第04話『 勝利の価値』

04-1


 グラ・ヴィルドを撃破した直後。半ば放心した状態だったメンバー達は喜びに浸る間もなく基地に呼び戻された。


 辛うじてナナカの代替機を手配する事しか出来ず。タクミ達は機体を整備班に預け、操縦服の尿パックを交換する間もなくブリーフィングルームに集合させられる。


 四人掛けの長机が5台2列で並んだ部屋に、10人ちょっとの人間が知り合い同士で固まって座った状態。最初は静かに待機しているが、5分も過ぎればボソボソと、10分過ぎれば大っぴらな雑談がスタートし始める。


 

「西村…… なんかお前、死にそうな目してるな」


「そりゃ、死にそうな目にあったもん。その上まだ仕事あるんでしょ?」


「本来ならいるはずの交代要員が用意出来て無いからねぇ」



 タクミ達は現状について話し合う。他の十数名程度の新人も同じようにこの状況について語り合っている。


 なおナナカは軽い検査を受けている為この場にいない。慣性制御があるとはいえ機体が大きなダメージを受ければ操縦士も多かれ少なかれ衝撃を受けるのだ。ただしあくまでも念のための検査であり、恐らくは無事だろう。


 こうして作戦に参加した新兵が撃墜される事もなく全員五体満足で帰還したのは、得た戦果も加味すれば文字通り奇跡的な出来事である。



「そういえばさ、西村君って意外と可愛い顔してるよね」


「はぁ、急にどうしたんですか稲葉少尉?」



 稲葉少尉は横に並んだタクミに対してグイッと顔を近づける。男女がキスをする程の距離ではないが気安いを通り越す位には間合いが近い。一部の女子が萌え上がりそうな空気を醸し出しているのを感じて、高橋はため息をついた。



「いやまぁ今は作戦行動中でもないし階級はいいよ」


「厳密には待機時間も作戦行動中に当たるんですがね」


「まぁまぁ、高橋君も細かい事は気にしなーい、気にしない!」



 タクミの横に座る高橋からのツッコミもなんのその。持ち前の気安さから一気に迫って来る。高橋はタクミに気難しい面があり、強引に迫って来るタイプが苦手な事を知っている。更に意味深なセリフを警戒しフォローを入れようとした。



「ちょっと待ってください、コイツ友達少ないタイプだしそういうのは――」 


「一応いるよ、友達」


「……マジかよ」



 そこで思わぬ展開に繋がっていく。少なくとも高橋が知る限りタクミに友人と呼べる存在はいない筈だ。3年間同じクラス、同じ軍事教練を受けて来た仲である。しかしタクミが他者と話している姿を見た記憶は殆どない。



「まずナナカ」


「友達ィ!? あの距離感で友達扱いかよ!」


「流石にその…… 短い付き合いだけどちょっと正気を疑うかな?」



 高橋は小さく頭を抱えるが、まぁ半ば予想していた範囲の話ではあった。実際に彼ら自身から付き合っているという宣言を聞いた事はない。周囲はカップルを通り越し夫婦扱いしていたのだが。



「次に細川」


「まぁ細川、皆と仲良かったからな」


「SNSで相互フォローでメッセで会話する程度には」


「想像以上に仲いいな、普通に友達判定で。ああそいつ整備なんすよ」


「成程、好きなものが一緒だからと」



 これに関しては聞けば成程と納得できる。確かにクラスメイト全員と細川は仲が良かった。高橋自身も彼のSNSを幾つか知っているが、メッセージ機能でやり取りするほど仲が良い訳ではない。


 これに関してはIAについて専門的な会話が出来る相手だから友人になったのだと推測する。共通の話題があるというのは大きいし、二人とも並の専門家が舌を巻くレベルの知識を持っているのだ。



「そして高橋」


「成程、高橋―― 俺だな」



 高橋は聞いた言葉の意味は理解出来たが、内容が理解出来ずに改めて頭を回転させる。タクミが自分の事を友人と呼んだ。言葉にしてしまえば簡単なことなのに脳の処理が追いつかない。


 

「俺とお前って友達だったのか?」


「地味に酷いね高橋君」


「いやぁ、酷いというかなんというか……ねぇ?」


 

 高橋は微妙な表情でタクミを見やる。それに対してタクミは居心地が悪そうに視線を下に向けながら少し小さな声で話し始める。



「まぁ友達と思われてるとは思ってないけど…… 自分としては高橋に世話になってるのは分かってるし。友達と同じ位大切に扱うべきというかまぁ、そんな感じで」


「いやいや、俺だって嫌いな相手に世話焼かないっていうか。その上で西村ってあんまり愛想良くないし、俺の事も友達と思ってないんだろうなって勝手に……」



 二人の間を沈黙が支配する。それを打ち破れる稲葉少尉は顔を真っ赤にして限界寸前の状態だ。刺激があれば爆笑してしまうだろう。妙な緊張感が高まる中、救世主はショートポニーを揺らしながらやって来た。



「二人とも、こっちが赤面するようなやり取りは止めてくれないかな?」



 どうやら3人の会話は廊下の方まで聞こえていたようだ。部屋の前にある入り口から入って来たナナカは、ずんずんと3人が座っている席の右側に回り込む。


 そして当然の様に高橋に起立を要求し、席を入れ替わりタクミの横に腰を落ち着けた。心なしか満足げな表情をしているようにも見える。高橋はいつもの事だと改めて四人掛けになっている長テーブルの一番右の席に座った。



「ナナカ、大丈夫だった?」


「うん、異常は無いって」



 まるで今日の天気を話すような気楽さで、戦場から帰って来てからの第一声を交わし合う二人にもう一度高橋は頭を抱える。さっき自分を友達と呼んだ時の方が余程緊張していた。


 少なくとも惚れた腫れたといった恋の段階は突き抜けているように見える。完全に熟年夫婦そのものだ。



「くくくっ! あーもう、何なのさ。本当に面白いね君たちは」



 そしてついに稲葉少尉が堪え切れなくなって突っ伏して笑い始める。大っぴらに雑談が行われたとはいえ、突如として笑い出した少尉はやや悪目立ちしている。そのせいで周囲から視線が集まっているが、気にしているのは高橋だけのようである。



「よし、折角だからアレだね。うちの小隊は皆友達って事で」


「まぁ、良いですけど」


「タクミが良いなら、異議なしで」


「あー、まぁ…… それで」



 笑いが収まった稲葉少尉に良い感じに状況が纏められ、そして高橋は気が付いた。地味に直接言葉で友人であると確認した相手というのは存外に少なく。自分にとって片手で数える程度の数しかいない事に。


 まぁ普通は互いに友達なのだろうと、根拠のない感情を抱き合うものであり。西村がコミュ障だからこそ、こんなこっぱずかしい羽目になってしまったのだ。


 高橋はふと、御剣には何人くらい友人がいるのだろうという疑問に行きつく。話す限りの範囲では西村より人当たりが多いのだから2桁位はいるだろうと考えて何気なく聞いてみた。



「友人の数? ……2、3人だな」



 予想外の答に高橋は更に頭を抱え、稲葉少尉は再び笑い出し、西村は特に何も気にしていない。


 そんな状況の中高橋は、少なくとも2人と言い淀んだ以上、彼女の方はある程度そういう目で西村の事を見ているのだなと喜べば良いのか。


 それとも、西村を含めても3人。つまり彼女にはこの場に居るメンバー以外に友人がいない事を嘆けば良いのかで暫く悩む羽目になったのであった。

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