03-2


「正直な話さ、ここまで上手くいくとは思ってなかった」


『それだけ稲葉少尉がやり手だったんだと思う』



 タクミは整備員によって調整されたバンガードに乗り込み、内部で仕上がりを確認しながらナナカに話しかける。彼女も自分のバンガードに乗り込んでいる為、私用で無線を使っている事になるのだがそれを咎める余裕がある人間はどこにも居ない。


 タクミが考案し、稲葉少尉が上に提案した作戦の為に急ピッチでその準備が進められている。今まで漂っていた重い空気は熱を持った狂騒で塗りつぶされている。



『しかし、私の武装はロングブレードと追加複合装甲で?』


「うん、今回は正面からの殴り合いを頼むから」



 酷な事を言っている自覚はある。グラ・ヴィルドの胴体に内蔵された中口径レールガン。一撃でIAを叩き潰す振り下ろし。そのどちらも致命的な攻撃であり、それを接近戦で捌くという命綱無しの綱渡りを強要しているのと変わらない。



『追加複合装甲でレールガンは受けて大丈夫?』


「格闘戦の追撃を受けない状況だけでお願い」



 追加複合装甲による防御力は魅力的だが、それは汎用性とのトレードオフを意味する。今回の様に確実に攻撃を受ける前衛のナナカにとっては益が大きいが、遊撃支援のタクミはあえて付けない事を選択した。

 


『攻撃は近接専用インファイトモード、モーションは上段振り下ろし中心』


「セオリーとは違うけどね、アレに対しては効果的なはず」



 応えつつタクミは120mm滑腔砲の確認する。もう既に一線を退いた古い装備だがどうにか1門だけ稼働状態にあるものが確保出来たのだ。ダークギャロップの速射滑腔砲と比べると投射火力は低いが、マニュアルでの射撃精度は負けていない。


 出来れば40mm突撃機関砲も装備したいのだが、本来機動戦で運用することを想定していない120mm滑腔砲を持たせた状態でそんな余裕はない。精々腰のハードポイントにスモークグレネードを装備するのが精一杯である。


 

「ただ、攻撃に本腰を入れるのは。考察が正しいと分かってからにしてね?」


『タクミの考察が間違ってるとは思わないけど?』


「それでも、初手で全力を突っ込んで間違ってたら立て直しも出来ないじゃない」



 グラ・ヴィルドは確かに強力なイナーシャルアームドだ。だがこちらを一瞬で殲滅する能力もなければ、物理的に干渉不能な存在でもない。現に戦闘中何度か徹甲弾が装甲に当たっているのを動画記録で確認出来ている。


 更に重力障壁も万能ではなく、水平には重力加速度増加、垂直には重力加速度低下を使い分ける必要がある。その隙さえ付ければ、機動力や防御力はバンガードと比べて大きな差はない。


 だがそれはただでさえ慣性制御という防御力を持つIAに対して、別種の防御を固めているという事である。闇雲に攻撃し続けても成果は上がらない。


 その上でグラ・ヴィルドの振り下ろし攻撃は一撃で防御姿勢を取ったIAを破壊するに足る威力がある事が分かっている。胴体に4門装備されたレールガンも防御に専念しなければ防ぐことは難しい。



『タクミは自信は無いの?』


「全然、今だってグラ・ヴィルドに対して立てた仮説が合ってると確信してない」


『けど的外れだとは思ってないんでしょ? それを自信って言うんだよ』



 そう言われてタクミは、ほんの少しだけ昔の自分を思い出す。良い成績で、良い大学を出て、物心つく頃には既に外務官として活躍していた兄と比較され続けた日々。

 

 平凡より一歩下を歩き続けたタクミを、母はそれでも良いと言ってくれた。兄は自分はそう大した人間ではないと諫めてくれた。かつて首相を務めた事もある政治家の父親は特に何も言わなかった。


 誰も彼も、タクミに何も期待していなかった。何も望まれないまま中学を卒業後、高校に入学。半ば当てつけで軍事教練を選択した時も、家族は肯定も、否定もしてくれなかった。


 そこでタクミは生まれて初めて評価された。才能があったから楽しめて、その結果だったのか。ただ単純に楽しんでいたから自然と努力してその結果だったのか。どちらが正しいのかは分からない。


 ただ、そんな風に他人が部活や、就職の為の訓練や、進学の為の勉強や、その他青春に使う為の時間の殆どをIAに注ぎ込んだ結果として今の自分タクミが存在しているのだ。


 そんな自分と相当な時間を共有してくれる相棒ナナカ理解者高橋がいたことも大きいのだけれども――


 もしもナナカがいうように、自分に自信自身というものがあるのなら、それはこの3年間で注ぎ込んで来たものが作り上げているのだろう。



「ならさ、自信があるって言ったら。ナナカはちゃんと信じてくれる?」


『たとえタクミが自信がないと言ったとしても、私は信じる。それだけの物をこれまでの付き合いで見せて貰っている。それこそ命を賭けても良いと思えるくらいに』

 


 言葉に詰まる、信頼されているという半ば自惚れに似た気持ちはあった。けれどここまで、命を賭けても良いと言われる程だとは思っていなかった。いつもナナカと居ると感じる暖かい何かが、今では鉄の様に熱くタクミの血管を流れていく。



「ありがとう、そう思ってもらえるだけで勇気が湧いて来る」


『ならばその分、結果を出してくれ。やれるだろう?』


「うん…… 分かったっ!」



 そう呟くように囁いて、タクミは息を吸いこみ頬を叩く。ヘルメットのバイザーを下ろし、バンガードの起動前に状態に目を向ける、メインシステム、戦術データリンク、FCS、機体ステータスオールグリーン。



『あー、あーテステス。こちらラビット1。ラビット2、3、4。準備は大丈夫?』


「こちらラビット2、出撃準備完了しました」


『ラビット3、いつでも出せるぞ』



 見計らったかのように稲葉少尉が駆るダークギャロップから通信が入る。それに合わせて移動モードを停止ストップから低速ローへ、既に整備員は距離を取っているが周囲に起動を知らせるブザーが鳴り響く。



『っとぉ! こちらラビット4。起動前チェック終了、出せます!』



 少し遅れて、離れた場所で装備を行っていた高橋も起動準備が整った。先程まで乗っていた機体は、グラ・ヴィルドとの戦闘で中破してしまったので予備機に乗り替えている。タクミとナナカの機体と比べると塗装が荒く、所々に禿げている部分もあるがそれが一般的なバンガードの扱いだ。


 良くも悪くも10年以上前に実戦投入された旧世代機。使いこなせれば新型を超えるスペックを発揮出来るが、慣熟に時間がかかり総合力では劣っている。使い捨てにされるほどではないが、丁寧に整備されるようなポジションではない。


 それでも、命を賭けて戦うのならタクミ達は新型のダークギャロップではなく、旧型のバンガードの方を選ぶ。慣れの問題もあるが、自分達なら機体を十分に使いこなせるという自負も大きい。


 ガシャリとラビット4高橋のバンガードが歩を進める。タクミの120mm滑腔砲1門や、ナナカのロングブレード1振りと比べると、40mm突撃機関砲1門と背中に追加したハードポイントにロングブレード2振り、更に腰のハードポイントに予備の120mm徹甲弾を装備した姿は重装備に見える。


 なお、その殆どが前線で戦うタクミとナナカの為に用意された予備武装である為、実戦で頼れるのは40mm突撃機関砲のみとなるのだが。



『よぉし、それじゃ細かい事はさっきのブリーフィングの通りで、目標は現在米軍のIAと交戦中。そこに僕らが横合いから殴りつける形で勝負を挑む感じになるね』



 タクミとナナカも高橋を追いかけるように足を踏み出す。低速モードとはいえ大型の装備を持っている事もあり、普段より注意しながら格納庫内部を歩いていく。



「現状の米軍はどれ位奮戦していますか?」


『まぁ、単純な包囲殲滅を仕掛けようとして削られてるねぇ』


『ルナティック7の脅威を理解出来ていないのか?』


『あの国はとりあえず全力で火力をぶつけるのが好きだからなぁ』



 米国は良くも悪くもジャイアントキリングが苦手な国なのだろう。ヒーローも基本的にヴィランより強力な連中の方がずっと多い。そんな下らない事を考えながらタクミは基地の入り口を目指してそっと操縦桿を傾ける。



「それじゃ、行きましょう。予定通りに、計画通りにアイツを倒しに」


『ほんと、余裕だねぇ?』


「自分は提案しただけで、責任を取るのは少尉殿のお仕事と愚考しますので」



 からかうような稲葉少尉の言葉に、クソ真面目な口調のジョークで返す。

小隊内部の空気がほぐれていく。



『危険なポジションを自分から買って出る君を提案しただけとは言わないんじゃ?』


『むしろ私が一番危険なポジションかと』


『実力を考えれば一番死にそうなのが俺ですね、分かります!』



 本来あり得ない臨時編成の部隊ながら空気は悪くない。そもそもメンバーの3/4が元クラスメイトなのだから当然である。唯一これまで面識のない2人の関係も、あえて崩した態度で接した方が良いと高橋が察したようで問題はなさそうだ。



『よし、別動隊も基地の護衛に付いたようだし。早速月面の勘違い野郎に一発かましてやろう。なぁにこの小隊にはエース級の実力を持った人間が二人もいるんだし、やって出来ない事はないでしょう』



 残念ながらタクミとナナカ以上の操縦士は存在しなかった。古参兵曰く、お前たち程バンガードを操れる連中は半分以上月の海に沈んだとの事だ。そうやって多くの才能と命をすり潰してようやく得た平和が砕かれようとしている。


 タクミにとってそれが無性に腹立たしい。



「正直少尉は自分を持ちあげすぎだと思うんですけどねぇ?」


『いやいや、西村はちゃんと自分の価値を知れよな?』


『無駄だ高橋、コイツはそういう生き物だから』



 かなり失礼な事を言われているのを感じながらもそれは無視して、格納庫の入り口から外に出る。折れたイナーシャルジェネレータを挟んで向こう側、米軍基地の方から響く戦闘音を聞きながら。


 タクミはバンガードの移動モードを低速ローから巡航クルーズに切り替えるのだった。

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