04-2


 タクミよりナナカの方が友人が少ないという事実が発覚してから10分後、ようやくブリーフィングルームに上官がやって来た。


 階級は少佐のようでタクミには見覚えが無い。恐らく自分達が所属する関東第一即応師団ではなくこの基地に所属している部隊の人間なのだろう。


 だが事態を説明する上官より、続いてやって来た二人に部屋中の視線が集まった。



「メイド服……だと?」


「いや、多分あれ操縦服も兼ねてるよ。しかし北欧美人だねぇ」



 一人はガーターベルトが眩しい短いスカートのゴスロリメイド服、そしてロングの金髪が印象的な少女。余りにも場違いな服装に、それを目にした新兵達はガヤガヤと騒ぎ始めるが彼女の目礼と、少佐の咳払いで静まった。


 タクミの目から見れば美人だと思うが好みではない。そもそも彼女に見惚れる前にもう一人の人物に視線は釘付けになった。



 30台半ばに見える厳つい顔、やや太り気味の体系。それなりに高級なスーツを着こなしている為、総合的に見て40台に見える雰囲気を纏っている。しかしタクミはその男の年齢が29歳と半年である事を知っていた。


 西村重蔵にしむら じゅうぞう、タクミの嫌いな兄で次男。立場としてはタクミが苦手としている兄で長男である西村健一郎にしむら けんいちろうの秘書である。健一郎が外交官なので彼らがメガフロートにいるのはおかしい事ではない。


 しかし何故防衛軍基地のブリーフィングルームに関係者の立場で入って来るのかは理解出来ない。文民統制シビリアンコントロールの建前があっても、それは最高司令官である首相と、防衛大臣が文民であるというニュアンスでしかない。



(まぁ、けんにぃならそれ位どうにかするんだろうけれど……)



 お願いという形で、作戦の範囲内に収まるよう軍を自分の意向で動かす程度の事はやってのけるだろう。そんな事を考えながら、自分の顔が不機嫌になるのを抑えていると少佐がもう一度咳払いをしてから口を開いた。



「諸君、先程君達がなし得た事は文字通りの意味で偉業であった。これまで通常兵器でルナティック7を撃破した例はほかには存在せず――」



 まずはテンプレートの様なお褒めの言葉。タクミは真面目な顔をしながら内容を聞き飛ばす事にする。どうせ重要な項目になれば声のトーンを変えるなりして聞く側の注意を促す程度の事はするのだ。


 それよりも、気になるのは下の兄の様子である。こちらには気づいているようで一度視線を向けられた。しかし鼻を鳴らして視線を外した後は特に反応はない。


 むしろ横にいるメイドの方が気になっているようだ。一瞬その事にタクミは嫌悪感を覚える。しかしよく見ると兄は性的な意味で視線を向けている訳ではなく、存在そのものを気にしているようだった。


 外交官の秘書が様子を気にするようなメイドの立場とはいかなるものか。タクミは少しだけ興味を持つ。しかし答えに繋がりそうな要素は、今のところ話半分で聞いている少佐の話にも存在しない。



「さて、これほどまでの活躍を行った諸君らには申し訳ないのだがもう一つ任務をこなして貰いたい。今回の終戦協定式典に参加していたゲストの護衛だ」



 その言葉に、一気に新兵達の間に動揺が広がる。そんな訓練は受けていない、いやアレと比べればまだ楽だ、そんな重要な事を新人の俺達が…… ルナティック7と戦う話になった時と比べれば前向きな意見は多い。


 しかし、冷静に状況を判断出来ている人間は殆どいないだろう。タクミの見立てでは稲葉少尉と高橋以外は冷静な判断が出来ていない。タクミ自身は冷静なつもりでいるが、突如として現れた兄の姿に心を乱されている自覚はある。



「そして、今回の護衛任務には…… 月面帝国も戦力を出す事になっている」



 この一言でブリーフィングルームが騒然となった。月面帝国がテロを起こしたんじゃないの? という浅い意見から、そんな戦力があるならグラ・ヴィルド相手の戦闘で出せなかったのか? という意見まで。


 少佐の咳払いでは収まらず、最終的に私語を止めろと激を飛ばすまでの間。一番冷静かつタクミの耳に残った言葉は高橋の「って事はあのメイドがそれなのかよ……」という突っ込みであった。



「今回の事態は月面帝国における軍部の一部が暴走したテロであり、あくまでも月面帝国の現皇帝陛下は終戦協定を推進する立場にある」



 少佐の言葉を話半分で聞き流す。恐らくテロに加担したのは軍の一部ではない。最低でも7割以上、下手をすればほぼ全軍がこのテロに関わっている。タクミの様な一兵卒の知識でもその程度は理解出来る。


 もしそうでないのなら、このテロは発生前に月面帝国内で止められていただろう。



「そして彼女はレナ=トゥイーニー――」


「月面と地球の軍体系を直接比較する事は難しいですが、非公式に外務省と国防軍情報部による協議の結果、大尉相当と扱うのが宜しいかと思われます」



 少佐が言いよどむタイミングを待っていたかのように、下の兄である重蔵が言葉を割り込ませる。恐らくは事前に話を通しておいて、外務省の立場から提言する事で彼女の地位に客観性を持たせようとしているのだ。



「それではレナ=トゥイーニー大尉は―― 高橋二等兵すまんが前に椅子を頼む」


「はっ、直ちに!」



 ぺこりと頭を下げる金髪ロングでガーターベルトのメイドの為に、少佐は少し悩んで自分の横。最前列の机とブリーフィング用のホワイトボードの間に席を用意することにしたらしい。


 最前列の端に座っていた高橋が名指しで指示され、テキパキと人が居ない場所から椅子を取り、作戦会議に参加しやすい角度で設置して戻って来る。


 「お疲れ」とタクミが小声でねぎらうと「流石にな」と返してくる。細かいニュアンスは分からなかったが、確かにどう扱えばいいのか悩む相手と接触するのは気を使うのは理解出来た。



「さて、今回の作戦は至ってシンプル。メガフロートから川崎市に向けて、兵員輸送車20台の護送を実施する。具体的には――」



 ホワイトボードに少佐が作戦内容を纏めていく。タクミの目からみても非常に手堅く纏まった作戦だった。ただし月面帝国の戦力が詳細不明のまま参加する点と、主力が新兵である点を除けば。


 少佐の本来の部下と思われる戦力が説明されないのは、全滅したか本来は兵を率いる立場ではないのだろう。どちらにせよ、完全に人手不足の状態だ。


 月面帝国のレナ大尉も異論は無いようで、ホワイトボードを真剣な眼差しで見つめていた。余りにも真っ直ぐな目線にタクミに不安がよぎる。ある程度理解出来ている人間ならば、食い入るように見つめる様な内容ではない。


 一般的な護衛陣形の応用で、所詮軍事教練でやるようなレベルの話だ。大尉相当と

じゅうにぃが言った以上、それに間違いはないと信じたい。


 と、ここまで考えたところでタクミは、下の兄である重蔵が居ないと気づく。どうやらブリーフィングが始まった直後、外に出たらしく小さな声が聞こえて来た。



「だから、タクミだけ作戦から外す事は――」



 恐らく、他の人間には聞こえていないだろう。わざわざ意識を向けなければ、ブリーフィングルームに響く作戦会議の声に紛れて消える程度の声。しかし家族に対するコンプレックスから来る集中力が最悪のタイミングでそれを捉えた。


 体が震える、自分はここまで積み上げたのだ。家から逃げた先、たとえそれが半ば子供の反抗でしか無かったとしても。IAに出会い、それを極め、成果を上げ、自分の手で実戦における戦果まで上げたのだ。


 そうやって積み上げた自信自身けんにぃは無造作に。危ない事をしている子供を守ろうと、その程度の考えで潰そうとしている。そういう半ば妄想じみた考えが脳の中をクルクルと回る。


 それが事実かどうかは分からない、だが今この瞬間タクミにとっての真実になる。


 そして体がくらり、と倒れそうになる瞬間。タクミの右手がギュッと握られて意識が引き戻される。横を見るとナナカの黒い瞳がこちらを見上げていた。



「少佐殿! ブリーフィング中なのですが、西村二等兵に体調不良の兆候が」


「だから―― むっ、そういえば彼も前線でグラ・ヴィルドと?」


「はい、恐らくは緊張の糸が切れた事による軽いめまいだと思われます」



 それに違う、という前に少佐は医務室への受診と必要なら栄養剤の投与をしてくるようにと指示を出して。そのままタクミはナナカに付き添われる形で医務室に向かう事となった。


 部屋を出た直後、じゅうにぃと目が会うが、互いに直にそらして終わる。

 

 タクミは少佐の指示が休憩ではなく、復帰を前提とした物である事を辛うじて理解しつつ。このまま無理やり作戦から外させるのではないかという不安に押しつぶされそうになりながら医務室を目指す。


 何もかもがグチャクチャで、目の前すらあやふやな中。ただ付き添ってくれるナナカの体温だけがタクミを導いてくれていた。

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