガードを乗りこなし、それ以上のモンスターマシーンを乗りこなす。



「ふざけるな」



 認められない。



「ふざけるな、ふざけるな――っ!」



 認める訳にはいかない。月面人ルナリアンがルナティック7。超古代の発掘兵器を有して尚、勝利する事が出来ない化物の存在を。超古代遺跡に、月に選ばれた自分達を脅かす存在を。



「蛮族が! 貴様の存在が、ロック=アーガインを! 我々を殺すなどっ!」



 サミュエル=マーヴェリックは跳躍する。本来IA戦の常識に存在しない空中機動。しかしそれを超古代発掘技術によって可能としたのが、彼が駆るエア・ファネルという機体である。


 超音速機動によって発生する過剰慣性ベクトルを、熱量に変換することで放出。本来地に足を付けなければ不可能な限界機動を空中で行う為のシステムだ。


 それは水上を、足が沈むより先に、足を動かして前進するのと同等の所業。タイミングを誤れば、そのまま大気の底に沈む狂気の沙汰。



 だがそれをサミュエル=マーヴェリックは訓練によって現実の物としたのだ。


 本来はルナティックコード、発掘品の中でも複製不能な超遺物を起動する為に必要な起動コードを、与えられる予定は無かったエア・ファネルが、こうしてルナティック7の1機として稼働しているのはサミュエルの努力があってこそだ。


 だが、その努力と発掘超遺物の組み合わせが、ただの力技。量産可能な慣性制御技術と、ただの操縦技能によって圧倒されている。


 自分だけではない。ロック=アーガインも同じ様に努力と超遺物を掛け合わせながら、ただの量産機バンガード相手に敗北したという現実。



 この事実を認めてしまえば、ここで折れてしまえば、サミュエル=マーヴェリックの人生は。レオニード=ロスコフを狂信する全ての人間が、これまで生きて来た道が全て否定されてしまう。


 だからこそ、サミュエルは、目の前のエクスバンガードを叩き潰す為、黒に染まったエア・ファネルを弾丸として正面から突撃するのであった。





『タクミ、エア・ファネルが来る!』


「5秒頂戴!」


『別に残った敵は私が倒してもいいんでしょ?』



 ナナカの軽口を背に受けて、タクミは超音速で突撃してくるエア・ファネルに対して正面からヘッドオン。本来陸戦兵器ではあり得ない、超音速の機体同士による戦闘機動。


 衝撃波がぶつかり合い、一回り大きいエア・ファネルの機動が歪んだ。



「そこっ!」



 声よりも早く、タクミはトリガーを引き絞り速射モードで超電磁突撃砲アサルトレールガンを乱射する。速度は音速ギリギリ、直撃は狙わない。けれど衝撃波によって作りだされた牢獄がエア・ファネルの軌道を制限する。



『貴様ぁっ!』



 だが、敵はその牢獄の中。強引に機体を変形させ、反撃で速射レールガンを乱射する。威力こそタクミのエクスバンガードが構える超電磁突撃砲アサルトレールガンを下回るが、直撃すれば手足を吹き飛ばす程度のダメージは免れない。



(けど、こいつの出力ならっ!)



 姿勢制御、操作モードを限界機動オーバードライブから低速ローへ切り替える。速度を失う代わりに得られた防御力で、集中砲火を装甲で受け止める。


 

「カウンター、だぁっ!」



 左手に握った操縦桿のトリガーを押し込み、腰に装備した空間戦用のワイヤーを射出する。本来なら超音速で駆動するエア・ファネル相手に使用出来る武装ではない。


 だが、強引な変形で慣性制御限界イナーシャルリミッターに到達したエア・ファネルにはそれを回避する余裕も、バンガードの様に受けきる余裕も存在しない。


 射出されたワイヤーが、エア・ファネルの細い左腕に巻き付いたのを確認し、タクミは手動マニュアルモードに上半身の操作を切り替える。



「これで――っ!」



 逃げようとするエア・ファネル。強引に拘束を引きちぎろうとするが、それより先にエクスバンガードの両手がワイヤーを握りしめるのが一瞬早く、そしてそのまま、ワイヤーを全力で振り回す。


 エア・ファネルがエクスバンガードを支点に回転する。ただのマスカレイドならばそれだけで内部機構が遠心力でボロボロになり、機能を停止してもおかしくはない。


 だが、ルナティック7の意地なのか、それでも最後の抵抗とばかりに、両手両足に装備されたレールガンを放とうと機体を蠢かす。



「させ、るかぁぁぁぁ!」



 だがその最後の一撃が発射される前に、タクミの駆るエクスバンガードがワイヤーを引き寄せる。射撃姿勢が崩され、あらぬ方向にエア・ファネルの四肢からレールガンが放たれるが、虚空を引き裂いて消えていく。


 そして、エア・ファネルの胴体に、エクスバンガードの拳が突き刺さる。バンガードのそれより一回り大きなエクスバンガードの右腕は、既にマニピュレーターと言うよりも、一種鈍器としての機能を持って――


 樹脂製の装甲ごと、その内側で何かを叫んだサミュエル=マーヴェリックの命を叩貫いたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る