05-3


 狭いバンガードの操縦席の中に、インカムから漏れるレナ=トゥイーニー大尉の声が響く。抑揚が少なく感情が薄い印象があり、並の人間なら気圧されるだろう。


 そういった声や仕草は、他人との対話を拒絶していると受け取られるからだ。



「レナ大尉殿、時間が単刀直入に。今この状況で何が出来ますか?」



 しかしコミュ障は相手の都合や感情を気にしない。気にした結果周囲とコミュニケーションを取れなくなるタイプも多いが、タクミはそうではなく自分の都合を押し込む結果周囲と摩擦を起こしてしまうタイプのそれだ。



『オイ、ラビット2。確かに時間はないが――』


『――マスカレイドを10秒毎に1機撃破出来ます』



 生身で話しかけた時の焼き直し、いやそれ以上の何かがタクミとリナ大尉の間で生まれた、打てば響くを具体化したとしか表しようのない、会話のキャッチボールを通り越して会話のピッチャー返しとしか言えないコミュニケーションに絶句する。


 互いの手札を隠しながら行う共闘で、単刀直入に切り込むタクミも、それに応えるレナ大尉も常識外れを通り越し、一周まわって最適解を叩き出していた。


 しかし波長の合うオタク同士の会話そのものであるこの状況に対し、確かに稲葉少尉の見立ては正しかったと理解して気を取り直す。



「射程と間合いに関しては?」


『一般的な120mm滑腔砲の射程範囲内なら問題ありません』


「カプセルに対する牽制射撃は?」


『可能です、行いましょう』



 その言葉に合わせて、退避する車列の最後尾についていた機体が振り返る。マスカレイドより一回り大きな体躯。白の装甲を金と銀のモールドで飾った優美な装甲、そして月面IA独特な意匠である3対のカメラアイを1対の瞳に見えるよう纏めた顔。

 

 作戦会議中に示された機体名はヴァル・ボルト。戦後に新しく建造され、戦時中に失われた機体の代わりルナティック7として登録されたイナーシャルアームド。


 最大の特徴はその周囲に浮いている3対6枚の板状ユニットである。長さ3m弱、幅0.5m弱のそれが重力に逆らうようにふわふわと浮かびながら追随する姿はまるで羽であり、彼女の駆る機体を天使のようにも見せている。


 明らかなオーバーテクノロジーの塊で、実戦証明こそなされていないが単純な性能においてこれまでのルナティック7に匹敵、もしくは凌駕していてもおかしくない。


 詳細な性能が分からない分、タクミの視点では一度対峙し撃破したグラ・ヴィルドよりもそこが知れないようにも感じられた。


 そして彼女の返事と共に、宙を舞う12枚のプレートのうち2枚が、降下カプセルに向けられたヴァル・ボルトの右手に沿うように展開し砲身を形作る。



「高橋、電磁パルスの反応は?」


『ない、けれどこれは他の反応から見て――』



 次の瞬間、ヴァル・ボルトの腕部に内蔵された小型レールガンから放たれた砲弾が、展開した電磁加速板リニアプレートユニットによって更に加速。


 超々音速を超えた砲弾は赤熱を超え白く輝き、半ば純粋な運動エネルギーと化しカプセルに向けて突き進む。



『――強力なレールガン、って奴だ』



 名前と、そして今見せた高威力のレールガンによる砲撃。その二つを合わせて考えれば恐らくヴァル・ボルトの特殊能力は磁界制御。


 命中すれば恐らくは降下カプセルはバラバラになっていただろう。


 だがその攻撃を予測していたのか、強引に軌道をそらして回避する。敵が同じ月面帝国の機体であるヴァル・ボルトのデータを保有していてもおかしくはない。



「高橋、防衛ラインはここにしよう」


『了解っと!』



 状況を把握する片手間に発した、タクミのシンプルかつ、不足した言葉に。高橋は軽い返事と十全の行動を持って答えた。搭乗機の速度を落とし最後尾に下がり、背面の地雷投射機を起動。


 戦闘機動において、高橋の才能はタクミやナナカと比べると大きく劣る。しかしこの様な工兵的な運用のテクニックにおいてはナナカよりも上、タクミと互角かそれ以上のレベルで極まっている。


 慣性蓄積器イナーシャルキャパシタの上、ランドセルの様に背負われたラックから、無数の地雷が後方に向けて飛翔。ばね仕掛けで初速を得て、ロケットモータで宙を舞う地雷は4車線の道路を埋め尽くすように地雷原を生み出した。


 低速ローモードなら避けられる、限界機動オーバードライブなら反応する前に抜けられる。だがそこに40mm徹甲弾の雨を降らせることでどちらを選んでも失血を強いる状態を作り上げる。


 低速ローモードで集中砲火を浴び、バランスを崩して地雷を踏みつけるか。それとも限界機動オーバードライブで突破しようとしたところを狙い撃ちされるか。そういう類のトラップだ。


 更に遮蔽物として、高橋のバンガードは左右の肩に装備していた設置型の遮蔽装甲を展開。折り畳み式だがIAが裏側から支える事で120mm徹甲弾すら防御可能な重装甲として機能する。


 タクミが遮蔽装甲を受け取り地雷原から少し離れた場所に立ちはだかる。高橋のバンガードはそれより20m後方、レナ大尉のヴァル・ボルトもその後ろに待機した。


 左手に持っていた突撃砲は一度遮蔽装甲裏のハードポイントに固定する。IAが手で持って足を踏ん張り支えなければこの装備は真価を発揮しない。



「作戦は単純に、基本は40mmと地雷で足を止め、リナ大尉にトドメを任せます」


『突破されればどうする?』


「それは織り込み済み、自分が前に出て止める」



 即興で十分な情報もなく立てた作戦、そもそも穴があるのが前提。上手くいっても敵を数機減らすのが関の山。幾らリナ大尉の機体がルナティック7であるとしても、その性能は未知数である。タクミの視点で一番頼りになるのは己の腕だ。



『では、地雷原を突破されるまでは遅滞戦を、それ以後は――』


「各人が個別に敵機を迎撃、それでお願いします」



 降下カプセルはアクアラインの道路上に、出撃口をメガフロート側に向けて着陸。流石に出て来た瞬間狙撃される愚は犯さない。30m以上の葉巻型をしたカプセルから現れた敵機はカプセルを遮蔽物として撃ち合いを開始する。


 マスカレイドのレールガンと、バンガードの突撃機関砲の射線が交差し、互いの盾を叩き合い、状況は硬直状態に陥った。下手に身を乗り出せば双方とも集中砲火でただでは済まない。



『向こうがこっちに向けてる火砲は7門、標準のレールガンか』


「……耐えるだけなら、幾らでも耐えられそうだ」


『いえ、この状態が続くなら私の砲撃に殲滅して終わりです』



 言外にある、このままでは終わらないというニュアンスを読み取り、高橋は突撃砲で牽制しながら敵の出方を予想しようとして気が付いた。20m先に立っている遮蔽装甲の裏側にタクミのガンバードが居ない。


 どこだ―― と考えるまでもなく、高橋は叫ぶ。



「えぇい! やっぱりこの展開かぁ! もういい、好きなようにやりやがれ!」



 その声に応えるように、タクミのバンガードがコンクリートを踏み砕き、更に加速していく。カプセルを遮蔽に牽制してくる敵は7機。攻撃が集中すればバンガードの重装甲でもタダではすまないが、タクミは高橋が牽制してくれる事を期待し前進。


 この時点で彼に理論的な回答があったわけではない。ただのひらめき、違和感、本来9機のイナーシャルアームドを輸送できる筈なのに不足している2機はどこに?


 ――後ろだ、牽制射撃を行う機体の更に後方。大型手持ち式のロングレールガンをかまえる機体が1機、そしてクラウチングスタートの構えをとった機体が更に1機。



(強引な突破。最悪の場合、自機を犠牲にしてでも地雷原を処理――)



 現代の軍隊では考えられない、クローンで生産された兵士故の命を投げ捨てる様な戦法。しかしだからこそ対処は厄介で、そしてシンプルな物になる。



(勝利条件は民間人と負傷兵を攻撃に晒さない事。そして生き残る事、つまり……)



 多少強引でも、押し込んで敵の出鼻をくじく。奇しくも月面帝国のサミュエルと同じ様に瞬間のひらめきを繋ぎ合わせて、思考より早く操縦桿を押し込んだ。


 良くない事だとは理解している、高橋に甘えている、友達と呼んだあいつならフォローしてくれると。自分の言葉不足や、思いつきでの行動で無茶をさせているという実感はある。



 ――それでも、人の間にあるモノニンゲンである事から解き放たれ、自分の思考と技術を振りかざし、シンプルに結果を出す。


 その快感が今のタクミを生み落とし、その為に必要だった訓練と鍛練が彼を鍛え上げて、矛盾しているようだがその生き方を友人達が肯定してくれて、ようやく彼は一人の人間として形になった。


 だからこそ、これを手放す事は出来ない。


 フットペダルを押し込み加速。操縦モードは戦闘コンバット回避アヴォイド、7機のマスカレイドから放たれる小口径レールガンを避け、手足の装甲部分で受け止め――


 身を乗り出していたマスカレイドが、ヴァル・ボルトが放った2発目の砲撃に貫かれる。出来るならクラウチングスタートで突入しようとしている機体を迎撃して欲しかったが、角度を考えればそれは難しい。


 残り敵数8機。大型レールガンをかまえた機体が発射姿勢を取る―― が、そこに高橋が狙いすました牽制射撃を行い、タイミングを狂わせた。生まれたほんの僅かな余裕にフットベダルを踏み込み回避する。


 だがその隙を突いてフリーになった突撃役が加速を開始した。1秒に満たない時間で超音速まで加速し、地雷原を突破しようとする。あの速度ならば地雷が起爆する前に走り抜けるだろう。

 

 両手に持った突撃機関砲2門による斉射、突撃してきた機体は撃破出来るがその後集中砲火でタクミ自身が撃破される、最終手段。突撃機関砲1門による攻撃、確実性に欠ける為、敵に突破を許す可能性が高い。



(ならさっ――!)



 火花の様に散る瞬間のひらめきの中、タクミは操縦桿のトリガーを引き絞り、バンガードが片手で構えた40mm突撃機関砲が火を噴いた。だが弾道は低く、突撃してきたマスカレイドに命中しない。


 着弾したのは道路に設置された地雷、そして爆発。粘性火薬と硬度の高いベアリングで構成された地雷がその威力をタクミのバンガードを避けるコースで突入しようとしていたマスカレイドに対して解き放つ。


 プラスチックの装甲や特殊樹脂で覆われた間接に、ベアリング弾がめり込んで文字通りハチの巣状態と化し、突撃してきた機体は機能を停止した。



『これで撃破は2機目――』


『いや、不味い!』



 突撃してきたマスカレイドを撃破する代償に、地雷原に穴が空く。それを待っていたかのように新たに3機。マスカレイドがカプセルの遮蔽から飛び出し、残りの機体がそれを援護する。


 タクミのバンガードが1機で突撃してくる3機のマスカレイドと相対する状況となる。どんなエースパイロットであっても3倍の戦力に囲まれれば勝ち目はない。慣性制御による防御力は対応するベクトルが多くなればなる程低下するのだ。


 突撃してくる3機は棍棒コンバットクラブ小盾バックラーを装備した白兵戦仕様。そのどちらも機体と同じ白色で染められ、一見すると超技術の産物に見えるが本質的にはシンプルな暴力でしかない。


 地球で人間が中世で使っていた物と機能としては変わらない。ただ叩きつけ、ただ防ぐためだけの装備。だからこそ一度間合いに入れば対応は難しい。


 ルナティック7クラスの強力な機体ならば、そういったシンプルな暴力の応酬に耐えられる可能性はある。しかし装甲重視とはいえ旧式のバンガードでは包囲されれば撃墜は時間の問題。


 そう、あくまでも包囲されれば、だ――

 

 タクミはバンガードの操作モードを近接専用インファイト回避アヴォイドに切り替える。それに合わせてバンガードは両手に持った2丁の突撃機関砲を構え直した。


 射撃姿勢のそれではない、強いて表現するならば武術の型。銃剣を据え付けた2丁の突撃機関砲をまるで白兵武器の様に構えて、地雷原の隙間を突破しようとする3機のマスカレイド相手に吶喊。


 まずは1機、棍棒コンバットクラブを持つ手に内蔵されたレールガンを向けようとするが一手遅い。距離を詰めながらタクミが放った40mm徹甲弾が腕の関節、カメラアイにピンポイントで直撃し、戦闘継続能力を失った。


 後ろの機体が慌てて動きを止めたマスカレイドを支えようとする。しかし次の瞬間、抱きとめようとしたその背から刃とそれを支える砲身が飛びだした。


 タクミのバンガードが距離を詰め、機能停止したマスカレイドの胴体に銃剣付き突撃機関砲を叩き込んだのだ。銃剣がねじ曲がりながら、しかしエネルギーの逃げ場がない状況で叩き込まれた結果、操縦席を切り裂きながら胴体を貫通。


 そして状況を理解出来ないままの敵機に対して、タクミは引き金を引き絞る。


 不意打ちの形で、超近距離から放たれた40mm徹甲弾は、二番手のマスカレイドの持つ慣性制御システムの限界を突破し、その白い装甲に黒い穴をあけていく。


 そして最後の1機、先行していた2機が撃破された事を確認した瞬間。反射的にバックステップを行い、突撃してきたバンガードから距離を取る。敵機が更に突っ込んで来るとしても、後方から支援を受けて立て直す事が狙いだ。しかし――



「支援を、抑えて!」



 タクミは高橋とレナ大尉に向けて叫び、左手で突き刺した突撃機関砲ごと、撃破したマスカレイド2機を横に放り投げながらさらに加速。後方で爆音が響く前に、突撃してきたマスカレイドの生き残りに攻撃を叩き込む。


 右手の突撃機関砲が火を吹くが、それを残った1機は防御姿勢を取り耐える。距離があり予想出来た攻撃である以上、イナーシャルアームドはそれを耐える事が出来る―― 筈だった。

 

 防御姿勢を取る事なく、タクミのバンガードは全力の勢いでの突撃を止めない。突撃槍のように機関砲を構え加速していく。

 

 もしこの時、降下カプセルを遮蔽にしている残りの4機がタクミに集中砲火を仕掛けられれば状況は変わっていたかも知れない。だが高橋の援護が相手の動きを制限し、レナ大尉のレールガンがもう1機マスカレイドを撃破。


 そして流れるようにタクミのバンガードは、逃げようとするマスカレイドに銃剣と徹甲弾を叩き込む。銃剣が装甲を貫き、そこに追い討ちでトリガーを引き絞り、毎分数百発の速度で徹甲弾が喰らいつく。その結果はもはや語るまでもない。


 後方で生き残っていた4機のマスカレイドが、恐怖を知らぬはずのクローンが駆る機体が、まるで人が恐怖するように後ずさった。


 所属部隊の半分が壊滅した事で撤退すべきという判断と、まだ命令を達成していないという事実が彼らの頭の中で葛藤に近い競合コンクリフトを起こした結果である。


 もしここで彼らが命を優先し撤退すれば、もしくは目的の為に命を投げ捨てれば、また違った結末があったのかもしれない。


 だが、彼らはそのどちらも選ばずに、そしてタクミは更に前進する事を選んだ。

 

 地雷原を超えた先で、今度は撃破したマスカレイドを持ちあげながら加速。一瞬遅れて放たれたレールガンの弾頭を、敵機の残骸で受け止めながら更に前へ。


 慣性制御システムが限界を超えた加速と、過剰な重量に耐えかねてレッドゾーンに突入していくがそれを無視。アラートが響く操縦席の中、踏み込んで作り上げたほんの一秒の余地で敵の懐、降下カプセルの裏側まで踏み込んだ。


 白兵戦に切り替えようと、3機が腰に手をやるが間に合わない。準備が整う前に1機が加速を乗せた膝に打ち抜かれて機能を停止する。次にどうにか棍棒コンバットクラブを構えた相手に突撃機関銃を突き付け発砲。


 この距離で致命的一撃クリティカルヒットを外す事はない。


 マスカレイドの仮面、センサーが集中している一番の急所に徹甲弾を叩き込む。一撃一殺、たった一発の弾丸でまた一機、マスカレイドが機能を停止する。


 

 そして、残るは大型レールガンを構えた一機。これまで味方が倒される時間で逃げる事も出来たかもしれない。だがそれを良しとせずタクミのバンガードに対してそれを向けようとするのは意地か、それともただの反射か――


 だがしかし、タクミにはそれに対応する余裕は残っていない。彼自身には――



「高橋っ!」


『おうよぉっ!』



 その通信が聞こえていたわけではない。だが発射寸前にタクミの駆るバンガードの後ろから迫る機影を、最後に残ったマスカレイドのカメラアイは捉えた。


 プレートアンテナネコミミが一回り短いことを除けばタクミの機体とほぼ同一。高橋のバンガードが突撃機関砲を抱えて、突っ込んで来る。



『こいつで――』


「――とどめっ!」



 マスカレイドは強引に大型レールガンを放とうとするが、高橋のバンガードの放った徹甲弾が命中し、バランスを崩す。その一瞬でタクミは操縦桿を捻り、機体のバランスを整えた。


 操縦席に鳴り響くアラームが止まると同時に、タクミは高橋と共に2機による斉射を開始。きっちり3秒、教本通りのコンビネーションによって、この戦場における最後のマスカレイドは沈黙したのだった。


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