03-4

 突き抜ける様な春の青空の下、太陽の熱と戦場の狂気でコンクリートの大地から陽炎がのぼり、四方を海に囲まれたメガフロートの上でタクミ達はグラ・ヴィルドに向けて巡航速度で突き進む。


 通信機から隊長となった稲葉少尉の声が聞こえる。

 


『最終確認完了、予定通りにラビット2はフリーハンド、ラビット3は突撃、ラビット4は僕の援護で行動開始!』


『『「了解っ!」』』



 それを合図に作戦の幕が開ける。グラ・ヴィルドの巨体がこちらを向いた、距離はまだ少しだけ離れている。丁度メガフロートの中心に突き立っていたイナーシャルジェネレータを挟んで対称の位置。


 米軍のIA部隊は既に壊滅しているのだろう。叩きつぶされた四足の黒い屍が点々と散りばめられ煙を吐いていた。


 タクミは奥歯を強く噛む、高橋やナナカ達が同じように撃墜された光景を想像してしまったのだ。しかし息を吐き無理やり緊張をほぐしてペダルを踏み込む。


 先行するナナカのバンガードを援護する為に120mm滑腔砲を発射、FCSがスコープに捉えた敵機の赤いセンサーアイはこちらを向いていない。グラ・ヴィルドは動かずにナナカのバンガードを向かい撃とうと腕を広げる。


 レールガンの射程にナナカの機体が踏み込む直前、タクミの放った120mm徹甲弾がグラ・ヴィルドに直撃―― せずに予定通りに折れ曲がる。



(レールガンでの迎撃は無し―― やはり射撃と障壁は同時に使えない)



 この1手で1つ仮説を証明する。原理上外側からの攻撃を防ぐ障壁を張りながら内側から射撃を行う事は出来ない。重力障壁もその例から外れずそもそもそれが可能なら一方的に障壁の向こう側からレールガンを放ち続けているだろう。


 更にナナカはレールガンの射線から軸をずらしながら、ジグザグな軌道でグラ・ヴィルドに迫る。相手が射線に捉えようと胴体を動かせば、タクミはタイミングを合わせて120mm滑腔砲をチラつかせ牽制する。


 ナナカのバンガードが白兵戦の間合いまでグラ・ヴィルドに迫る。そもそもグラビティハンマーと敵が呼称した振り下ろし攻撃を考えれば、接近するというのは悪手。



(ここはナナカを信頼するしかっ!)



 ナナカのバンガードがロングブレードを構える。刃渡り4m近く、バンガードに迫る長さの巨大な刀を軽々と振るい、少し踏み込みが浅い段階から胸部を狙う形で上段から振り下ろす。


 位置的には機体が重力障壁に入らない距離から、切っ先だけが当たるように振るわれた一撃。本来ならば牽制にすらならないそれを――


 グラ・ヴィルドは態々一歩後ろに下がって回避した。



『へぇ―― へぇ! 成程なる程! サムライの攻撃はこっちの重力障壁封じ! 本命は後ろの滑空砲って訳だろう! やるなぁ、ジャパニーズ! しっかりPDCA回してて好感触かつ得点が高い!』



 更にもう一つ仮説が証明された。重力障壁は上段からの武器攻撃は防げない。正確には発動した瞬間に武器がグラ・ヴィルドを傷つける位置にあった場合、逆にその速度を加速させてしまいダメージを上げる諸刃の剣と化す。


 逆に重力加速度を0にしても上段からの切り込みは防げない。曲射の砲弾が持つ威力の半分は重力加速度なので防げるが、機体がリアルタイムで力を加え続ける格闘武器相手では意味がないのだ。



『そのコンビネーション、決まれば確かにグラ・ヴィルドでも撃破可能だぜ。良い手だ、正解だ、40点はくれてやる、だがな――』



 グラ・ヴィルドの巨大なモノカメラアイが光り、その周囲を囲む3対のカメラアイが蠢いて、まるで笑っている様にも見える。いや全周波数で広げられている敵の操縦士の声からすると実際に笑っているのだ。



『クケケケっ! 上段振り限定、その上で俺のグラビティハンマーを―― いや、そもそも機体が重力障壁に触れた時点でジ・エンド・オブ・デェェェス! 分かるか? テメェらのやろうとしている事がどんだけパンクなのかをよぉ?』



 今のところ、全てはタクミの予想の範囲内に収まっている。良くも悪くも、グラ・ヴィルドの操縦士が言ったように、ここから先はナナカに無理を押し付けて敵の隙を伺うしかない。だが敵はそれを理解した上で対応してくるのだ。


 敵がそこまで把握し、冷静に対処してくるのなら成功率は限りなく――



『――御託は並べ終わった?』


『貴様女っ!? いや…… 乳臭せぇメスガキの声!?』



 オープン回線で、ナナカが発した声にグラ・ヴィルドの操縦士は動揺した。


 それを気にせずナナカはロングブレードを霞の構えで上段に、バンガードの顔に柄を寄せて真っ直ぐ刃を敵の胸部に突き付ける型でじりじりと距離を詰める。本来200km/hを超えた速度で白兵戦を行うIAが数センチの距離を巡ってにらみ合う。



『無敵の鎧を纏って最強気取りはカッコ悪いね。けどハンデとしてその程度の物は認めてあげる月面人ルナリアン。私達御剣家はニワカ仕込みといえども150年、血と汗を流して剣術を磨いて来た。それくらい認めないと勝負にならない』


『舐め――るなぁぁぁっ!』



 ナナカの挑発に激高し、グラ・ヴィルドが半歩前に出て、超重力を纏った腕を叩き落とす。確認できるだけで10機以上のIAを叩きつぶしたその攻撃を――



『それで――?』



 ナナカは20tという機体の重さがまるで感じさせない動きで、後ろに下がって回避する。傍から見ればまるで攻撃がすり抜けたように見える程洗練された動作。



『な、な…… なにぃっ!?』


『タクミ――っ!』



 その声に合わせてタクミは120mm徹甲弾を発射、ナナカが駆るバンガードの脇腹をすり抜ける射線で放つ。本来なら誤射を恐れて避ける、やろうとすら思わない曲芸じみた砲撃を、3年間で積み重ねた阿吽の呼吸で実現した。


 超音速の徹甲弾の衝撃と発射音を背後から受けても、ナナカの立ち筋は鈍る事なく降り下ろされる。



『クソがぁぁぁっ!』



 タクミが立てた最後の仮説が正しいのなら、あの振り下ろし攻撃には弱点がある。グラ・ヴィルドの重力障壁は単純に機体周囲の重力加速度を変化させるだけの技術で、それだけでは発動しながら動く事は出来ない。


 本体をその影響から除外する技術と組み合わせる事で成り立っている。


 あのグラビティハンマーと呼ばれる攻撃は、機体の中で腕だけを重力加速度増加に巻き込む事で圧倒的な質量攻撃を行っているのだろう。そして重力障壁は周囲の空間に対して行われており、対象を個別に指定する事は不可能。

 

 つまりグラ・ヴィルドは一度重力障壁を解除しなければ、グラビティハンマーを使用して振り下ろした腕を振り上げる事が出来ないのだ。


 ナナカはその腕に対してロングブレードを振り下ろし、そしてほぼ同じタイミングでタクミが放った砲撃が迫る。ロングブレードを避ける為に重力障壁を解除すれば、120mm徹甲弾の直撃を受けるタイミング。


 現時点でタクミが予測出来るグラ・ヴィルドが取る可能性がある選択肢は3つ。


 1つ目は重力障壁を解除せずに甘んじて振り下ろした腕にバンガードのロングブレードの直撃を受ける手。120mmの直撃は問題なく防げるが主力武装にダメージを受けた上で一手行動が遅れる。


 2つ目は重力障壁を解除、腕をロングブレードの間合いから外し120mmの直撃を慣性制御で受ける手。ただし慣性制御と重力障壁を使い切った状態で追撃を受ける事になる。上手くいけば無傷で切り抜けられるが、失敗した時のリスクは大きい。


 そして最後の選択は、重力障壁を起動したまま強引な回避行動を取る手。この場合増加された重力障壁に囚われたままの振り下ろした右手は根元ごと失う事になる。一番機体に対するダメージは大きい。だがその後の行動に関しては一番制約が少ない。


 グラ・ヴィルドを駆るロック=アーガインが選んだのは、3番目の選択肢だった。



『舐め―― るな! 俺のパンクをおぉぉぉっ!』



 グラ・ヴィルドの右腕が肩口から千切れ、フレームと関節が露わになる。大量のベアリングが散弾の様に飛び散り、シリンダーを可動させる汚れの混じった油が血の様にナナカのバンガードとグラ・ヴィルドの装甲を汚す。



『貴様は、ここで潰すぅぅぅっ!』



 グラ・ヴィルドは残った左手をナナカのバンガードの右肩に向けて突き出した。それを避けようと重力に囚われたロングブレードから手を放し、身をよじるようにクローの攻撃から逃れようとするが間に合わず右腕が掴まれて――



『腕の一本程度、くれてやるっ!』



 そのまま機体を更にねじり、ナナカは操縦席内に存在する緊急用のスイッチに生身の右手を叩きつけ、機体右腕の動力をカット。自ら腕を差し出す形でグラ・ヴィルドの重力障壁にとり込まれる前に距離を取った。


 先ほどのグラ・ヴィルドと同じ様に、間接が弾け、ケーブルが千切れ跳び、バンガードの丸太の様な上腕がコンクリートに叩きつけられる。結果を見れば腕を1対1で交換した痛み分け――



「稲葉さん、フォロー頼みますっ! 高橋ィ、ロングブレード投げてっ!」


『了解、レールガンは撃たせないよ!』


『ったくコールサイン使えってのぉ!』



 グラ・ヴィルドとの戦闘に残ったマスカレイドを乱入させない為、残りの新人と共に防衛戦を張っていた稲葉少尉と高橋が参戦してくる。戦術データリンクを見る限り、正規の主力部隊によって残存部隊は壊滅寸前。


 高橋が肩に装備していた予備のロングブレードを投擲し、それを120mm滑腔砲を投げ捨てたタクミのバンガードが完全手動マニュアルモードで背面キャッチ。腕を失ったナナカに代わって前に出る。


 そう量産機であるバンガードは、ルナティック7と呼ばれる特機戦力と違って代わりがある。たとえ1機が戦闘不能になったとしても、他の機体でその戦力をカバーす出来るのだ。



長耳ロングイヤァーッ! テメェが前に出て来るかぁっ!』

 

「片腕抜きならどうにでもっ!」



 ナナカと同じ様に、全周波数で吠えるグラ・ヴィルドに対して大口を叩いて挑発。タクミの駆るバンガードは滑腔砲を投げ捨てたが損耗は無い。対するグラ・ヴィルドは右手を失った為か、三対の赤いカメラアイのうち右側2個から光が消えている。



(単純に腕を失っただけじゃなく、他の部分にもダメージが出てる――)



 大きなダメージを受けた場合、試作機や特殊な機体は壊れた部分以外にもダメージを受ける事が多い。システムの洗練不足からダメージコントロールに不備が残ってしまうのだ。



「ラビット4っ! 射撃っ!」


『了解っ!』



 そして特殊なシステムを搭載しているのなら、停止する可能性は非常に高い。単品の機械やシステム程想定外のダメージで予期せぬ動作を起こすものなのだ。稲葉少尉もタクミと同じ結論に至り射撃指示を出したのだろう。



『はっ! 月面遺跡の発掘品アーティファクトがこの程度で止まると思うなっ!』



 しかしグラ・ヴィルドの重力障壁は今だ健在。声を聞く限り操縦士の戦意も衰えていない。このまま最後まで綱渡りを続ける必要がありそうだ。タクミは先程のナナカと同じようにロングブレードを霞の構えでジリジリと間合いを詰める。



「一応、交戦規定に沿って勧告を――」


『おいおい、ここから確実に俺を殺す算段があるってのか? まぁ、逆に手前らが降伏するってなら受け入れてやっても良いぜ?』



 意味のない会話で間を持たせながら、互いに必殺の間合いに相手を捉えようと位置取りを続ける。タクミは腕を失い無防備なグラ・ヴィルドの右側を攻めようと、ロック=アーガインは残った左腕で攻めようとせめぎ合う。


 息が詰まるような時間が続く、それが数秒だったのか、数十秒だったのか。それとももっと長かったのかは分からない。低速ローモードで起動するIAの人工筋肉が発する重低音のみが支配する静寂は稲葉少尉からの通信で破られた。



『部隊の配置完了、いつでも行けるよ』


「火力支援、お願いしますっ!」



 間髪入れずに包囲した機体による集中砲火を要請しながら、腰に装備したスモークグレネードを発射。まずは曲射を狙った120mm滑腔砲による砲撃、間髪入れずに別部隊による水平射撃。


 周囲に展開した残存部隊と新人部隊による水平垂直の2方向からの攻撃が、スモークで状況を理解出来ないグラ・ヴィルドに襲いかかる。


 だが、視界とレーダーを塞がれても。いや塞がれたからこそ、グラ・ヴィルドは、それを駆るロック=アーガインは反射的にその場を離れる。この状況でスモークで視界を防がれたのなら集中砲火を、それも水平垂直同時着弾を警戒して当然だ。


 この状況から逃れるとしてまず前はあり得ない。だこの状況を作り上げた長耳ロングイヤーが刀を構えて待っている。確実にこちらを仕留める罠を用意しているだろう。


 ならば他の方向は? 全周囲から徹甲弾が迫って来る。ただそれだけだ。重力障壁を切らずに突っ込めば十分に防げるレベル。一瞬完成した包囲網にひやりとしたが実のところは穴だらけ。


 眼前の長耳ロングイヤーから距離を取り、再びヒット&アウェイに終始すればそれで逆転できる。こちらの最も得意とする戦法を張り付く事で封じて水平垂直の同時攻撃を仕掛けるという作戦は悪く無かった。


 そこまで思考が回った瞬間、機体がガクリとバランスを崩す。”何か”を踏みつけた結果、姿勢を維持する為に慣性制御の出力が低下する。



『やっぱり後ろに逃げた。素人でも分かる、ロックが足りないね』



 チャフを抜け機能を取り戻したレーダーから上方からの接近警報。ロック=アーガインは何が起こったか理解出来ずに警告が来た方向に目を向ける。


 右腕を失ったバンガードが飛んでいた。複合装甲を排除した姿で、先程長耳ロングイヤーが投げ捨てた120mm滑腔砲を槍の様に構えて宙を舞っている。


 セオリーの外側からの奇襲。イナーシャルアームドは跳躍するマシーンでは無い。地球の自転をエネルギーに変換する以上、両足を地から離す事は禁忌に等しい。



『近距離上方からの射撃は、重力障壁では防げないっ!』



 それでもこの場合、重力障壁を攻略する場面ではその蛮行が意味を持つ。

 

 片腕かつ空中という悪条件に関わらず、ナナカの駆るバンガードは十全にその機能を発揮。左腕に構えた120mm滑腔砲は緊急時に対応したFCSにより制御され獲物を捕らえ火を噴いた。


 宙を舞うバンガードが構えた120mm滑腔砲から徹甲弾が放たれる。1発目は慣性制御でギリギリ無効化するが、速度が落ちる。


 通常ならばまだ耐えられたかもしれない。しかしパージされた複合装甲の破片を踏みつけバランスを崩したグラ・ヴィルドは体勢を立て直す事が出来なかった。


 更に2発、3発と砲弾が叩き込まれ、ついに慣性制御が限界を迎えグラ・ヴィルドの黒い装甲に穴が空き――


 ルナティック7、ナンバー1。グラ・ヴィルドを駆るロック=アーガインは、この戦争において。クローンを別にすれば月面帝国側において初めての戦死者となった。

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