05-4
「川崎からの援軍と合流を確認。メガフロートからの追撃も退けたようです」
兵員輸送車の中で
月面帝国の事実上…… と呼ぶには軍部と旧皇帝によるテロリストを許しているが、公的な意味で責任者とされている人物が乗る車両の状況としては問題がある。
しかしあと一歩タイミングが遅ければ、この場に居る全員がメガフロートで上皇派に確保されていたのは間違いない。そうなれば敗北とは言わないがどうしようもない泥沼に突き進むしかなかっただろう。
「メガフロートの状況はどうなっているのです?」
アルテ皇帝からの質問に一瞬どうこたえるか悩む。だが誤魔化しても意味はないと重蔵は開き直る事にする。
「恐らくは月面―― いえ、上皇派によって制圧されたものかと」
狭い社内を一瞬沈黙が支配する。彼の兄であり上司でもある健一郎。月面帝国の現皇帝であるアルテ=ルナティアス皇帝陛下。彼女の部下であるリナ=トゥイーニー。
スーツのイケメン政治家、ドレスを纏った若き女帝、そしてメイド服の少女。一番最初に口を開いたのは政治家だった。
「重蔵、横須賀基地に連絡。その上でうちの人間に集まるように言伝を」
「しばらくは、横須賀基地に?」
「ええ、出来ればメガフロートから距離を取りたい処ですが――」
「兵士達の消耗を考えれば一旦休みという事ですね」
兄とアルテ皇帝陛下を耳に入れながら、重蔵は次に打つべき手を脳内で模索する。通常の携帯電話による連絡は回線がパンクしているので後回し。政府筋専用回線も大差はない。個人個人が通信リソースを喰い合っている。
だが幸いにもインターネットの方は十全に機能していた。アメリカが最終戦争に備えて生み出したシステムを、平常運転に変質的に拘る日本人が運用している以上そう簡単に機能を失う事はない。
重蔵は手に余る大きさの携帯電話を取り出し、メールで各所に飛ばしていく。開戦から20年、ネットワークは拡大しても、その中身の発展はまだまだ未熟。SFのようにリアルタイムで接続されてはいないのが現状。
民間向けのタブレットディバイスの普及や、不特定多数の人間が接続し投稿閲覧できるソーシャルネットワークサービスは2020年現在ではまだ先の話だ。
そして、そういった連絡がひと段落ついた辺りで、重蔵は自分に向けられた視線に気が付いた。兄と皇帝陛下は今だに今後の展望について話し合っている。その主はメイド服の少女、リナだった。
「どうされたのですか?」
「すいません、重蔵様。あの…… 姉の状況を確認して頂けませんでしょうか?」
彼女の耳に装着されたヘッドセットに目を向けると、少し恥ずかしそうにショートカットを揺らして言葉を続ける。
「不用意にこちらで連絡してしまうと、混乱する場合もあるかと思いまして」
「ああ、確かに」
この状況で月面帝国形式の無線で通信を行えば、事情が知らない兵士が傍受してトラブルを起こす可能性も否定できない。
「分かりました、直接会話は難しいですが、無事の確認なら手間ではありません」
「ありがとうございます、大丈夫だとは思うのですがどうにも心配で……」
彼女は席を立ち一気に重蔵との距離を詰め、ぎゅっと無線機を持った手を握り、上目遣いでニコリと笑みを浮かべる。その拍子に彼女の金髪から甘い少女の香りが漂って少し気分が乱される。
もう一度視線を感じて、ショートカットの向こう側に目を向ける。そこには想像通り、会話を続けながらも此方に対して生暖かい視線を向ける兄と、年相応の表情で微笑む皇帝陛下の姿が見える。
目の前にいる少女の手前、ため息をつく事も出来ず。重蔵は難しい顔のまま護衛部隊の副官となっている少尉に対して通信を飛ばすのであった。
◇
降下して来た追撃部隊を壊滅させ、その旨を隊長に連絡した後もタクミ達に一息つく余裕は無かった。未だにメガフロートには月面帝国の部隊が展開している。ここから更に敵軍がやって来る可能性は決して低くはない。
最低限、降下カプセルや機体から回収出来る情報を引き抜き、更なる追撃部隊を警戒しながら後方を向いたままで殿として撤退する。
言葉にすればシンプルだが、実行するのは難しい。
特に先程の戦闘で、主要な装備を使い潰し、事実上無装備状態となってしまったタクミは気が気ではない。一応レナ大尉によってロックが解除された大型レールガンを装備してはいるが、FCSと連動していない火器など弾が出る鈍器だ。
そんな緊張状態を強いられた後、ようやく味方と合流し気が休まった瞬間に稲葉少尉から嫌っている兄の名前を出されれば、通信機越しに分かるレベルでため息をついてしまうのも無理はなかった。
『まぁまぁ、めんどくさいって思うのは分かるんだけどさ、大尉に通信繋がる?』
「はい、短距離無線は積んでますし…… けど大尉から直接向こうには?」
『繋がらないねぇ、実は僕とも繋がらない。急場しのぎだからね』
彼女の機体に無理やり防衛軍対応の無線機を取りつけた弊害。もう一度タクミはため息をついて、通信機の設定を弄り始める。
ここで面倒だと駄々をこねる程子供ではない。無論自分の周りの事を、特に兄弟に対する複雑な思いを割り切れる程大人では無いのだが。
意味のない雑音が、チューニングを経て小さくなっていく。設定が一通り完了した所でレナ大尉に対して通信を繋いだ。
「大尉、通信が入っています」
『通信…… 私宛に防衛軍の回線から?』
「あー、そちらには専用の通信機はあるんですか?」
その言葉にレナ大尉はああ、と納得する。一見クールビューティに見えるが会話してみると反応は分かりやすい、声だけで頷いているのが目に見えるようだ。むしろ怜悧な顔が
『分かりました、ご迷惑をお掛けします』
「いえ、まぁ大尉も戦友…… ですから、これ位は」
口にした後で、少し馴れ馴れしかったか。と心の中で反省する。実際は少しどころか普通の軍隊なら怒鳴られて当たり前、場合によっては厳重注意を受けるレベルの馴れ馴れしさ。
『戦友…… ですか、戦友――』
しかし幸運にも、もしくは不運にも。レナ=トゥイーニー大尉は普通の軍人ではなかった。気安く書けた言葉に対し、何となく嬉しそうで、弾むような返事を返され、タクミは彼女がナナカと似たタイプなのだと判断する。
『戦友というのなら、一緒に食事でも、いえまずそれより先に』
「はい、まぁ機会があれば。先に通信繋げるので設定をお願いします」
『ええ、はい。分かりました。周波数はどれに?』
「えっと、周波数より先にチャンネルの設定を――」
微妙な関係にある友軍の士官、それも女性相手に気安いどころか学友レベルで会話を続けるタクミに対し、通信機の向こう側で稲葉少尉はまぁいいかと今は放置する事にした。
あとで、問題になる前に双方に対して注意すれば十分。今は下手にぎくしゃくした会話を続けるよりはマシという判断だ。
通信機から漏れ出すメイド服姉妹が互いの無事を喜ぶ声を聴きながら、稲葉少尉は改めてメガフロートに目を向ける。そこに広がるのは真っ二つに折れたイナーシャルジェネレータと蠢く月面帝国のIA達。
脱出劇はひと段落、辛うじて日本と月面帝国終戦協定推進派は完全敗北を免れた。だがしかし月面帝国のテロリストによって、終戦協定は白紙に返り、メガフロートは占拠されたまま。
まだ自体の終息には程遠く、終るはずだった戦争は止まらずに、再び戦火の炎が燃え上がる。
メガフロートから立ち上る噴煙は、まるでこれからの未来を暗示するように青く広がる空に黒色を溶かし込んでいくようにも見えるのだった。
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