01-4
二人は1階にある教室から特に会話もなく、それでいて沈黙が辛い訳でもない時間を過ごしながら何方ともなく屋上に向かい。そしてそのままボロボロになったプラスチックのベンチに座り空を見上げている。
真冬の寒さも、真夏の熱気も湿気もない、心地よい春の夜空が広がっていた。
「タクミは、兵役が終わったらどうするつもり?」
「あれ? もうタカクラに入社が決まってるって話をしなかったっけ?」
「決まったとは、そういう話があるとは聞いたかも……」
ナナカは12月頃、彼がIAの国内最大手のタカクラ重工から、兵役終了後テストパイロットの誘いが来ていると喜んでいたのを思い出す。確定したと聞いていなかったが、彼女は嬉しさと、ほんの少しの嫉妬を感じる。
高卒で兵役を終えた兵士はそれなりに企業からの需要が多い。とはいえ一定の体力と学力水準を期待されているだけで、彼みたいに学生のうちからメーカーとやり取りをして、実力を見出される人間はほんの一部でしかない。
刀を振る事しか出来ず偏屈だった自分と同様に、周囲から浮いていたアームドジャンキーなタクミが評価されている事に嫉妬を感じた。けれどそれ以上に素直な嬉しさを感じる心も確かにあって、そんな事が少しだけ誇らしい。
「凄い、私は将来のことは何も考えてないし決まってない」
「ナナカなら普通に教導隊に入れるんじゃない?」
「出来ると、好きでやりたいはまた別の話だから」
実際に彼女にとって剣術とはやりたい事でもやるべき事でもなく、ただ出来る事に過ぎない。優れた技術も思い通りに動いてくれる身体も、彼女にとっては誇るべき成果ではなく、強いていえばIAの操縦時に役に立つ程度の認識だ。
タクミがそうであるように、やりたい事を続ける人生を羨ましいと感じてしまう。
「ふーん、まぁいいんじゃない。人生は長いし」
「人生は長くとも乙女の命は短いから。まぁ――」
「ふぅん、何? この雰囲気、なんかこう僕はお邪魔虫って感じかなぁ?」
二人だけのはずだった屋上で、急にかけられた声に驚き扉の方に目を向ける。彼らの通う普通高校の学ランではない、日本国防軍の物と近いデザイン。階級章からその少年が士官学校の学生である事を理解する。
ショートカットの髪型と整っている中性的な顔立ちで一瞬女性のように見えるが、目を凝らせばしっかり引き締まった体をしている事が服の上からも見て取れた。
「えっと、そのうちの学校に何か御用ですか? 一応ここは立入禁止で、まぁ見ての通りの状態なのでここは見なかった事にして頂けると有難いです」
タクミは可愛らしい顔で精一杯殺気を出そうとしているナナカの手を引き、体を引き寄せ、腰に手を回す。彼女は無表情のまま、けれどほんの少し頬を赤く染めながら、その大胆な行動に胸の鼓動を高鳴らせる。
しかし手を回した本人は涼しい顔。ナナカもタクミが自分達二人ががこっそり逢引しているアベックであると誤魔化し、空気を読んで下がってもらおうとしている事は理解出来ていた。
だが自分だけがドキドキしているのかと思うと、ほんの少しだけ悲しい。
一度夏の海で自分の方から似たような事をして、ナンパしてくる相手を追い払った事はあった。しかしその時の自分よりも冷静かつスマートにやられると、理由もなく理不尽なイライラが頭をよぎってしまう。
「いやぁ君達に用があってね、僕は
リョウと名乗った男は一歩二人に近づいた。空気を読んで下がってくれという言外の要求を、完全に無視して近づいてくる彼は目的を果たすまで帰る気が無いのは明白で、ごめんと小声で呟いて一歩ナナカを下がらせる。
「西村君と御剣さん、いやぁ二人とも僕らの間では有名人だからね。出来れば話しておきたいと思ってやって来たんだよ。君たちよりもカリキュラムが厳しくてこんな時期になってしまったのは許して欲しい」
「そういう事でしたら、連絡を頂ければ……」
「いやぁ、あれは士官学校から見ると一つの不祥事だったからね」
まぁ君達にとっては大金星だったけどね、と笑いながらゆっくり近づいて来る。特に警戒する必要も理由もないのだが見定めるような視線にタクミも、そしてその後ろに隠れたナナカも身構える。
「ううむ、そんなに警戒されるとちょっと困るんだけど」
「その、なんというか、稲葉……准尉は」
「いいよいいよ、まだ正式に任官したわけじゃないし、リョウって呼んでよ」
人懐っこい笑顔と声色で迫って来る、目的不明の相手に…… いや、少なくとも絡んで来る理由は予想出来る。彼の言う不祥事。タクミ達を含む普通高校選抜者と士官候補生による模擬戦系式で行われた士官学校の卒業試験である。
お礼参りかその類かとタクミとナナカは警戒する。が――
「ああ、心配しなくていいよ。色々問題になる前にまぁうやむやになっちゃったしね。僕らの経歴に傷はつかなかったし、まぁ同期の中にはプライドを傷つけられたって鼻息荒い連中もいるけど少数派。それよりも――」
リョウはしげしげとタクミを眺める。敵意は感じない、むしろ好意的な印象すらうかがえた。
「君、本当に試験の時に僕を襲ったバンガードの操縦士?」
「襲ったって、結構な数の相手を撃墜しましたけど……」
「まぁ、僕は生き残ったよ。死ぬかと思ったけど」
ニコニコと笑みを浮かべるリョウの姿と言葉で、ナナカは一人だけ制限時間まで逃げ切ったダークギャロップの存在を思い出す。タクミもああと手を打ったところを見ると何度か模擬戦の時にそれらしい相手と遭遇した記憶はあるようだ。
「どうせ部下にするなら君達みたいに優秀な人が良いなって思ってね」
「多数派の中で抜け駆けしてやって来たって事ですかね?」
「その通り、まぁ君たちにとっても良い話なんじゃない? 離れ離れに配属されるよりはずっとね。ああうん、部隊内の恋愛は良いけれど任務の時は割りってくれよ?」
恐らく生き残った彼だからこそ、こうやってタクミをスカウトしに来れたのだろうとナナカは考える。それを差し引いてもプライドよりも実利、いや面白さを優先するタイプの人間に見える。
いかに実力があろうと、この平和に向かう時代でタクミや自分みたいな問題児の戦闘特化型を集めるのは割に合わない。
「普通、新人の准尉って叩き上げの兵士と組み合わせられるのでは?」
「通例ではそうなんだけど、優秀な人間って奴は少なくてね。下手な奴と組まされる位なら確実に使える新人の方がずっといいなって話」
やれやれとリョウはオーバーに両手を広げる。冗談なのか本気なのかは分からないが少なくとも自分達に興味を持っているのは間違い無さそうだ。
「まぁ実際、僕の要求が通して貰えるかも分からないし。同じ師団に配属されるのは場所から見て確定だけど、同じ大隊に配属されるかは分からないからねぇ…… まぁ機会があれば考えてって感じ」
それじゃあ、と現れた時と同じ唐突さでリョウは踵を返して去っていく。まぁ機会があれば、と気のない返事を返すタクミに対して、もっと強く断って欲しいとナナカは頬を膨らませる。
ただ、タクミと同じ部隊に配属されるというのは本当に少しだけ心が躍る。最も別に稲葉准尉の下に配属されなくとも、同じ部隊になる可能性はあるのだが――
それにナナカが気づいたのは稲葉少尉とは関係ない部隊に、タクミと共に配属された後であった。
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