09-2


「意外と高橋って、スパルタだよね」


「いや、ちゃんと後に疲れが残らんよう加減はしてるぞ?」



 タクミと高橋の前には、地獄絵図が広がっていた。砂ぼこりに汚れた姿で、正座姿勢で待機するバンガードの中隊と、そこから這い出し地面で芋虫のごとく転がっている操縦士達の姿である。


 つい先ほどまで、二人相手の模擬戦を行い、完膚なきまでに打ち倒された同僚の屍である。一応階級的には特進したタクミ達の方が高く、書類の上では部下と上官の関係となっているが。



「た、高橋伍長はやらせる事が厳しくて、西村伍長は攻撃がえげつないであります」


「普通に訓練で足を使ってくるのはおかしいっすわ」


「毎日訓練哨戒合わせて6時間は、結構無理の範囲やないですかね?」



 一番最初に回復したのは、オカッパ、リーゼント、アフロの三人組。特徴的なヘアスタイルかつ、そこそこ動きが良いので、人の顔を覚えるのが苦手なタクミでも何となく話す程度は仲が良い。


 最もタクミは名前を覚えていないのだが、半ばあきらめられているのだろう。



「一応、生存時間は伸びてるし、訓練の効果は出ている……よ?」


「そもそも俺を撃墜出来れば、西村は数で倒せるはずだぞ?」



 そんな彼らの為、タクミはせめてものフォローを行おうとするのだが、高橋から見ればまだまだやれると思えるのか、辛辣な言葉が叱咤激励として放たれる。もっともその半分は彼自身が自分を評価していないのが理由なのだが。


 タクミから見れば、彼らの連携はむしろ良く、少なくとも自分と高橋相手に正面から10分粘ったのは賞賛に値するレベルである。



「ねぇ、高橋。もしかしてルナティック7相手にさ、矢面に立たそうとしてる?」


「最低限、凌げる程度には叩き込んでやりたいだろう?」



 ヘルメット片手に、額を抑える高橋の顔を横目に、タクミは唇を釣り上げた。目の前でへばっている同僚からすれば、高橋よりも自分の方が優しく見えているだろう。


 けれど実際に優しいのは逆で、高橋だ。


 無論タクミも、いざという時は自分達が矢面に立ち、彼らを下げるつもりはある。だからといってここまで徹底的に、生き残れるよう、常日頃彼らを鍛えようと気力を注ぐことは出来ない。



「成程、ナナカさん。これがボーイズラブ。というものですか?」


「レナ大尉、片方は私の彼氏でなおかつ男色の気は―― ない、よね?」



 そんな会話を続けていると、少し離れた場所からナナカとレナ大尉がやって来た。ナナカは野暮ったい国防軍の操縦服。レナ大尉はいつも通りのメイドパイロットスーツに身を包んでいる。


 スレンダーで未成熟な少女としての魅力を野暮ったい操縦服で包んだナナカ。豊満なボディをラインが出る煽情的なパイロットスーツで魅せるレナ大尉。


 対照的な二人のコラボレーションで、一気に後ろで倒れていた面々がしゃんとするのだから男という生き物は現金だ。


 ただし実年齢を考えれば、レナ大尉をそういった目で見るのはやや問題があるが、どうにもクローンに対する法整備も、倫理の問題も後回しになっている感がある。タクミは深く考えるのを止めた。倍近い年齢の恋人の方がどう見ても年下に見える点も含めて。



「そこ、ちゃんと断言してくれない? ちゃんと恋人なんだし」


「おい、そこの3人。このバカップル二人に投げつける為の避妊具取って来い」



 一応ナナカは自分の彼女だという精一杯の主張を、全力のノロケだと高橋がジョークを飛ばす。やや加減が効かず、フルスロットルになることの多い二人にとって、乱暴な彼の言葉がありがたい。


 避妊具を取って来いと命じられた面々も、御剣伍長相手に投げつけるのは犯罪ですからと、スルーするのも最近お約束の流れだ。



「しかし、大尉の機体。結局運用凍結されるんでしたっけ?」


「ええ、お蔭で軌道上で無理を押している月面近衛騎士団 ルナティックインペリアルガードから、予備機を回して貰いました」



 ハァ、と大尉はため息を付く。一応政治的な力学が決定打となったのだが、かの機体の持つ超電磁結界その物が、著しく共闘に向いていない事実も大きい。


 最大出力の動作試験を行った結果、地球側の通信システムに大規模な障害。更に月面側は、電波ではなく量子通信を行っているので敵の妨害に使えない。


 調べれば調べる程、ルナティック7と呼ばれる規格外の戦力は、そもそも共闘に向いていない事実が明らかになってしまったのだ。



「それがあの、マスカレイド…… ですか?」


「はい、識別と威圧感を軽減する為にミロのヴィーナスを象った仮面を」


「まぁ、識別は…… 出来ますし、間違えて、誤射する事は。ないと思いますわ」



 その場にいる全員の視線が、数十メートル先に駐機されているマスカレイドに集中する。軌道上での戦闘を主任務とする月面近衛騎士団 ルナティックインペリアルガード仕様のマスカレイド。


 通常の機体と比べれば肩部と腰部に慣性姿勢制御器イナーシャルスタビライザが装備のが大きな差異であるのだが、そんな細かなことを吹き飛ばすインパクトが顔面に張り付いていた。


 一切のディフォルメなく拡大されたミロのヴィーナス。その顔がのっぺりとしたマスカレイドにぺたりと張り付いている光景は、シュールを通り越し、一周まわって芸術性を獲得出来る領域に達しているのかもしれない。



「やはり、可愛らしくはありませんし。余裕があれば他の顔に……」


「一応聞きますけど、候補とかあります?」


「こ、古典的な美術品からの引用は避け、日本のメーカーと協議します」



 何となく選んだ結果の悲劇か、とタクミは納得する。深く考えずに適当に選んだ結果が、この邪神像寸前のコラボレーションだったのだ。まぁそもそも彼女の年齢を考えればこういったミスをしてしまうのも仕方がない事なのかもしれないが。


 レナ大尉は無表情のまま。しかし頬をほんのり朱に染めた。それはメイド服風味のパイロットスーツと合わせ、タクミ以外の男性陣にとって目の保養になった様で、全体的に緩やかな空気が場に流れる。



「さぁて、休憩終わり。そろそろシャワーも空いてるだろうし順次休憩に――」



 高橋の言葉とほぼ同時に、全員がポケットに入れている、戦術データリンクシステムのタブレットから警報が放たれた。


 ただそれだけでこの場にいる全員のスイッチが切り替えられ、気の抜けた若者の集まりから、数度の実戦を経た兵士の集団に変化する。



「入りたかったが、どうやらJAXAと空軍が仕事をしたらしい。メガフロートから敵機の襲来を確認。その軌道から目標地点は横須賀でほぼ確定。喜べ出迎えに10分も使える。総員自機に搭乗、プランはA! 復唱は省略、走れ!」



 その高橋の言葉で、一気にその場にいた全員が、各々の愛機に向けて走りだす。訓練直後ではあるものの、機体はほぼ全力で稼動可能な状態で、状況は悪くない。



「高橋、プランAなら敵機は新型のエア・ファネルでしょ?」



 並走しつつ、ヘルメットを被りながら。タクミは高橋に話しかけた。いや、正確には話しかけながら、訓練で使った機体ではなく格納庫の方に足を向けている。



「ああ、そうだけどまさか――」


「高橋が用意してくれたとっておきを、最高のタイミングで叩き込んでやりたい」



 想定される敵機、部隊の配備状況。その全てを考慮した上で、あえてタクミは理性が出した答えではなく、高橋への感謝を理由に行動を選ぶ。にその決意に、高橋は愛機に走りながら――

 


「ああくそ! いつも通り好き勝手やりやがれタクミ!」


 

 いつも通りの言葉で、タクミの背中を押し出した。


 その声に親指を立てて応えつつも、ああナナカを半ば放ってしまったとほんのちょっぴり後悔しつつも、それでもとタクミは、格納庫に眠る新しき『力』に向け、駆け抜けるのであった。





 サミュエル=マーベリックは操縦席で、思い通りにならない現状に対し不愉快だけを積み重ねていた。


 ジャック=マーダンを説き伏せ、自分と同じ積極攻勢を求める部下12人と24体のクローン兵士による大部隊を編成。その大戦力をもって、日本国防軍が反抗作戦の主力として編成する部隊が駐留している横須賀への弾道飛行強襲。


 慣性変換式発電機関イナーシャルジェネレータ の試運転を兼ねた片道切符の強行軍に対し、F-35改を有する国防空軍も、イージスシステムを要する国防海軍も、反応することすら出来なかった―― はずだ。



 それでも、この基地に展開するIA部隊は、この既知の概念を無視したカミカゼ染みた戦術に対応。いや即応してみせた。


 バンガード2機1組による対空砲と大型シールドを要する、防空小隊が連携して行うハラスメント攻撃。


 戦力が削られた訳ではないが、徹底して部隊は分断され、サミュエル自身も単騎で敵地に降りる事となった。そして――



「状況は、どうなっている!?」


『敵機と遭遇! なぁに、正面から叩き潰して――』


『くそぉ! あいつらちょこまかと動きまわって!』


『畜生! ブレードをやられた! こいつらぶっ潰してやる!』



 月面帝国の誇る、ルナティック7に次ぐ戦力である筈のエリート部隊が、完全に翻弄されていた。


 国防軍は徹底的に正面決戦を避けるゲリラ戦法で、サミュエル達を迎撃する。未だに撃墜された機体こそいないが、既に多くの機体が少なくないダメージを負っていた。かといって離脱するには戦果が足りない。


 これだけの兵力を動かした上で、こうも良いように凌がれれば士気に関わる。



 サミュエルはギリギリと奥歯を食いしばる。ただ自分はロック=アーガインを弔いたいだけなのだ。その為にわざわざパイロットスーツを黒で染め上げ、愛機のエア・ファネルも漆黒で塗りつぶした。


 彼の愛した黒を纏い、彼の命を奪った敵を華麗に葬る。ただそれだけの為に、戦略の上で半ば無意味なこの襲撃を仕掛けたのだ。



 ユェン=ターサンと同様に、己の欲望を振るう為。無慈悲に、ただただその力で敵をねじ伏せ、勝利の凱歌を高らかに奏でる為。そんなルナティック7という力があれば、単純に成せることが上手くいかない。


 こんな無様な味方の姿を見る為に、空を舞っている訳ではない筈なのだ。誰も彼もがサミュエルの思う通りに動かずに、いらだちだけが積み重なる。



「全機! 敵の撃破よりも集合を優先しろ! 戦力をまとめて敵を殲滅――」



 命令を言い放つ前に轟音。これまで使われていたSAM地対空ミサイルや、機関砲よりもずっと速度の速い一撃、レールガン。反射的に回避して、射角から機体を割りだせば、そこにはマスカレイドの姿があった。


 それだけでサミュエルは理解する。皇帝派の戦力が防衛軍と共闘しているのだ。かっと頭に上がるのを、辛うじて残っていた理性で抑え込もうとするが――



 その脇に立つバンガードを見た途端、全てが吹き飛んだ。右手に装備するロングブレード、それをサミュエルは知っている。ロック=アーガインが駆る、グラ・ヴィルドを撃破した機体。


 そもそもアレは、汎用の武装ではなく、装備している機体は殆どいない。状況から見て、間違いなく彼が復讐すべき相手であることは明白であった。



「――見つけたぁ! 貴様がっ! ロック、アーガインを!」



 僅かに残していた高度を速度に変え、サミュエルはエア・ファネルを黒き弾丸として、ロングブレードを構えたバンガードに叩き込む。


 自由稼働する四門の速射レールガンによる包囲射撃で逃げ道を塞ぎ、そして超音速のまま突入し、大気の底に衝撃波を叩き付け、強引に飛翔体から、人型に変形。



「貴様には! 貴様には名すら語らぬ! 今すぐ、ここでっ! 八つ裂きになれ!」



 黒い弾丸が2つに割れ、二刀流の超振動細剣が振るわれる。上段からの振り下ろし、更にそれを避けたとしても本命の突きが襲い掛かる、隙の無い正に絶技と呼ぶべきコンビネーション。


 言うなれば急降下可変抜刀術フォール・ブレイク・イアイと呼ぶべき必殺技を――ロングブレードを構えたバンガードは、同じく規格外の剣技で迎撃する。


 回避出来ぬと理解した瞬間、ロングブレードでエア・ファネルの放った初撃を受け切り。超振動により歪み、爆ぜようとする刃を、強引に捩じり、一瞬を稼ぎ、アスファルトを脚部で切りつけて、一歩下がる。


 そして満を持して突き放たれた、必殺の突きを、まるでそれが当然であるかの如く、左腕で受け、強引に軌道を捻じ曲げ、操縦席への致命傷から逃れてみせた。



「ほうっ! だがぁっ!」



 これでチェックメイトだと、サミュエルは再び超振動剣を構えるが、振るう前にその場から飛びのいた。一瞬遅れてレールガンが着弾。国防軍に協力するマスカレイドによって敵討ちが邪魔されて、彼の中にある怒りのボルテージが更に天井を抜ける。



『――これで、終わりね』


「女の、声……? だからと言って、殺さぬ理由にはならん――ッ!」



 通信機の公用周波数から聞こえて来た声に、一瞬だけ戸惑うが、けれど一度放たれた激情は止まる事なく、サミュエルの怒りを乗せて、エア・ファネルは再び剣を振るいバンガードと、それを援護するマスカレイドに対して突撃する。



『ナナ――、御剣伍長!』


『大丈夫です、大尉。下がって回避を』



 サミュエルは違和感を覚える。何故敵はこれほど落ち着いているのか。何故絶望していないのか ――そして何故、先程まで騒がしい程だった味方の声が、今は全く聞こえないのか。


 警報音が響く。レーダに反応、熱量、慣性反応イナーシャルエフェクト共に規格外の存在が出現したことを理解した。



「なっ!?」



 その一撃を回避できたのは、エア・ファネルがIAとして圧倒的な機動力を持っていた事と、サミュエル自身が持つ操縦技能の二つが組み合わさったからだ。


 地球側の運用する火砲ではない。強いて似ているものを上げるなら、月面帝国のレールガンであろうか。だが初速と、そこから想定される威力は桁違い。


 サミュエル=マーヴェリックは、エア・ファネルのカメラアイを動かし、その砲撃の発射地点に目を向ける――


 濃緑の装甲、だが『それ』は彼が知るそれよりも一回り分厚い。力強い手足、だがそれは彼が知る『もの』と比べれば鉄塊と呼んでも差し支えない。『これ』は間違いなくバンガードであった。


 ただし、目の前で左手を失った機体と同じIAなのかと問われれば、違うと言い切れる。熱量が違う、出力が違う、そして何より迫力が違う。


 余剰熱量を放出しているのだろう、莫大な水蒸気を吐き出し続けるレールガンをかまえ直して『規格外のバンガード』が、煌々とその双眸を、血よりも濃い赤で染め上げながら、サミュエルと、エア・ファネルを視界に捉え――


 サミュエルは初めて、敵の姿に恐怖を覚えるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る