03-3
「ヒャヒャヒャヒャァ! どうしたカウボーイども! サムライは意地を見せたぞぉ!? テメェらはどうなんだぁ!? 人類で初めて月に到達したガッツを見せろ!」
ロック=アーガインはグラ・ヴィルドのコックピットの中で吠えたて、胸部内蔵の中口径レールガンを斉射する。120mm滑腔砲を超える破壊力を持った砲弾が超音速で飛翔し、ダークギャロップを撃破した。
この時点で米軍所属のIAを20機以上撃墜しているが、未だに組織だった抵抗を続けている。グラ・ヴィルドを包囲し、可能な限り火力を集中する事で重力障壁を貫こうとしているのだろう。
「おいおい、テメェらには試行錯誤って物が無いのかぁぁん? PDCAサイクルって奴だ。命使ってDOしてんだからよぉ、雑なCHECKとACTIONで下らんPLAN練ってんじゃねぇよ!」
迫撃砲やミサイルによる上方からの攻撃を警戒しつつ、包囲網に突撃を仕掛ける。瞬間的な速度ならグラ・ヴィルドはダークギャロップよりも速い。米軍機も必死に回避しようとするが四足の安定感が災いし初動が遅れ、重力で加速した拳に潰される。
そこにほぼ同じタイミングで120mmの徹甲弾が飛んでくる。一発は頭を、もう一発は足を狙っているのだろう。だが無意味だ。
重力障壁は機体周囲1mの重力加速度を変化させるシステムである。個別の攻撃に対して対処している訳ではないので数によって処理限界を迎える事はない。どちらの砲弾もまるで折れ曲がるような軌道を描き、アスファルトに突き刺さる。
「まったくなっちゃいねぇ! どうする!? もっとマシなActionはぁ?」
ロック=アーガインは荒々しくモヒカンに手串を入れながら、全周波数無差別に加えマイクで外部に己の叫びを垂れ流す。パイロットスーツで覆われていない皮膚の半分はパンクな刺青で覆われており、それは彼にとって精一杯の自己表現なのだ。
しかし、文化的、物資的に恵まれていない月面帝国の悲しさか、黒は俺の色だと叫んだ彼のパイロットスーツですら汎用の白色なのは物悲しい。自分で色を塗ろうにもその塗料が無いのが月面という場所だ。
そんな場所で、わざわざ医療用の物資を使い刺青を入れる彼の事を奇異の目で見る物も多い。いや月面帝国には彼の事を理解する人はいても共感してくれる人間は一人もいなかった。
だからこそ彼は吠える。自分という存在を重力という暴力と共に、敵対した相手に刻みつける為に。
「あぁ! クソ、クソクソクソォ! もっと強く、もっと強かに、もっと強力に! 俺を攻めたてろ! 俺のパンクを彩れ! 鮮やかに、俺の黒がもっと目立つようにだぁ!」
そう叫んだ時に警報が鳴り響く、レーダーを見れば速度を上げながら接近してくる機影が一つ。カメラアイを向ければ突撃槍を装備したダークギャロップが一直線に突撃してくるのが見えた。
ご丁重に全身に複合装甲を纏い、グラ・ヴィルドの中口径レールガンを装甲で耐えながらあの槍をこちらに突き立てる算段だろう。
「ははっ! 良いぜ、良いぜ、良いぜぇぇぇっ! テメェ最高にパンクじゃねぇか!」
TNT換算で100kgを超える運動エネルギーを、突撃槍の先端部分の僅か3平方cmに込めて叩き込む。確かに速度を上げた
本来40mm機関砲を装備するハードポイントに対して、強引にバンガードの腕を取りつけた特別吶喊仕様の機体が加速する。蹄型のソールでアスファルトを蹴飛ばして、防御を装甲に任せてただ加速、加速、更に加速。
それに対しロック=アーガインが取った行動は回避ではない。それでは興ざめだ。受け止める為に足を止める訳でもない。そうすれば米軍機は迫撃砲の軌道でこちらを上から狙うだろう。
水平垂直からのタイミングを合わせた同時攻撃を受ければ、流石のグラ・ヴィルドであっても無事では済まない。だからこそ前に出る。
脇をしめ、クローアームを揃えた小さく前倣えの一見コミカルな姿勢を取り。細い針の様のようなつま先をアスファルトにめり込ませ、一瞬で亜音速まで加速する。
向かってくる吶喊仕様のダークギャロップの槍先が一瞬揺れた。理性が避けようと動いたのをチキンレースを挑まれたと理解した感情が抑えたのだ。20tを超える巨人が2機、真正面からぶつかって――
「その勇気に敬意を表するが、あえて言おう。踏み込みがぁ―― 甘いっ!」
いや衝突する直前、両腕が勢いよく突き出されペンチの様なクローフィンガーが突撃槍を掴んで引き込みながら下に叩き落とす。急激なベクトルの変更に吶喊仕様のダークギャロップは宙を舞舞った。
本来なら槍だけ、もしくは腕が機体から腕が外れるだけで終ったはずだ。だが重力加速度0の空間に引き込まれ急激にベクトルが捻じ曲げられた結果、ダークギャロップはグラ・ヴィルドの頭を超えてその後方に叩きつけられる。
パイロットがどうなったかは語るまでもないだろう。哀れなドン・キホーテは無重力の羽根車に巻き込まれ、頭から地面に叩きつけられた。鉄の棺桶に詰められた肉の塊が10m下に落下すればどうなるのか想像するまでもない。
「ふぅーっ! 良いぜ、もっとだ、もっと、もっと、もっと、もっとぉっ!」
興奮で理性が蒸発した頭のまま、更に前に向けて加速。後ろに着弾した砲弾の音に背を押されたかのようにさらに加速。半狂乱になりながらこちらに向かって40mm機関砲を撃ちまくる後方支援のダークギャロップにレールガンを叩き込む。
逃げずに防御に徹すればレールガンの斉射に耐えられるかもしれない。だが逃げなければグラ・ヴィルド本体の追撃で潰される。その二律背反に近い命題に対して半端な答えを出してしまった結果、そのダークギャロップはハチの巣と化した。
「これで、何機だぁ!? もう半分は削ったかぁ!? まぁいい、細かい数なんて気にする必要はねぇ、全然ねぇ、全くねぇ、全部潰して叩いてしまえばそれがパンク!」
既にグラ・ヴィルドを包囲していた米軍のIA部隊は半減し全滅状態。乾坤一擲のランスチャージが不発に終わり、事実上反撃の手段を失った事で、通信が繋がっていなくとも分かるレベルで志気が下がっているのが感じられる。
国の為に死ねる人間はそれなりに存在する。現代の軍隊とは効率よく兵士を殺す事で国を守る為のシステムなのだから。それでも無為に死ねる人間はそういない。何の成果も上げられぬまま、無残に潰されて死ぬ現実は耐え難い。
そして一方的に敵を叩き潰し続ける事に素面で耐えられる人間も多くない。
グラ・ヴィルドの重力障壁は月面遺跡の発掘品を強引に兵器として転用しているに過ぎない。それはただのギフトであり、使いこなす為に相応の研究を行ったがロック=アーガインには努力に見合わぬ
5年前、ムーンフォール作戦によって地球が月面に攻めて来た時。当時まだ18歳だった彼は研究途中のグラ・ヴィルドを駆りエース部隊と対峙した。
無我夢中で戦いその結果、月面降下作戦に参加した文字通りのエース級のパイロットを2桁単位で叩き潰した。初めのうちはその成果に酔いしれたが、自分の担当外である防衛網が突破され月面への直接攻撃が実施された事実を知って怒りに変わる。
そして一時休戦から終戦協定の話し合いが始まった段階になって、自分が行った事が急に恐ろしくなったのだ。殺し殺される戦場で、ただ一方的に相手を虐殺したおぞましさ。それを自分の努力や才能でなく与えられた発掘品で成したという歪み。
それらに対してロック=アーガインという男が折り合いを付けようとした結果がパンクというスタイルと、半ば特攻じみた戦法である。だからこそ上皇側に立ち戦争再開の口火を切る役目を買って出たのだ。
大儀という名の許しを持って正気を保つために。
「どうした? どうした? どうしたぁ! 俺を倒す事を諦めたのか? 勝利という名のフロンティアに辿り着くために重ねろ、重ねろ! 命という名の犠牲を重ね――」
再び吠えた瞬間、視界の端で何かが動いた。反射的にそちらを向いて一歩下がる。向かって来たのは砲弾だ、それも複数、ロックオン警告も無しに。頭、胴、腰、膝を狙ったと思われる攻撃はその全てが折れ曲がって地面に突き刺さる。
ほぼ1m間隔の高さを付けて発射された4発の120mm徹甲弾。それがこちらの重力障壁の性質を調べるものだと理解して、ロック=アーガインの胸は期待で満たされる。
レーダーと戦術データリンクを確認すると、日本国防軍の基地から再びIAの部隊が出撃しており、警戒に当たらせていたマスカレイドが1機、また1機と撃破されていく。そして1つの小隊が前に出て来た。
ダークギャロップ1機とバンガード3機、前面に追加装甲を纏いロングブレードを装備したバンガード。それを支援するように展開するダークギャロップと、40mm突撃機関砲を2門装備したバンガード。
そして一番後方に隊長機仕様で
「くく、くはははははっ! そうか、そうか、そうかぁ! 温存していたエース部隊って奴か! そうだろう、そうだろう! 扱いやすい4本足じゃなく、バンガード! そうバンガードこそ俺がパンクするべき相手だ!」
実のところ所属隊員の全てが、4月に卒業したばかりな新兵の寄せ集め部隊なのだがそんな事はロック=アーガインには関係ない。彼にとってバンガードとは旧式のIAではなくエースの駆る強敵であり――
月面で己が殴殺した
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます