05-2
「まったく、サムの野郎。好き放題に暴れちゃってまぁ……」
ジャック=マーダンの視界にはメガフロートの惨状が広がっていた。上空20kmの高さから見て分かるレベルで壊滅的な状況が見て取れる。
そもそも先にロックが駆るグラ・ヴィルドが暴れたのだ。それだけでこの程度の基地ならば壊滅してもおかしくはない。優秀な敵がいたのか、それとも彼がミスをしたのか今は分からないが。
だが既に全滅状態に近い基地をサミュエルのエア・ファネルが超音速で駆け回り残った敵機を1機、また1機と駆逐していく。
4足歩行のダークギャロップ相手に、マントの様に
だが今目の前で繰り広げられているのはもっと血なまぐさい戦争だ。細剣が舞う度に人の命が消えていく。ただし闘牛士も無敵な訳ではない。グラ・ヴィルドの様な絶対的な防御性能をエア・ファネルは持たないのだ。
むしろ単純な防御力においてはマスカレイドにすら劣っている。
もしその点に気づかれてしまえば万が一があり得る。だからこそ強引に3つ降下カプセルを支援に向かわせた。急激な降下によるダメージで一部の機体やパイロットであるクローン体が機能しなくなる可能性はあるが必要なコストである。
『もう碌な敵は残ってはおらんようだが…… 西から援軍が来ているな』
通信機からユェン=ターサンの声が響く、ジャック自身もそれには気づいていた。恐らくは木更津方面からやって来た部隊であろう。レーダーに捉えている範囲では2個大隊。
逆側からも同じ規模の敵が展開しているならば、メガフロートに展開していた部隊と比べると倍の戦力が揃う事になる。だが問題はない、その両方に対処出来る手札がジャックの手には握られている。
「ではユェン先生は西側をお願いします」
『心得たッ!』
その言葉と共に、ユェンと彼の愛機を内蔵した降下カプセルが西側に向かう。他に戦力を送る必要はない。たった2個大隊、60機弱のIA相手ならば余裕を持って殲滅して有り余る。
史上唯一の4桁撃墜王、地球が建造したIAの1割を撃破した男。ユェン=ターサンとはそういうものだ。彼を本気で撃破したいのなら戦術核を用意しなければならないと言われており、その上で3度、彼は核攻撃を切り抜けている。
彼が倒れるのは補給が尽き、IAが機能しなくなった時だけだと。ジャックは本気でそう信じている。そしてそうならないように補給線を構築し、陣地を組み立て支援する事が自分の仕事であると。
「さて、基地そのものはほぼ制圧か」
降下カプセルの操縦は自動にしたまま、ジャックは増設したキーボードを叩いて先行降下させたマスカレイドの中隊に指示を飛ばす。上空から把握出来る残った戦力に対し、生き残った24機を振り分ける。
操作するパイロットはこれまでと同じクローン兵。ガラス管の中で10倍以上の速度で促成された肉体に電気的に自我を書きこんだ使い捨ての人形。
しかし、規格化された彼らはジャックの期待を裏切る事なく、残敵を包囲し、逃げる敵を背後から襲撃し、サミュエルの駆るエア・ファネルを援護し、敵の数を減らしていく。
大局を読む能力は持たなくとも、単純な操縦技能に関しては一般的な地球の兵士を凌駕する。優秀な指揮官が運用すれば同数の地球製IA相手に負ける理由はない。
しかし、違和感はあった。ジャックが想定しているより敵の抵抗が弱いのだ。
(可能性―― 戦力の分散―― ゲリラ、いやっ!)
目の前に広がる映像、レーダーに映る機影、展開したマスカレイドから送られてくるリアルタイムの戦闘状況。その全てを統合しジャックは計算外の理由を理解する。
「脱出する部隊があるのか!?」
理由は幾つか考えられるが、もっとも有力なのは終戦協定式典に出席していた人間の避難である。並んでいる車両の数を考えても、単純に負傷した軍人だけを逃がしているとは思えない。
(どうする―― どれだけの戦力を?)
今手元にあるカードは26機の降下カプセル。そしてその中に詰め込まれた200機以上のマスカレイドと自分の愛機。これはこの基地を制圧し、目的を達成する為に必要な手札である。
予備戦力はサミュエルの補助を行う為に使い切った後。
彼に与えられた第一目標はこのメガフロートの制圧と維持。そして第二目標として現皇帝の殺害が上皇から命じられていた。
この順位付けは理解出来る。メガフロートに建造された
だが、現皇帝の殺害も決して優先順位が低い問題ではない。現状において月面遺跡の支配権は現皇帝と上皇にそれぞれ振り分けられている状態である。成功すれば彼女に振り分けられている支配権が上皇の物になる可能性は高い。
(まぁ、それは絶対じゃない。月の女神は気まぐれって言うけどな)
月面帝国は月に広がる遺跡を掌握出来ている訳ではない。ジャックの実感からすればむしろ、遺跡に人間が利用されているという方が実感としては正しい。
(いや―― それはどうでもいい。今はリスクとリターンを考える時だ)
月面からの補給、日本周辺に戦時中から潜伏してるマスカレイドの数。ありとあらゆる要素を考え、戦力のやりくりの都合を纏め、その戦力で賭けを行った時の勝ち負けの可能性を比較し、答えが出ない問題に決断を下す。
(カプセル2機、1中隊弱。それが賭けに出られる限界だ)
脱出する部隊に存在しているIAの数は10機前後、3小隊。文字通りエース級が混じっていなければ、2中隊18機の戦力で対処出来る。その後、東からやって来た援軍にすり潰される可能性は高い。
それでも現皇帝アルテ=ルナティアスを殺せればお釣りが来るだろう。
(賭け事は苦手なんだけどねぇ…… それでもやらなきゃいけないのが辛いところだ)
残った26機の降下カプセルの内、2機を川崎市方面に続くアクアラインに向けて降下コースを修正する。月面帝国随一の指揮官、ジャック=マーダンの悪意が、タクミ達寄せ集めの新人達へと迫るのだった。
◇
『ラビット2、私の機体が凄く重い』
「ナナカ、装備自体は軽いだろ?」
『ラビット3は俺の目を見て言ってくれ。あとラビット2はコールサインでどうぞ』
迫る降下カプセルの威圧感を感じつつ、それでもタクミ達は軽口を叩いていた。
ナナカは片腕になった愛機に代わり、与えられた予備機にロングブレードを装備した軽装の白兵仕様。タクミは突撃機関砲2丁の先端に銃剣を装備した突撃仕様。そして高橋は大型の地雷投射機を背負った工兵仕様のバンガードで歩みを進める。
更に高橋の機体は両肩に遮蔽装甲を装備しているのだ。総装備重量は40トン。本体重量の倍である。ロングブレード一本装備で重いと愚痴をこぼすナナカに文句の一言も告げたくなるだろう。
それが重量では無く、機体の反応速度に関して語っているのを理解していても。
「けど、ほら。こういう場所なら地雷は強いよ?」
『だがカプセルが降ってくるって分かってれば120mmを持ってきてたぜ』
迫りくる2機の降下カプセルを見ながら、高橋は愚痴をこぼす。単純に後方から追撃される場面なら地雷は強力な武器になる。特にアクアラインの様に道幅が限られた場合においては最適解。
単純に敷設するだけでは速度で突破されてしまうが、そこに牽制射撃を加える事で足止めを行う。それによって効果的に追撃の手を止める事が出来、敵に強引な突破による失血や、対処するためのリソースを強いるのだ。
しかし直接陸路から攻めてくるのではなく、降下カプセルを使用された場合は状況が変わる。敷設するタイミングを間違えれば効果はなくなりわざわざ10トンを超える大量の地雷を背負って来た意味がなくなってしまう。
『ラビット2~4へ、少佐から指示が入った。僕らは追撃部隊の足止めだって』
「こちらラビット4、大丈夫なんですか? 正直な話少佐は――」
高橋は声のトーンを落とし、稲葉に対して疑問を投げかける。現在この部隊の最高指揮官である少佐は決して無能な人間ではない。しかしそれはIA部隊を指揮する能力に秀でている事とイコールでは結べないのだ。
「いや、そもそもこの状態で被害を出さないで突破するのはかなり厳しいと思う」
『へぇ、かなり厳しいって事は手があるの?』
タクミの言葉に対して、稲葉が笑うように問いかける。どんな答えを期待されて居るのかは理解出来ない。しかし仮にそれを理解出来たとしても、タクミが出す答えは変わらない。
「前をナナカと稲葉少尉で、後ろを自分と高橋で全部叩き潰します」
一瞬、小隊内通信に沈黙が走り、次の瞬間――
『ははははははっ! やっぱり西村君って最高だなぁ!』
稲葉少尉の笑い声が響き渡った。もしもこれが小隊ローカルでなく部隊内全体と共有していた通信だったなら、少佐から怒鳴り声が飛んでいたかもしれない。
『残りの皆や少佐殿を一切信頼しないスタンス、僕は嫌いじゃないかな!』
『おいおい、少佐以外のメンバーはグラ・ヴィルド撃破を手伝ってくれたんだぜ?』
『けど、シンプルで単純。私はそれでいいと思う』
タクミも他のメンバーが無能だと思っている訳ではない。しかしこのタイトな状況で連携できると信頼する事は難しい。特にタクミ自身殆ど言葉を交わしていない相手ばかり。
それを加味すれば信頼出来るメンバーで対処するほうがずっと確実だ。高橋ならばリアルタイムで信頼関係を構築しながら連携を取れるのかもしれないが、背負った地雷は無駄にするには惜しい。
『けど、流石に殿が二人というのはちょっと怖いから…… 僕が残ろうか?』
「事実上の命令違反をやらかすんです。ナナカ一人だとちょっと」
『ああ、そうなると…… 僕が行って誤魔化す必要があるねぇ。ううん、こまった』
「――実は、戦力の当てが一つあります」
タクミの一言で、再び静寂が小隊内通信に満ちて。そして全員の視線がとある1点に集中する。特にIAの首やカメラを動かしている訳ではない。だが動作からその機体の操縦士が見ている場所を判断する事はタクミにとってそう難しい事ではない。
『つまりレナ=トゥイーニー大尉殿をもう一度ナンパするのかい?』
「稲葉少尉、それ以外に手があれば、教えて下さい」
『……ラビット2、作戦行動中にナンパするのはダメ』
稲葉の軽口に、ナナカが少し不機嫌そうな声でタクミに釘を刺す。恐らくヘルメットをかぶったまま頬を膨らませているのだろう。ただの比ゆ表現に対し何故彼女が不機嫌になるのか分からなかったのでタクミはスルーした。
『よし、それじゃ作戦開始。タクミは一発でいける最高の口説き文句で攻める事』
『……少尉、ラビット2ではなく4に任せた方が良いと思う。彼女いないから』
『ラビット3! 今そればらす必要ないだろぉ!?』
タクミは良い人というのは、どうでもいい人なんて流行歌が昔あったなと、本当にどうでも良いことを思い出す。
『んー、さっきちょっと話したんだけどさ。多分空気読まないタイプの方がいいよ』
『鈍感なタイプって事ですか? じゃあ自分よりラビット2ですね』
「何か酷い事を言われている気がする」
『言われるような事を普段からしているからだよ』
各々好き勝手な事を言いながら、ラビット小隊は作戦行動を開始した。高校生活の延長戦の様な気楽な空気を出しながら、それでも全員これが実戦であり最善を尽くしてなお死ぬ事があると理解した上で。
稲葉少尉のダークギャロップと、ナナカのバンガードが加速。護衛する車両の脇を通り抜け、行先に降下しようとする降下カプセル目指して加速していく。
高橋のバンガードは、移動しながらも背中に背負った地雷投射機を展開する。第二次世界大戦で使用されたヘッジホッグと同じ様に、ボタン一つで後方に地雷原を広げる準備を整えた。
タクミは振り返り、着地しようとする降下カプセルに効果が薄いと分かった上で牽制射撃を行いながら、通信機のスイッチを切り替えコール。1秒、2秒、3秒――
『こちらコールサインムーン1、レナ=トゥイーニーです』
先程話しかけた時と同じ、クールビューティを音にしたような声が響く。ある意味トリガーを押し込むよりは気楽に、月面メイドとの会話を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます